太陽はすでに傾き、もう夕暮れになっていた。オレと女万引きGメンが歩く先にかなり大きな病院があった。直感的にわかった。さっき刺された万引きGメンが入院してる病院なんだと。
病院の中に入ると、女はエレベーターに乗った。女はさっから一言も発してなかった。顔色もずーっと同じ。オレは何か質問しようと思ったが、そんな雰囲気じゃなかったので、オレも黙ったままにしておいた。
エレベーターを降りると、女はすぐさま廊下に面したドアを開けた。中に入ると、やっと言葉を発してくれた。
「見て」
そこは一面ガラス張りだった。その向こうは病室らしく、いろんな機材に囲まれたベッドがあった。そのベッドの中に寝かされている人間は…、たぶん昼間刺された初老の万引きGメンだと思う。
「とりあえず安定してるみたい」
おいおい、本当か? 今あの人の足元に立ってんの、誰だよ? 黒いボンデージのかわいい女の子。こいつは死神だろ。
ちなみに、最初に出会った死神はセパレートのボンデージだったが、こんどの死神は背中が大きく開いたワンピースのボンデージ。さっきの死神の髪型はショートカットのボブだったが、今度の死神はツインテール。死神の個性もいろいろあるようだ。
「あなた、なんであのとき、逃げ出したの?」
女が質問してきた。ようやく本題に入るようだ。
「別に理由なんかないよ。ビビっちまって、それで逃げ出したんだよ」
「ウソ!」
ウ、ウソって…
「あなた、私の眼を見て逃げ出したでしょ! あなたもあいつらの仲間だったんじゃないの?」
なんだよ、さっきの刑事と同じかよ。また説明しなくっちゃいけないのか? だいたいオレはあんとき、あんたの眼を見てないって。
そのとき、けたたましい警報音がなった。
「な、何、これ?」
女万引きGメンが慌て出した。どうやら病室の中の男の容体が急変したようだ。まあ、死神が控えてるんだ。先が短いのは確かなんだが。
すぐに2人のお医者さんと3人の看護師さんが病室の奥にあるドアを開け入ってきた。オレの隣にいた女は、両手でガラスをドンドンと叩き始めた。
「ねぇ、何が起きてんの? 何が起きてんのよう?」
おいおい、そんなに叩いたらガラスが壊れるぞ。このガラス、かなり高いんじゃないのか?
オレは再び病人の足元に立ってる死神を見た。あいつが頭の方に廻るとやっかいだ。とにかく引き剥がさないと。
オレは死神から教えてもらった呪文を唱えることにした。が、ここで大事なことに気づいた。忘れたのだ。すっかり呪文を忘れてしまったのだ。う~んと、なんだっけ? う~んと…
ああ、もういい。とりあえずオレの記憶にある呪文を唱えてやる!
「パンプルピンプルパムポップン!」
すると、なんと死神は瞬時に消えてしまった。おいおい、呪文はなんでもいいのかよ?
と、女万引きGメンが唖然とオレを見ていた。当たり前だよな、こんな古い乙女チックな呪文をなんの脈略もなく、いきなり唱えたんだから。
が、病室の中でも騒動が起きているようだ。なんと、寝ていた男万引きGメンが上半身を起こしてるのだ。医者も看護師もただ、ただ驚いてるようだ。
「よかった…」
女万引きGメンはつぶやいた。そしてオレを見てこう言った。
「あなた、魔法使いだったの?」
いや、別にそういうものじゃないけど…
オレが返答しないでいると、女はさらに話しかけてきた。
「すごいよ。魔法の呪文であの人を治しちゃうなんて」
女はただひたすら感嘆してた。これって誤解ていうのか? まあ、これでオレにかけられた嫌疑は晴れたみたいだ。よしとしよう。
男万引きGメンはすぐさま一般の病室に移された。オレと女万引きGメンはその部屋に通してもらった。男はなんで急に元気になったのかいまいちわからないようだが、ともかく喜んでオレを出迎えてくれた。
男万引きGメンと話してるとき、オレは手にしてたカバンを見た。この中にはデ×××トが入ってる。そうか、わかったぞ。これを持ってるときに何か呪文を唱えれば、死神を追っ払うことができるんだ。呪文なんか、なんでもいいんだ。
こんなに凄いデ×××トだ。万引き犯の名前を書けば、きっとすぐに死ぬはず。でも、名前が、名前がわからん。未成年となると、新聞にも名前が載らないだろうな。くそーっ、なんであんなやつら、法律が許してるんだ? やっぱりオレが制裁をくわえないといけないのかなあ。
「さあ、もう遅い。帰りなさい」
男万引きGメンのこの一言で、オレたちは病室を出ることになった。
オレと女万引きGメンは病室を出た。この人、あの2人の名前知ってるかな? 書店ともなると顔も広いだろうから、知ってるかもしれないな。ちょっと鎌をかけてみることにするか。
「あの~、あの2人の名前、わかりますか?」
「あの2人て、万引き犯のこと?」
「はい」
女はちょっと考えて、こう言った。
「知ってるけど…、インターネットに名前載せるの?」
「別に、そんなことしませんよ」
なんだ? 警察に口止めされてるのか? 女はさらに考え、こう言った。
「別に書いてもいいけど。
1人は…」
「あ、ちょっと待って!」
どうやら名前を教えてくれるようだ。オレは慌ててカバンの中からデ×××トを取り出した。
「何、それ?」
「ただのメモ帳ですよ」
女はちょっと怪しんだようだが、すぐに言葉を再開してくれた。
「1人はサムカワアキラ、もう1人はアヤセコウジよ」
ちょっと待ってくれよ。正しい名前、つまり漢字じゃないとダメなんだよ。で、漢字の名前を教えてもらい、それを直にデ×××トに書き込んでやった。これであの2人は死ぬはずだ。これでこの世は少しはよくなるはずだ。なんかちょっと爽快になった気分だ。
病院を出ると、外はすっかり夜になっていた。女万引きGメンは食事に誘ってくれたが、それは丁寧に断った。ともかく今は、あの2人の突然死のニュースが楽しみで楽しみでしょうがないのだ。
しかし、次の日もその次の日も、やつらの突然死のニュースはなかった。おかしいなあ。もしや未成年てことで、ニュースにしてないのかも。
が、3日目夕方オレがアパートに帰ってくると、意外なものがアパートの階段の前で待っていた。女万引きGメンと、あのとき万引きをした方の男子高校生である。あのノートに名前を書き込んでも何も起きないんだ。あは、なんだ、期待ハズレかよ。
しかし、なんでこいつ、ここにいるんだ?
「久しぶり」
彼女が声をかけてきた。オレも何か返事しないと。
「どうしたんですか?」
「この子、昨日警察に出頭してきたのよ」
女は高校生を見てこう言った。
「あなた、この人に何か言うことあるんでしょ」
「ご、ごめんなさい」
万引き犯の男子高校生は素直に謝った。おいおい… ま、こんなところで立ち話もなんだ。オレたち3人は近くの喫茶店に行くことにした。
喫茶店で聞いた話だと、最初は2人で逃げてたが、万引き犯の方は怖くなってすぐに離脱したとか。で、警察に出頭したようだ。万引き犯とはいえ、万引きGメンに危害を加えてないし、なにより未成年。警察は調書を取って、とりあえず帰宅させたようだ。
さらに万引き犯は、父親とうまくいってないとか、母親とは去年離婚して離れ離れになったとか言ってたが、オレにとっちゃあ、ちっとも楽しい話じゃなかった。
ただ、こいつ、悪い奴じゃなさそうだ。悪いのはもう1人の方か? いや、もう1人の方も案外いいやつかもしれないぞ。オレはなんでこいつらを殺そうとしたんだ? オレってそうとうバカだな。あはは…
この瞬間、オレはふと変な感覚に襲われた。周りのすべてのものが一斉に止まったのだ。どうやら時間が停止したようだ。動いてるのはオレだけ。オレは焦った。これはあいつのせいか?
「ノート、返して!」
その声は真後ろからだった。立ち上がって振り返ると、やつはいた。オレが最初に出会った死神だ。やっぱりこいつか。かわいい死神はなんか悲しい眼をしていた。とりあえず話しかけてみるか。
「お久しぶり」
「あなたのせいで地球の裏側に飛ばされたわよ」
おいおい、あの呪文にはそんな効果があったのかよ。
「ねぇ、ノート返してよ!」
ノート…、あれはデ×××トじゃなかった。もう返してもいいかな?
いや、あのノートには死神を追っ払うという効果があるし、それ以前に死神を可視化できるという効果がある。あれはいろいろと有用だ。そう簡単に返すかよ。軽くあしらってやるか。
「あれはもうないよ。捨てちまったよ」
「ふざけないでよ、そのカバンの中に入ってるんでしょ!」
そのカバンとは、オレが会社訪問のときに持っていくカバンのことである。もちろん今も持ってる。あのノートを拾って以来、このカバンの中に常時入れて肌身離さず持ち歩いてた。つまり、こいつの言ってることはビンゴなのだ。
しかし、こいつ、なんでこんなに血眼になってるんだ? ただのノートだろ。ちと理由を訊いてやるか。
「これ、ただのノートだろ? なんでそんなに必至なんだよ。代わりのもの、くれないのか?」
「代わりのものなんかないわよ。1人1冊て決まってんの!
本部から近々死ぬ人の名前がそのノートに転送されてくるの。それがないと私たち死神は仕事できなくなるのよ!」
「なくすとペナルティがあるのか?」
「あるわよ。それをなくすと、私たちは人間にされちゃうのよ!」
それを聞いてオレは思わずプッと噴き出してしまった。それを見てやつがカッとした。
「何がおかしいのよ!」
「だって人間だろ。いいじゃん、人間て。素晴らしいぞ!」
「バカ言わないでよ! 私はこう見えても500歳を超えてるのよ。人間になったらせいぜい80歳しか生きられないんでしょ? そんなの私、絶対嫌よ!」
ええ、こいつ、戦国時代から生きてんのかよ。それじゃ、嫌だろうなあ。
でも、正直こいつがどうなろうと、オレにはまったく関係のない話だ。いや、いっそうのこと人間になって、オレの妹になってみないか? 死神だったらいまいちだが、妹になったら意外とかわいかったりしてね。
ああ、めんどくさくなった。吹き飛ばしてやるか。
「パンプルピンプルパムポップン!」
かわいい死神はその呪文を聞いてびっくりしたようだ。「なぜ?」と言ってるようにも見えた。が、それはほんの一瞬の出来事。かわいい死神は消えてしまった。と同時に、時間が再び動き出した。
「あれ、なんで立ってるの?」
女万引きGメンは座ったまま、びっくりしてた。そりゃそうだ。時間が止まったときオレは彼女の目の前に座ってたのに、今は立ち上がってるんだから。
病院の中に入ると、女はエレベーターに乗った。女はさっから一言も発してなかった。顔色もずーっと同じ。オレは何か質問しようと思ったが、そんな雰囲気じゃなかったので、オレも黙ったままにしておいた。
エレベーターを降りると、女はすぐさま廊下に面したドアを開けた。中に入ると、やっと言葉を発してくれた。
「見て」
そこは一面ガラス張りだった。その向こうは病室らしく、いろんな機材に囲まれたベッドがあった。そのベッドの中に寝かされている人間は…、たぶん昼間刺された初老の万引きGメンだと思う。
「とりあえず安定してるみたい」
おいおい、本当か? 今あの人の足元に立ってんの、誰だよ? 黒いボンデージのかわいい女の子。こいつは死神だろ。
ちなみに、最初に出会った死神はセパレートのボンデージだったが、こんどの死神は背中が大きく開いたワンピースのボンデージ。さっきの死神の髪型はショートカットのボブだったが、今度の死神はツインテール。死神の個性もいろいろあるようだ。
「あなた、なんであのとき、逃げ出したの?」
女が質問してきた。ようやく本題に入るようだ。
「別に理由なんかないよ。ビビっちまって、それで逃げ出したんだよ」
「ウソ!」
ウ、ウソって…
「あなた、私の眼を見て逃げ出したでしょ! あなたもあいつらの仲間だったんじゃないの?」
なんだよ、さっきの刑事と同じかよ。また説明しなくっちゃいけないのか? だいたいオレはあんとき、あんたの眼を見てないって。
そのとき、けたたましい警報音がなった。
「な、何、これ?」
女万引きGメンが慌て出した。どうやら病室の中の男の容体が急変したようだ。まあ、死神が控えてるんだ。先が短いのは確かなんだが。
すぐに2人のお医者さんと3人の看護師さんが病室の奥にあるドアを開け入ってきた。オレの隣にいた女は、両手でガラスをドンドンと叩き始めた。
「ねぇ、何が起きてんの? 何が起きてんのよう?」
おいおい、そんなに叩いたらガラスが壊れるぞ。このガラス、かなり高いんじゃないのか?
オレは再び病人の足元に立ってる死神を見た。あいつが頭の方に廻るとやっかいだ。とにかく引き剥がさないと。
オレは死神から教えてもらった呪文を唱えることにした。が、ここで大事なことに気づいた。忘れたのだ。すっかり呪文を忘れてしまったのだ。う~んと、なんだっけ? う~んと…
ああ、もういい。とりあえずオレの記憶にある呪文を唱えてやる!
「パンプルピンプルパムポップン!」
すると、なんと死神は瞬時に消えてしまった。おいおい、呪文はなんでもいいのかよ?
と、女万引きGメンが唖然とオレを見ていた。当たり前だよな、こんな古い乙女チックな呪文をなんの脈略もなく、いきなり唱えたんだから。
が、病室の中でも騒動が起きているようだ。なんと、寝ていた男万引きGメンが上半身を起こしてるのだ。医者も看護師もただ、ただ驚いてるようだ。
「よかった…」
女万引きGメンはつぶやいた。そしてオレを見てこう言った。
「あなた、魔法使いだったの?」
いや、別にそういうものじゃないけど…
オレが返答しないでいると、女はさらに話しかけてきた。
「すごいよ。魔法の呪文であの人を治しちゃうなんて」
女はただひたすら感嘆してた。これって誤解ていうのか? まあ、これでオレにかけられた嫌疑は晴れたみたいだ。よしとしよう。
男万引きGメンはすぐさま一般の病室に移された。オレと女万引きGメンはその部屋に通してもらった。男はなんで急に元気になったのかいまいちわからないようだが、ともかく喜んでオレを出迎えてくれた。
男万引きGメンと話してるとき、オレは手にしてたカバンを見た。この中にはデ×××トが入ってる。そうか、わかったぞ。これを持ってるときに何か呪文を唱えれば、死神を追っ払うことができるんだ。呪文なんか、なんでもいいんだ。
こんなに凄いデ×××トだ。万引き犯の名前を書けば、きっとすぐに死ぬはず。でも、名前が、名前がわからん。未成年となると、新聞にも名前が載らないだろうな。くそーっ、なんであんなやつら、法律が許してるんだ? やっぱりオレが制裁をくわえないといけないのかなあ。
「さあ、もう遅い。帰りなさい」
男万引きGメンのこの一言で、オレたちは病室を出ることになった。
オレと女万引きGメンは病室を出た。この人、あの2人の名前知ってるかな? 書店ともなると顔も広いだろうから、知ってるかもしれないな。ちょっと鎌をかけてみることにするか。
「あの~、あの2人の名前、わかりますか?」
「あの2人て、万引き犯のこと?」
「はい」
女はちょっと考えて、こう言った。
「知ってるけど…、インターネットに名前載せるの?」
「別に、そんなことしませんよ」
なんだ? 警察に口止めされてるのか? 女はさらに考え、こう言った。
「別に書いてもいいけど。
1人は…」
「あ、ちょっと待って!」
どうやら名前を教えてくれるようだ。オレは慌ててカバンの中からデ×××トを取り出した。
「何、それ?」
「ただのメモ帳ですよ」
女はちょっと怪しんだようだが、すぐに言葉を再開してくれた。
「1人はサムカワアキラ、もう1人はアヤセコウジよ」
ちょっと待ってくれよ。正しい名前、つまり漢字じゃないとダメなんだよ。で、漢字の名前を教えてもらい、それを直にデ×××トに書き込んでやった。これであの2人は死ぬはずだ。これでこの世は少しはよくなるはずだ。なんかちょっと爽快になった気分だ。
病院を出ると、外はすっかり夜になっていた。女万引きGメンは食事に誘ってくれたが、それは丁寧に断った。ともかく今は、あの2人の突然死のニュースが楽しみで楽しみでしょうがないのだ。
しかし、次の日もその次の日も、やつらの突然死のニュースはなかった。おかしいなあ。もしや未成年てことで、ニュースにしてないのかも。
が、3日目夕方オレがアパートに帰ってくると、意外なものがアパートの階段の前で待っていた。女万引きGメンと、あのとき万引きをした方の男子高校生である。あのノートに名前を書き込んでも何も起きないんだ。あは、なんだ、期待ハズレかよ。
しかし、なんでこいつ、ここにいるんだ?
「久しぶり」
彼女が声をかけてきた。オレも何か返事しないと。
「どうしたんですか?」
「この子、昨日警察に出頭してきたのよ」
女は高校生を見てこう言った。
「あなた、この人に何か言うことあるんでしょ」
「ご、ごめんなさい」
万引き犯の男子高校生は素直に謝った。おいおい… ま、こんなところで立ち話もなんだ。オレたち3人は近くの喫茶店に行くことにした。
喫茶店で聞いた話だと、最初は2人で逃げてたが、万引き犯の方は怖くなってすぐに離脱したとか。で、警察に出頭したようだ。万引き犯とはいえ、万引きGメンに危害を加えてないし、なにより未成年。警察は調書を取って、とりあえず帰宅させたようだ。
さらに万引き犯は、父親とうまくいってないとか、母親とは去年離婚して離れ離れになったとか言ってたが、オレにとっちゃあ、ちっとも楽しい話じゃなかった。
ただ、こいつ、悪い奴じゃなさそうだ。悪いのはもう1人の方か? いや、もう1人の方も案外いいやつかもしれないぞ。オレはなんでこいつらを殺そうとしたんだ? オレってそうとうバカだな。あはは…
この瞬間、オレはふと変な感覚に襲われた。周りのすべてのものが一斉に止まったのだ。どうやら時間が停止したようだ。動いてるのはオレだけ。オレは焦った。これはあいつのせいか?
「ノート、返して!」
その声は真後ろからだった。立ち上がって振り返ると、やつはいた。オレが最初に出会った死神だ。やっぱりこいつか。かわいい死神はなんか悲しい眼をしていた。とりあえず話しかけてみるか。
「お久しぶり」
「あなたのせいで地球の裏側に飛ばされたわよ」
おいおい、あの呪文にはそんな効果があったのかよ。
「ねぇ、ノート返してよ!」
ノート…、あれはデ×××トじゃなかった。もう返してもいいかな?
いや、あのノートには死神を追っ払うという効果があるし、それ以前に死神を可視化できるという効果がある。あれはいろいろと有用だ。そう簡単に返すかよ。軽くあしらってやるか。
「あれはもうないよ。捨てちまったよ」
「ふざけないでよ、そのカバンの中に入ってるんでしょ!」
そのカバンとは、オレが会社訪問のときに持っていくカバンのことである。もちろん今も持ってる。あのノートを拾って以来、このカバンの中に常時入れて肌身離さず持ち歩いてた。つまり、こいつの言ってることはビンゴなのだ。
しかし、こいつ、なんでこんなに血眼になってるんだ? ただのノートだろ。ちと理由を訊いてやるか。
「これ、ただのノートだろ? なんでそんなに必至なんだよ。代わりのもの、くれないのか?」
「代わりのものなんかないわよ。1人1冊て決まってんの!
本部から近々死ぬ人の名前がそのノートに転送されてくるの。それがないと私たち死神は仕事できなくなるのよ!」
「なくすとペナルティがあるのか?」
「あるわよ。それをなくすと、私たちは人間にされちゃうのよ!」
それを聞いてオレは思わずプッと噴き出してしまった。それを見てやつがカッとした。
「何がおかしいのよ!」
「だって人間だろ。いいじゃん、人間て。素晴らしいぞ!」
「バカ言わないでよ! 私はこう見えても500歳を超えてるのよ。人間になったらせいぜい80歳しか生きられないんでしょ? そんなの私、絶対嫌よ!」
ええ、こいつ、戦国時代から生きてんのかよ。それじゃ、嫌だろうなあ。
でも、正直こいつがどうなろうと、オレにはまったく関係のない話だ。いや、いっそうのこと人間になって、オレの妹になってみないか? 死神だったらいまいちだが、妹になったら意外とかわいかったりしてね。
ああ、めんどくさくなった。吹き飛ばしてやるか。
「パンプルピンプルパムポップン!」
かわいい死神はその呪文を聞いてびっくりしたようだ。「なぜ?」と言ってるようにも見えた。が、それはほんの一瞬の出来事。かわいい死神は消えてしまった。と同時に、時間が再び動き出した。
「あれ、なんで立ってるの?」
女万引きGメンは座ったまま、びっくりしてた。そりゃそうだ。時間が止まったときオレは彼女の目の前に座ってたのに、今は立ち上がってるんだから。