水回り工事の自営をしている主人から、8月の末に入る予定だった6万円が突然「材料代を払うから」と言って貰えなくなってしまいました。
そのお金をあてにしていた私は物凄くショックでした。 次の収入日の9月10
日まで生活して行くのは絶対に無理でした。
とりあえず、残金でガソリンを2000円分入れました。 あとは冷蔵庫にある食材とインスタントラーメンを使ってしのぎました。
主人も、何日かは半額の惣菜を買って来てくれましたが、主人も仕事でお金も必要なので、これ以上は限界でした。 財布の中は20円。 すごく惨めでした。
すぐに神さまに求めれば良かったのですが、つい、人間的に手っ取り早く妹に貸してくれるように頼みました。
でも、妹も給料前でギリギリの状態でしたから断られてしまいました。
「やはり、神さまに求めるしかない」
私は次の収入まで生活出来るように祈って求めました。
ジョージミューラーは「主を恐れよ。その聖徒たちよ。彼を恐れる者には乏しいことはないからだ。詩篇34篇9節」のみ言葉にたって祈って孤児院の働きを全うしました。
一度も与えられなかったことはなかったそうです。
でも、私には無理だと思いました。
主を恐れ、主を第一とする事は完璧には出来ないとわかっていたからです。
でも教会で牧師ご夫妻が「出来なくて当たり前、ただ、み言葉に立てばいい」と言われたんです。
今までにも聞いていて知っていた事なのに、その時は凄く、その言葉が入って来て、私は詩篇34篇9節の、み言葉に立って求める事にしました。
そうしたら、主人に少しお金が入ったらしく、2000円を貰いました。
その後も主人からだけでなく2000円、1000円とお金が入って来たのです。 財布に20円しかなかったのに次の収入日まで生活出来たのです。
おまけに、日曜日は主人が外食に連れて行ってくれました。
私たちは、思いっきり食べたい物を食べました。
20円の残金から、神さまが経済を祝福してくださいました。
神の言葉にたって信仰(祈る、感謝する、告白するなど)を用いるなら神さまは信仰に働いてくださるのです。
改めて神の言葉の真実と信仰を用いる事の大切さを体験しました。
神さまに感謝致します。
kanan