昨年11月で術後6年が過ぎました
本来なら昨年中の検診ですが
嘗て
12月だった検診日に
急遽先生の学会が入っったとの事で
先生から電話を頂き
予定変更お願いできますかとのことでした
直々に先生からご連絡を頂いてとても驚いたのを思い出します
その時に1月に変更になりました
いやあ
例年は12月は東京へ出かけるので
あまり気にしてなかったですが
年越しをまたいでの検診日
心穏やかに過ごせなかった今年
不安がよぎるのでした
10年フォローなんてやはり厄介な病気ですね
エビデンスが無く
何より胸腺ガンはたちが悪い顔をしている癌だそうで
悪性度も強いらしい
腫瘍が5センチもあるらしい‥・・と分かり
脳へ転移していたら摘出手術はできない‥・・と言われた
その瞬間を思い出すだけでも涙がこみ上げそうで
その瞬間のシーンは忘れられませんね
2度目の大腸出血で処置入院してた時で
消化器内科の病室に
呼吸器外科の執刀医の先生が初めて足を運んでくださったときで
まだ呼吸器外科を受診はしていない状態で・・・
初めて担当医の先生のお顔を見た時のことです
お一人で夜8時頃だった
ご挨拶の感じだけど
脳へ転移してたら手術はできません・・・・・・
初めて聞いた時の衝撃はものすごい物でした
ベッドの上に居たのですが
上半身起きていたので
ベッドから落ちそうになった感じでした
転がり落ちそうでした衝撃で
CTとペットで既に周りへの浸潤も無く転移も見かけられないと言われていて・・・
ホッと胸をなでおろしていて
ゆとりが出来ていたのですが
そんな時に脳って言われて
脳のMRIを撮ってからだと・・・・・衝撃よね
そして何事もなく脳への転移は見られなく
手術へとなりました
1か月半の放射線治療で
腫瘍の外回りを2周り小さくして
手術が安全に出来るようにとのことで
岡山大学病院呼吸器外科でも1年に1度あるかどうかぐらいの大手術で
それも無事終わり
術後の放射線や抗がん剤治療も全く無くても
こうして術後6年が過ぎ
奇跡的な事の積み上げでこうして元気にしています
術後は声も思うように出なく
息が漏れるので
二酸化炭素を吐きすぎて
過呼吸の様な状態に陥り
声も小さいし出ないしキレキレの単語程度しか話せず
会話がなかなかできず
ここまで戻せるなんて
当時は思っていなかったですね
今でも
元の声は戻らないし
声も小さいし
かすれた声だけど
それでもまあまあ普通に話せるようになりましたものね
人間の力は凄いですよ
まあ
傍から見ると大変だろうなァと思われるかもしれませんが
本人はいたって日常的には心配はしてないんですよ
ただ
検診日が近づく頃は
不安がよぎります
もしかして・・・・って
かつて担当医が
皆さんそうらしいです
皆さんその様のおっしゃられます・・・・と
そうよね
みんなそうなんだよね
で
私も明日の検診で
ちょっとナーバス
明日の午前にCTで午後の診察です
担当医が居なくなったのがやっぱり一番の不安材料かも・・・・・
明日が終わってやっと新年だわね
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます