新・私に続きを記させて(くろまっくのブログ)

ハイキングに里山再生、れんちゃんとお父さんの日々。

『猫と庄造と二人のをんな』について

2024年02月04日 | 作家論・文学論
猫を抱く少女 ジュリー・マネの肖像 - 新・私に続きを記させて(くろまっくのブログ) (goo.ne.jp)
https://blog.goo.ne.jp/kuro_mac/e/bc8bf6fb9926d6c91ea29af423c4c9d5



きのうご紹介した《猫を抱く少女》の猫、私の知る限り、かわいい猫画像ベスト3に入ります(そんなんに猫画像に詳しいわけではないですけれどね)。




最近、谷崎潤一郎の『猫と庄造と二人のをんな』を読み返しました。


読み返した理由は、毎週通う摩耶山中腹にある、開業当時の摩耶観光ホテルが出てくると知ったからでした。摩耶観光ホテルは、現在、「廃墟の女王」として、廃墟では初めての文化財指定を受けたことで知られます。


出てくるのは、庄造の前妻の品子の四畳半の下宿に、逃げ出した元旦那の愛猫・リリーが帰ってくる場面です。品子の六甲の下宿からは、時雨が上がった夜空には星がきらきら瞬き、ケーブルの灯は消えているけれど、ホテルの窓には明かりが見えるのです。


『猫と庄造と二人のをんな』は、庄造の前妻・品子が、現在の妻・福子に対し、庄造の溺愛する雌猫のリリーを譲ってほしいという手紙を出すところから始まります。庄造のリリーに対する溺愛ぶりを嫉妬する福子は、「譲ってあげなさい」いいますが、庄造にはリリーを手放す意志はありません。しかし夫婦喧嘩の末に、庄造は猫を品子に譲ることになるのです。


猫を中心とした三角関係の物語ですが、品子もかつてはリリーに嫉妬していました。しかし、現妻の福子と庄造は、長くは持つまいだろうと考えています。そこで、愛猫のリリーさえ人質(猫質か)にとってしまえば、またヨリを戻せると目論んだわけなのでした。リリーは最初、品子になついてもらえず、逃げられてしまいますが、摩耶観光ホテルの明かりを見たこの夜を境に、お互いに打ち解け、友好な関係を築いていくのでした。


庄造は、リリーが恋しくてたまらず、また、品子にいじめられていないか、心配のあまり、品子の留守中にこっそりと家を訪ねます。しかし、リリーの食事用の皿には、当時高価だった卵の殻が残り、さらに、品子が用いている人間用の座布団よりリリー用の座布団のほうが綿が厚く上等であることを知り、なぜ彼女があんなに憎んでいた猫を大事にする気になったのか驚くと同時に、安堵するのです。品子が帰宅し、庄造が見つからないよう慌てて家を後にするところで物語は終わっています。




庄造は芦屋の荒物屋の主人ですが、商売には全く身が入らず、家のことはすべて母親任せです。女性に暴力を振るうわけでなく、酒や博打にハマるわけでもないのですが、この庄造のダメダメっぷりは、うん、上方には、今もこういうダメぼんがいそうだなあというリアルさなのです。


庄造が猫のリリーに、小鯵の二倍酢を与える冒頭のシーンは忘れがたいものがあります。長くなりますが、引用してみますね。猫の動きや姿態、そして猫好き人間の生態や痴態を、ここまでリアルに克明に描いた作品がほかにあるでしょうか。



福子は此の手紙(注:前妻の品子が送ってきた手紙)の一字一句を胸に置いて、庄造とリリーのすることにそれとなく眼をつけてゐるのだが、小鰺の二杯酢を肴にしてチビリチビリ傾けてゐる庄造は、一と口飲んでは猪口(ちょく)を置くと、
「リリー」
と云って、鰺の一つを箸で高々と摘まみ上げる。リリーは後脚で立ち上つて小判型のチャブ台の縁ふちに前脚をかけ、皿の上の肴をじつと睨まえている恰好は、バアのお客がカウンターに倚りかかっているようでもあり、ノートルダムの怪獣のようでもあるのだが、いよいよ餌が摘まみ上げられると、急に鼻をヒクヒクさせ、大きな、悧巧(りこう)そうな眼を、まるで人間がびっくりした時のようにまん円く開いて、下から見上げる。だが庄造はそう易々(やすやす)とは投げてやらない。
「そうれ!」
と、鼻の先まで持って行ってから、逆に自分の口の中へ入れる。そして魚に滲みている酢をスッパスッパ吸い取ってやり、堅そうな骨は噛み砕いてやってから、又もう一遍摘まみ上げて、遠くしたり、近くしたり、高くしたり、低くしたり、いろいろにして見せびらかす。それにつられてリリーは前脚をチャブ台から離し、幽霊の手のように胸の両側へ上げて、よちよち歩き出しながら追いかける。すると獲物をリリーの頭の真上へ持って行って静止させるので、今度はそれに狙いを定めて、一生懸命に跳び着こうとし、跳び着く拍子に素早く前脚で目的物を掴もうとするが、アワヤと云う
所で失敗しては又跳び上る。かうしてようよう一匹の鰺をせしめる迄に五分や十分はかかるのである。
此の同じことを庄造は何度も繰り返しているのだった。一匹やっては一杯飲んで、
「リリー」
と呼びながら次の一匹を摘まみ上げる。皿の上には約二寸程の長さの小鰺が十二三匹は載っていた筈だが、恐らく自分が満足に食べたのは三匹か四匹に過ぎまい、あとスツパスツパ二杯酢の汁をしやぶるだけで、身はみんなくれてやつてしまう。


いかがでしたでしょうか。『猫と庄造と二人のをんな』は、猫文学の傑作です。猫のしもべのみなさんは、ぜひご一読を。青空文庫で無料で読めます。


谷崎潤一郎 猫と庄造と二人のおんな (aozora.gr.jp)
https://www.aozora.gr.jp/cards/001383/files/59827_73191.html




『猫と庄造と二人のをんな』には、庄造の芦屋の家を追い出され、今は六甲で暮らす前妻の品子が、「芦屋からたった三、四里なのに、六甲おろしが吹き荒れ、まるで山国に来たようだ」と述懐するシーンがあります。芦屋と六甲は、三里も四里も離れていませんけれどね。


ふむ?

今日も摩耶山に行きしな、阪急沿線の風景を観察していたのですが、阪急芦屋川駅だって、山国の風情があるよなあと思いました。


しかしそれは阪急が山手(山側)を走っているというだけのことかもしれません。芦屋も阪神沿線の浜手(海側)は庶民エリアです。村上春樹が育ったあたりですね。
『猫と庄造と二人のをんな』の庄造の荒物屋も、芦屋でも浜手にあるのでしょう。


阪急芦屋川駅は、谷崎潤一郎記念館の最寄り駅でもあります。浜手にある館の周辺は、村上春樹が育った場所だそうです。芦屋の浜手も、『猫と庄造と二人のをんな』冒頭の晩酌のアテになる、小鯵の行商が来るような場所だったのでしょう。

私もれんちゃんの影響で猫のしもべになりつつあります。最近、摩耶山の山猫のマヤーと仲良くやれているのも、黒猫のスーちゃん(真名はパラケルスス)を溺愛する、れんちゃんの年上の親友・水樹塁ちゃんの助言のおかげかもしれません。


太宰を知った日…太宰治は中二病? フランス流日本文学入門(8) - 新・私に続きを記させて(くろまっくのブログ) (goo.ne.jp)
https://blog.goo.ne.jp/kuro_mac/e/7c0299055839824c7480b1855f676003


れんちゃんの父親には、源氏物語の超訳を手掛けていますが、女性を不幸に追いやってしまう光源氏らのモデルを太宰治に設定したという舞台裏の話も出てきます。源氏物語に興味ある人はリンク先をどうぞ。水樹塁さんの中2病パートと平文パートのギャップをお楽しみください。


最新の画像もっと見る