ごきげんいかがですか?
緊急事態宣言が解除されましたね。
そして関東も梅雨入りしています。
ときは移っていきますね。
そういえば、前回(こちら)、書きましたが、
我が家のメンバーが増えました。
ジャ〜ン!
当初6月半ばになる、ということでしたが、
なんと、注文から1週間くらいで到着。
そうとわかっていたら、
しなかったと思われる「ポチッ」の
第2弾がありまして……
この子も仲間に。
で、
それも待ちきれないかも、と思い、
実は第3弾もありまして……
結果
こんなことになりました↓(爆)
なんだかなあ、自分・・・
という感じですが、
この子たちと仲良く暮らしております。笑
●ぬいぐるみに乗せる思い
ぬいぐるみは、目鼻があったり、
生き物になぞらえて作ってあることがほとんどのこともあり、
ついつい、そこにあたかも生き物のような
「いのち」というか「魂」というか、を
乗せて見てしまいますよね。
反応をしてくれるわけではないのに、
語りかけてみたり。
喜怒哀楽を共にする感覚もあるかもしれません。
だからこそ、処分するときは、
離れがたい、捨てがたい、
と感じるのでしょう。
そこには思い出が詰まっているから。
もう、家族のような存在だから。
でも。
ぬいぐるみは言ってしまえばただの「モノ」です。
この、「モノ」に思いを乗せて特別なものとしてしまう行為こそが、
私たちがものを処分できない元凶といえるのでしょうね。
●ものを手放すとは、そこに乗っている感情を手放すこと
ものを手放せないというのは、
結局、自分の感情を手放せない、ということ。
「もの」(事実)と「感情」を分けられないということ。
だとしたら、
ものを処分するためには、
その奥にある自分の感情をどう整理するか、
そこに向き合うことが必要ですね。
そのためには、こんなステップを踏む必要がありそうです。
1)そのモノに乗せている自分の感情は何か、気づく。
2)乗せていた感情は今はどうなのかを自分に問う。
3)もう、満たされていたと分かれば、そのモノに
「自分の気持ちを満たしてくれたありがとう」とお礼を言って、
お別れする。
4)感情が未だに生きていると分かれば、
再度、どうしたらその感情を満たせるのか、
自分に問う。
5)答えが出なかったり、答えが分かった上で、
そのものを持っていることを選ぶのであれば、
持っていることにする。
では、答えが出せない場合は……?
そのときは、その気持ちのさらに奥にあるものを探っていく
必要があるでしょう。
今回、うちに招き入れた3人(匹? 個?)を
手放すとき、
私自身はどんなことを思うのかな、
どう思いたいかな?
来たばかりですが、
そんなことも考えている自分がいます。