電脳古代文化研究所2022 序(goo blog ver.)

折々の雑感、研究テーマを写真付きできままに綴るブログ

名古屋ボストン美術館

2012-08-18 14:13:00 | 博物館・美術館
 名古屋ボストン美術館HPより:

 アメリカのボストン美術館は、"東洋美術の殿堂"と称されます。100年以上にわたる日本美術の収集は、アーネスト・フェノロサや岡倉天心に始まり、今や総数10万点を超え、海外にある日本美術コレクションとしては、世界随一の規模と質の高さを誇ります。本展は、その中から厳選された仏画に絵巻、中世水墨画から近世絵画まで、66件を前・後期にわけて紹介します。修復を終え、日本初公開となる曽我蕭白の最高傑作「雲龍図」をはじめ、長谷川等伯、尾形光琳、伊藤若冲なとの名品も勢揃い。かつて海を渡った"まぼろしの国宝"とも呼べる日本美術の至宝が一堂に里帰りします。

◆当館では、曽我蕭白作の「雲龍図」を除き、前・後期すべての作品を入れ替えて展示します。
※休館日:月曜日
※月曜日が祝・休日の場合はその翌日が休館(7/17、9/18、10/9は休館)
※7/16、9/17、10/8は午後5時まで開館
※9月18日(火)~9月28日(金)は展示替のため全館休館
※入館料 当日1200円17時以降1000円。

○法華堂根本曼荼羅図 [ほっけどうこんぽんまんだらず]
1面 麻布着色、縦107.1cm 横143.5cm、奈良時代・8世紀
○平治物語絵巻 三条殿夜討巻[へいじものがたりえまき さんじょうどのようちのまき]
1巻 紙本着色、縦41.3cm 横699.7cm、鎌倉時代・13世紀後半
○吉備大臣入唐絵巻 [きびだいじんにっとうえまき]
4巻 紙本着色、平安時代・12世紀後半
○初公開
<前期>
金山寺図扇面 [きんざんじずせんめん]

伝狩野元信筆 景徐周麟[けいじょしゅうりん]賛
1面 紙本金地着色、上弦49.3cm 下弦21.5cm 径18.7cm、室町時代・16世紀前半
○龍虎図屏風 [りゅうこずびょうぶ]
長谷川等伯[はせがわとうはく]筆、6曲1双 紙本墨画、各縦154.2cm 横340.0cm、江戸時代・慶長11年(1606)
○初公開<通期>
雲龍図 [うんりゅうず]

曽我蕭白[そがしょうはく]筆、8面 紙本墨画、各縦165.6cm 横135.0cm、江戸時代・宝暦13年(1763)
 1911年ボストン美術館に収められたときから、襖から剥[は]がされた状態で保管されてきた巨大な龍。今回の修復作業により公開が可能となった。伝来は明らかでないが、寺院の襖かと考えられる。34歳の作。
 本展の図録は、トートバックとセットで2200円。。「法華堂根本曼荼羅図」「馬頭観音菩薩像」をはじめとする仏画、在外二大絵巻と評される「吉備大臣入唐絵巻」「平治物語絵巻」、等伯「龍虎図」・光琳「松島図屏風」・蕭白「雲龍図」など近世絵画の巨匠たちの傑作をカラーページで豊富に掲載。
 ボストン美術館の修復事業の紹介や「吉備大臣入唐絵巻」のストーリー解説など、全6本のコラムをカラーでお楽しみいただけます。
 論文はフェノロサ・ビゲロー・岡倉天心による日本美術コレクション形成の歴史、展覧会のみどころ、奇才・蕭白の作品についての全3本となります。
 詳細な作品解説には、落款・印章データ、挿図も充実しています。
ボストン美術館が誇る日本美術コレクションの名品70点を収録、永久保存版です!

大英博物館 古代エジプト展

2012-08-12 20:23:00 | 博物館・美術館
「大英博物館 古代エジプト展」
  Journey through the Afterlife:
Ancient Egyptian Book of the Dead


会期  2012年7月7日(土)~9月17日(月・祝)
 ※会期中無休
会場  森アーツセンターギャラリー (六本木ヒルズ 森タワー52階)

六本木駅 東京メトロ 日比谷線 1C出口 徒歩0分(コンコースにて直結)

都営地下鉄 大江戸線 3出口 徒歩4分
内容

 本展覧会は、『死者の書』の記述をもとに、古代エジプト人の死後の世界観と、来世へいたる旅を4つの章で紹介します。第3章では、世界最長の『死者の書』(グリーンフィールド・パピルス)37mの全容を日本で初めて一堂に展示します。
○「死者の書」とは
 様々な試練が待つ旅路で死者に守護の力を与える呪文集、未来への旅のガイドブックです。その多くは美しい文字や挿絵で彩られたパピルスの巻物として死者に捧げられました。
現存する世界最長全長37mの『死者の書』(グリーンフィールド・パピルス)は、テーベを中心に上エジプトを支配していたアメン大司祭パネジェム2世の娘で女性神官のネシタネベトイシェルウの『死者の書』であり天と地の誕生を表した挿絵は特に有名です。
 『死者の書』は19世紀のエジプト学者が命名したもので、実際には「日のもとに出現すること(の呪文)(ペレト・エム・ヘルウ)」と呼ばれていました。古代エジプトでは、『死者の書』だけでなく、『洞窟の書』や『冥界の書』などの数多くの葬送文書が存在しています。
○古代エジプトの死生観
 古代エジプト人にとって、現世は仮の世界であり、来世への準備期間であるとみなされ、埋葬のための準備がなされました。また、生前の行為によって、死者の判定が行われました。その結果、死者は、死後に再生・復活し、永遠の生命を得るものと信じられていました。
○冥界への道
 古代エジプトでは、死者は様々なものに姿を変えながら、危険に満ちた冥界での旅を続けました。行手には、さまざまな困難が待ちうけ、それらを克服し、再生・復活を果たすために、呪文を唱えることが必要とされました。『死者の書』には約200の呪文(章句)が記されています。
○オシリスの審判
 数ある困難の中でも最大の試練は、冥界の王オシリス神による審判でした。死者は身の潔白を証明するため、神の前で以下の42項目の罪を犯さなかったことを告白しなければなりません。少しでも言い間違えれば有罪となり心臓は怪物アメミトの餌食になってしまう。いわば、「地獄行き」の決定でした。
○大英博物館とエジプトコレクション
 年間約600万人が訪れるイギリス・ロンドンの大英博物館は、1753年に創設された世界最古の国立博物館。所蔵作品は800万点以上に上ります。中でもエジプト部門は、有名なロゼッタ・ストーンをはじめ、貴重なミイラや棺、副葬品、膨大なパピルス文書など10万点以上を擁し、質量ともに世界屈指のエジプトコレクションに数えられています。
 口開けの儀式:墓の守護神アヌビスに支えられたミイラは、神官の呪文により五感を取り戻す。この儀式を経て、ミイラに宿る死者のカー(霊的存在)は、供物を口にすることができるようになる。
[以上、森アーツセンターギャラリーHPより引用]
 エジプト展といってもミイラで有名(?)な大英のミイラではなく、「死者の書」がメイン。いくら死者といっても大英のあのミイラの数には驚かされるし、それを展示するというのがどうにも趣味が悪い。だいたい略奪ではないか、などと行くたびに思わされるが、こちらの展示は、52階へのエレベーターから入場制限があったし、会場もかなりの混雑。
 死者の書がエジプト人の死生観を表しているのと、女性神官のネシタネベトイシェルウの『死者の書』の天と地の相反神話の絵(天と地のはじまり:大気の神シュウと湿気の女神テフヌウトから生まれたのが、大地の神ゲブと天の女神ヌウト。シュウが横たわるゲブの前に立ち、ヌウトを両手で持ち上げて引き離したのがはじまり)は興味深い。



橋杭岩

2012-08-03 23:24:00 | ノンジャンル
弘法大師と天の邪鬼とが一晩で大島まで橋を架ける競争をした が、負けそうになった天邪鬼が鶏の鳴きまねをして夜が明けたと 思わせたため、弘法大師が作業を止め、橋を完成させることなく 杭だけで終わったという伝説を生み出した奇石
群が「橋杭岩」である。

海岸から大島に向かって一直線に約850mに渡って大小40余りの 奇岩が林立している。
砂や泥が海底に堆積してできた堆積岩中の 割れ目にマグマが貫入して冷え固まったもので、その後、 隆起し、柔らかい堆積岩は海の波により侵食され、硬い火成岩の 部分が断続的に取り残されて、橋脚が並んだような地形となった。大地の歴史を示すこの独特の地形は、国の名勝・天然記念物。干潮時には近くまで行くことも可能。