ウトピア

真実と欲望が出会うところ

身分制社会復活!

2011-02-01 14:07:16 | エッセイ
日本はこのままでは、身分制社会に逆戻り。
テレビに頻繁に登場する若手実業家は職業教育の早期開始で雇用悪化の改善策としようと主張するが、非正規社員の雇用条件が正規社員より著しく低い現状で、労働環境は悪化している現状は言わない。企業家にとって即戦力、使い捨ての大量の労働力を生み出すにすぎない。経済環境の変遷によって、職場環境は大いに変わる。新しい職業教育は常に必要となるが、理性と言葉の訓練がされていない実業教育は職業選択の幅を狭めるっだけである。職業教育学校においては実習の事業を多くするなら、労働法、労働権、哲学の科目を必修とすべきであろう。
このように公教育で労働者を早くから、選別して、経営者にとって、より労働者を選別しやすなる。
学校間格差は広がるであろうし、その固定化が図られる。
幼児期からの学習環境の格差はおのずと財産のあるもの、教育と人脈と権力のあるものに有利に働く。
医療もお金のあるなしによって、患者の扱いや施される医療は大きく異なっていく。

社会保障の水準は社会保険の制度も含めて、財政悪化を理由に切り下げられていく。
このようになった理由を社会全体で分析し原因を追求し、解決策を理性的に見出す試みはほとんど行われていないし、行われていても、マスメデイアでは取り上げられない。今までやれてきた政治は正しい、他に方法はなかったと役人も政治家も言う。
選挙制度の不平等と表現の自由の制限、情報統制が社会の格差と悲惨と選挙民の卑俗化を覆い隠している。
選挙民自身が複雑な制度と忙しい日常によって、社会に対する理性的対応というもっと困難な理性の働きを放棄して、せつな的なその場限りの、そして既得権益にしがみつく安易な卑俗さにどっぷりつかり、現在が身分制社会に向かっていることをきずかせない。

年金制度一つを取り上げても、改革を一向にしようとしない政治家、官僚、そして一部の国民の本音が見えよう。30年近く前に現在の年金制度の状況は予想され、NHKの解説番組でも取り上げられていた。この30年間、政治がってきたことは、年金の給付の切り下げ、保険料の切り上げ、そして年金記録そのものの散逸。もはや専門家としての政治家や官僚に国民を救済する実行力を期待すべきではないというのが理性の示すところであろう。

権力と富、権威、人脈を持つ者にとって、実質的な資本主義制度的身分制社会の国家形成がこの社会継続にとって、最良の選択と考えていよう。貧乏人は怠けものであり、貧窮は彼ら自身の怠惰、不運のためと切り捨てられるであろう。貧富の格差が大きい開発途上国の社会を日本は目指すことになる。

解決策のはじめは何であるかは理性的に西欧の歴史を見れば、明らかである。
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