同行:ヒロイ(我が社の山岳部)
天候:のち
行程:ブナグラ乗越-赤谷山-赤ハゲ手前
事前の予報では今日からまた天気が好転するはずだが、なぜか未明からテントを叩く雨音で起こされる。
いよいよ『八甲田山』のあのセリフが飛び出しそうな心境だが、いざとなればここブナグラ乗越あるいは少し先の赤谷尾根から馬場島へ下りられると思うと、もう運を天に任せるしかない。
テント内は何もかも冷たく濡れ、ストーブをいくら炊いても多少の湯気が出るだけでまったく無意味。
気が滅入り、一人だったらとっくに下りているだろう。
ホワイトアウトは昨日よりひどく、隣のテントも動き出す気配は無く、そのうち山の歌を歌い出した。
他にすることもないので相方もそれに呼応して歌で返したりして、時間の過ぎゆくままに待機する。
気温も次第に下がってきて、いよいよ進退が問われるタイミングとなってきた。
しばらく様子をうかがっていると何となく聞き覚えのある声。S会のメンバーだ。
残念ながら彼らはやはり燃料不足等でここブナグラ谷から馬場島へ下山するらしい。
テントから顔を出して彼らに御礼を言い、別れを告げた。
テントの入口を開けると西の方からどんどん雲が切れ、それまで見えなかった周囲の稜線が姿を現わし、青空が顔を出してきた。
我々が撤収準備を始めると向こうも感づいたらしい。
この天気ならまずフツーの山屋なら即出発だと思うが、挨拶に来た向こうのリーダーは「すみません。ウチら日和ってしまって。今日はここで停滞します。」と言う。
ウチらも強力な大阪S会の男性二人のお世話になっておきながら言うのもナンだが、ここはやはり正念場なので、正直ラッセルはある程度分担してほしかった。以後、当てにはしないで我々は自分たちのペースで進むことにする。
赤谷山の山頂では待望の剱がいよいよ目前に姿を現わす。ここまで来たらもはや撤退は無し!
相変わらず重い雪のラッセルで白萩山を越え、最低コルから少し登り返した所で幕とする。
シュラフやら靴下やらをそこら中の灌木の枝に引っ掛けて干しに掛かる。
天候:のちガス
行程:赤ハゲ・白ハゲ-大窓-池ノ平山-小窓
見たところカカトが少し赤く腫れてムクんでいるようにも見えるが、目に見える外傷は無く、ここは何とか頑張ってもらうしかない。
本日はすぐに赤ハゲの急登。標高が上がってきて、これまでの蹴ればステップができる軟雪ではなく、所々カリカリに凍っている。
何とかだましだまし付いてきてもらったが、ペースが上がらないので装備を再配分し、自分がテントとロープ2本を持つが、後半に来てこの加重はちょっと辛かった。
しかし相方も口には出さないが、ここまでかなり重い二人分の食料を担ぎ上げてくれたのだから、ここは二人の頑張りどころだ。
何にしてもパーティーが増え、機動力が上がるのは大歓迎だ。
白ハゲを越えた後の岩場は右から巻く。短い懸垂を交え、大窓へ下降。
後から追い付かれた関西K会の三人組が先に取り付いたが、微妙な岩と雪のコンタクトラインを直上していく。
後続のO会も知っていたのかもしれないが、我々の後を付いてきたようだ。
相方の不調もあり、ここは平均年齢高めだが元気なK会の皆さんにリードしてもらう。
天気予報は良い方向に向っていたはずだが、昼過ぎからガスが湧き出し、視界はあまり良くない。
本来はこの日、小窓王を越えて三ノ窓まで行きたかったが、とても届かず。
天候:
行程:小窓王-池ノ谷ガリー-剱岳-早月尾根-馬場島
靴下もテントシューズも相変わらず濡れており、しかたなく裸足のままシュラフに入ったのだが、知らないうちに凍った靴の上に足を乗せて寝入ってしまったようだ。
相方も同じような状況で、かなり厳しい一夜だった。
北方稜線全山縦走まであと少しだが、もはや登頂よりここから脱出したい気持ちの方が強くなっている。
それでも相方の足はよく乾かしたら、昨日よりはまだ歩けるらしい。
しかし、ここでトラブル。
50m一回分下りた所で一旦切り、さらに下に落ちていったロープを引き上げようとしたところ水を吸ったロープが下の岩に凍って絡みつき回収できない。
しかたなく一本のロープで相方をさらに下の安全地帯までロワーダウンさせ、自分はルートから外れて回収にかかる。
何とか回収はできたものの今度はもう一方の古いロープが水を吸って凍ってしまい、完全な針金と化してしまった。
(今夏、再び剱へ行くことになったら必ず回収します。どなたか再利用するなら構いませんが、おそらく14年使っているものなので悪しからず。)
ボブスレーのようなスピードで人が落ちていくのが見え、白いヘルメットを被っていたので一瞬相方かと思って心臓が凍り付く。
向こうは向こうで私が墜ちたと思ったらしい。
もしロープスタックが無く、順当に進んでいれば我々も巻き込まれていた可能性は大である。
周りのパーティーも思わぬ出来事に慎重に下り、ひとまず安全地帯の三ノ窓に集結。
つい今しがた起きた事故で、相方は若干ビビリモードに入ってしまったか。
それでも登らないわけにはいかない。池ノ谷ガリーは表面が一部氷化しているので、とにかく一歩一歩確実に蹴り込むよう指示する。
そのうち陽が当たってくるにつれ、回りの雪が解け始めたか上部から疎らに落石が落ちてくる。
足元ばかりでなく上部にも注意を払うよう相方を振り返った途端、いきなりドスンと右肘辺りに強い衝撃を受けた。
やっちまったか!
握り拳大のをモロに喰らったようだが、幸い手のひらは動く。どうやら骨は折れていないようだ。しかし、その後、袖の冷たさで出血していることがわかった。
そこは陽が当たらないため明らかに堅いブラックアイスとなっており、冷静に判断していればもっと右手の陽が当たっているルートを安全と見て取っていたことだろう。自分は努めて安全なルートを選んでいく。
とりあえず一人でも待機の体制は万全なようなので、気の毒だが有り合わせの行動食の残りを渡して、ウチら他パーティーはその場を後にする。(その後のニュースで事故者は池ノ谷ガリーを500m滑落し大怪我を負ったものの一命は取りとめた模様。助かって本当に良かった。)
気持ちの良い雪稜が剱の頂上まで続いている。昨年夏にも歩いたが雪で岩場が埋まっている分、この時期の方が歩きやすいぐらいだ。
相方は足が痛いのか動きがややスローになっているので、最後に発破をかけ何とか頑張ってもらう。
そして頂上。ついに剱へ。北方稜線全山、完結!
相方もよく頑張ったなぁ。
相方には悪いが最後はロープを持ってもらう。ここでもう一泊するという関西K会に御礼を言い、試練の下山を続ける。
尾根の途中で相方がタクシー会社に電話を入れ、余裕をもって19時半に馬場島まで送迎に来てもらうよう手配する。
しかし、途中でいよいよ夕闇に掴まり一瞬道を見失う。
既に時間も遅いので、そのまま電車は使わずタクシーで入山口の嘉例沢森林公園へ戻る。(約19,000円!)
行程:富山-松本-横浜
自分の足は両方とも足裏に水泡ができ2度の凍傷。落石を受けた右腕は出血は止まっていたがpatagoniaのシャツはかなりの血を吸っていた。
相方はサングラスをしていたにも関わらず雪目になってしまったようで運転不能と、二人ともダメージはそれなりに大きい。
まさに試練と憧れ・・・というより北方稜線は試練だらけの山行だった。でもこの達成感は最高!(しばらく山は行かなくていいかも)