済みません。
色んな人に迷惑をかけているのは承知しております。
職業人として失格だなあと思うのですが、どうにも“意欲”がなくて……。
さて、そんな中、11日は日帰りで東京、色々見聞して参りました。
国立劇場の「女殺油地獄」のチケットを取ってあったので、それにあわせて、という感じ。
事前に予約でもしないとこの時期全く動けないからねぇ。
最初は、練馬区美術館。
瀬畑亮 セロテープアート展。
これ、すごいです。
2ヶ月の会期が15日で終わります。
行ける人は是非!
文字通りの意味で「唯一無二」。
思いがけないモノ、想像できないモノの持つ勢いを摘まないこと。
ここだよねぇ。
本人と少し話しました。
ほんとに魅力的なにいちゃんで、しっかりした考えを持ってやっている。
しかも反骨。
大学との関係、美術館との関係、企業との関係……。
この人のことは、必ずもう一回触れます。
太田記念美術館 牧野宗則展。
この人についてはもう、何度も書いているのだけれど……。
なぜ、太田記念美術館が生きてる版画家の展示会を開くのか。
しかも今回で3回目。
行けば解ります。
26日まで。
新しい図録も素敵です。
何冊目だ??
デザインフェスタギャラリー EAST ぷれぜんとあーと展
mixiで知った、全然面識のない若者の個展。
面白い、愛がある、勿論技術も高い。
プライベートなものがどうやってパブリックなものになる(ならない)のか。
“内輪受け”という“技法”。
さて、で、「アート」ってどういう事だろう。
この話は、原田さんについて、最初に書いた時の印象に繋がる。
しかし、商品化もあり得るんじゃないか、と言う気もした。
なぜかな。
パロディがあるからかなぁ。
“型”があるモノは強い。
この前のマッチ箱もそうだなぁ(あ、書いてないか。いかんいかん、あとで詳しく!)。
それにしても、ここ、初めて行った。
静岡のCCCもこうやって使えばいいのになぁ……。全然クリエイティブじゃないもんなぁ……。
そのあとまだ時間があったので、初台まで移動。
オペラシティ ICC
ライト・[イン]サイト―拡張する光、変容する知覚
これは、暮れに蜷川実花を見た時にチラシを見つけ、ついでに行って衝撃を受けた展示。
一枚のチケットで2回入れるので、もう一回行ってきました。
去年とはえらい違いのにぎわい。
一部の展示は予約制になったらしい。
「音が光る」やつ。
2度行ける、と言うことの意味は、口コミの効力という、主催者側のもくろみもあるのだろう(そして、その効果は十分にあったと思う)けれど、それ以上に、この企画の面白さをしっかり引き受けるのに必要な作業だったようにも思う。
“しっかり”という割に、解らなかったものはやっぱり解らなかったんだけれど。
ここは、科学館とはちょっと違う。
常設展も面白い。一日、詳しい人の解説付きで過ごしてみたい。
文楽の感想?
それはまたあとにするか。
大学院生の頃を色々思い出した。
孝夫(現・仁左衛門)の与兵衛も思い出した。
さて、ここまでが、過ぎた話。
で、今夜は
オルタナティブスペース・スノドカフェ ~学びの企画~
Knowledge walk Friday vol.1(仮)
テーマは“模倣”だそうです。
西洋の近代芸術って、ほんと、アウェイ。
だから
「『模倣』という近代芸術の主要な概念」とか、
「画家にとって模倣する作業はどういうことかを、20世紀に活躍したフランスのメルロ=ポンティという哲学者の思想から考え」る、とかいわれても、
「あぁ、なるほどね」、とか、「そうきたか」、とか、ぜ~んぜん思えないのだけど、大丈夫かな。
とはいえ私、こういう他流試合(別に試合に行く訳じゃないけど)は大好物で、大抵は自分のフィールドのこんなの関係ありますかねぇ、と言う方に引き込む。
古い日本の“型”や“引用”や、“写し”のこととか。
そして“型破り”。
あぁ、彦星先生の領域だ。
今日はきっと県美の人も来るだろうから、狩野派の粉本主義のこととか、ついでに解説していただけたらありがたいし、
SPACの人には演劇の中の「引用」や「型」の話も聞きたいし。
でも不思議だよねぇ。
スノドに限らず、周りを見回しても、西洋近代、あるいは日本を含む現代の状況についてはみんな結構詳しいのに、少し前の日本のことって、案外知られてない(私は両方詳しくない。ははは)。
それってやっぱり、研究者が魅力的な発信をしてこなかったツケなんだろうなぁ。
さて、話を強引に繋げましょう。
牧野さんが伝統木版画の文脈の中で到達した(あるいは進化し続ける)領域。
風鈴丸さん(月末から新宿伊勢丹で個展だ)の達成。
日下文さん(15日、晴れると良いですねぇ。今年は本堂の由)における“模写”。
拡がるなぁ……。
色んな人に迷惑をかけているのは承知しております。
職業人として失格だなあと思うのですが、どうにも“意欲”がなくて……。
さて、そんな中、11日は日帰りで東京、色々見聞して参りました。
国立劇場の「女殺油地獄」のチケットを取ってあったので、それにあわせて、という感じ。
事前に予約でもしないとこの時期全く動けないからねぇ。
最初は、練馬区美術館。
瀬畑亮 セロテープアート展。
これ、すごいです。
2ヶ月の会期が15日で終わります。
行ける人は是非!
文字通りの意味で「唯一無二」。
思いがけないモノ、想像できないモノの持つ勢いを摘まないこと。
ここだよねぇ。
本人と少し話しました。
ほんとに魅力的なにいちゃんで、しっかりした考えを持ってやっている。
しかも反骨。
大学との関係、美術館との関係、企業との関係……。
この人のことは、必ずもう一回触れます。
太田記念美術館 牧野宗則展。
この人についてはもう、何度も書いているのだけれど……。
なぜ、太田記念美術館が生きてる版画家の展示会を開くのか。
しかも今回で3回目。
行けば解ります。
26日まで。
新しい図録も素敵です。
何冊目だ??
デザインフェスタギャラリー EAST ぷれぜんとあーと展
mixiで知った、全然面識のない若者の個展。
面白い、愛がある、勿論技術も高い。
プライベートなものがどうやってパブリックなものになる(ならない)のか。
“内輪受け”という“技法”。
さて、で、「アート」ってどういう事だろう。
この話は、原田さんについて、最初に書いた時の印象に繋がる。
しかし、商品化もあり得るんじゃないか、と言う気もした。
なぜかな。
パロディがあるからかなぁ。
“型”があるモノは強い。
この前のマッチ箱もそうだなぁ(あ、書いてないか。いかんいかん、あとで詳しく!)。
それにしても、ここ、初めて行った。
静岡のCCCもこうやって使えばいいのになぁ……。全然クリエイティブじゃないもんなぁ……。
そのあとまだ時間があったので、初台まで移動。
オペラシティ ICC
ライト・[イン]サイト―拡張する光、変容する知覚
これは、暮れに蜷川実花を見た時にチラシを見つけ、ついでに行って衝撃を受けた展示。
一枚のチケットで2回入れるので、もう一回行ってきました。
去年とはえらい違いのにぎわい。
一部の展示は予約制になったらしい。
「音が光る」やつ。
2度行ける、と言うことの意味は、口コミの効力という、主催者側のもくろみもあるのだろう(そして、その効果は十分にあったと思う)けれど、それ以上に、この企画の面白さをしっかり引き受けるのに必要な作業だったようにも思う。
“しっかり”という割に、解らなかったものはやっぱり解らなかったんだけれど。
ここは、科学館とはちょっと違う。
常設展も面白い。一日、詳しい人の解説付きで過ごしてみたい。
文楽の感想?
それはまたあとにするか。
大学院生の頃を色々思い出した。
孝夫(現・仁左衛門)の与兵衛も思い出した。
さて、ここまでが、過ぎた話。
で、今夜は
オルタナティブスペース・スノドカフェ ~学びの企画~
Knowledge walk Friday vol.1(仮)
テーマは“模倣”だそうです。
西洋の近代芸術って、ほんと、アウェイ。
だから
「『模倣』という近代芸術の主要な概念」とか、
「画家にとって模倣する作業はどういうことかを、20世紀に活躍したフランスのメルロ=ポンティという哲学者の思想から考え」る、とかいわれても、
「あぁ、なるほどね」、とか、「そうきたか」、とか、ぜ~んぜん思えないのだけど、大丈夫かな。
とはいえ私、こういう他流試合(別に試合に行く訳じゃないけど)は大好物で、大抵は自分のフィールドのこんなの関係ありますかねぇ、と言う方に引き込む。
古い日本の“型”や“引用”や、“写し”のこととか。
そして“型破り”。
あぁ、彦星先生の領域だ。
今日はきっと県美の人も来るだろうから、狩野派の粉本主義のこととか、ついでに解説していただけたらありがたいし、
SPACの人には演劇の中の「引用」や「型」の話も聞きたいし。
でも不思議だよねぇ。
スノドに限らず、周りを見回しても、西洋近代、あるいは日本を含む現代の状況についてはみんな結構詳しいのに、少し前の日本のことって、案外知られてない(私は両方詳しくない。ははは)。
それってやっぱり、研究者が魅力的な発信をしてこなかったツケなんだろうなぁ。
さて、話を強引に繋げましょう。
牧野さんが伝統木版画の文脈の中で到達した(あるいは進化し続ける)領域。
風鈴丸さん(月末から新宿伊勢丹で個展だ)の達成。
日下文さん(15日、晴れると良いですねぇ。今年は本堂の由)における“模写”。
拡がるなぁ……。
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