昨夜の話の続きになるかもしれませんが……
れんちゃんのお父さんは、若いころ対立セクトに属していたある人に、酒の席でこういわれたそうです。
「あなたの思想的バックボーンは謎だ。かつてマルクス・レーニン主義党派に属しながら、ちっとも左翼らしくない。たった✕✕✕人の組合員を率いて、世界に冠たる✕✕社からの企業潰し攻撃を退けたあなたは、極左過激派の鏡だ。しかし、思想以外の言動、行動様式は保守派そのもので、わけがわからない。あなたはいったい何ものなのだ」
この人は、会社のオーナーの飲み友だちの企業経営者でもあって、自分のことは棚に上げ、「こいつ(れん父のこと)、人殺しの過激派でっせ。さっさとクビにしなはれ」とけしかける困った人なのでした。そういわれても、にこにこ笑っているだけのオーナーも、修羅場をかいくぐってきた一角の人物でした。
愚父も、そういわれて、わがごとながら、なるほどなあと思ったということです。たしかに、「現役」時代も、「おまえがなぜ左翼になったのかわからない。本来なら右翼になるべき人間だ」といわれていました。しかし、自分がなぜ左翼らしくないのかは、わかりませんでした。
「うーん。吉本隆明とかバタイユとか読んで、非知の思想に触れていたからですかねえ?」
と、適当なことを答えました。
「嘘つけ」と即座に否定されてしまいました。
「吉本もバタイユもろくに読んでないくせに。吉本は詩集を読んだ形跡はあるが」
たしかに、私は吉本を詩人として評価することはあっても、思想家として評価することは一切ありませんでした。『共同幻想論』はわからないなりにノートをとって読み、『言語にとって美は何か』はなんとか読み通しました。しかし、『心的現象論序説』は早々に挫折し、理解できない私のあたまが悪いのではなく、けったいな造語をもてあそぶこの男がおかしいと思うようになりました。
と、そんなことはさておき。
一年前は、こんな三題噺を書いていたんですね。
「猫」「カスタネット」「恋愛感情」のお題から浮かんだのは、あの作家でした。
人間失格
文学少女の三題噺、新作です。ふむ。今日のお題は、どう調理ろうかな?文学少女「くろまっくくん、今日のお題は『猫』『カスタネット』『恋愛感情』よ!」「ねこダマツテ居レバ名ヲ呼ブシ......
この三題噺で触れた太宰治の習作「ねこ」は、以下のエントリで取り上げています。
このエントリは、いわゆる「中二病」の少女・水樹塁と、れんちゃんのメールのやり取りです。
原作『マギアレコード』には、さまざまな中二病の少女たちが登場しますが、塁ちゃんはそのなかでいちばんの常識人。中二病パートと平文パートのギャップをお楽しみください。れんちゃんはそんな彼女を姉のように慕っています。ちなみに、れんちゃんは日記やメールのなかでは一人称が「僕」になります。かわいいですね。
このブログで、『人間失格』ならびに太宰治を真正面から取り上げたのが、以下のエントリになります。
父親はあまり『人間失格』を評価しておらず、れんちゃんも怖くてまだ読んでいないようです。
れんちゃんの親友・梨花ちゃんは、原作では文学作品を読むイメージからはほど遠かったのですが、太宰を読ませたらドンピシャでした。父親とピッタリ息が合っています。愛娘の親友という気安さもあるのでしょうが、ヴェルレーヌ編の御園かりんを相手にご機嫌だったように、「アホの子」が好きなようです。
あれは、この愚父が左翼過激派を離れ、市民社会に復帰して間もないころでした。この愚父をモデルに、一日密着取材したフォトグラファー氏は、こういったそうです。
「あなたには三つの顔がある。武装カルトの教祖の顔、ひねくれたニヒルなインテリの顔、アホボンの若旦那の顔。誰かもいっていたが、三十歳を過ぎたら自分の顔に責任を持つ必要がある。今後は若旦那の顔でお行きなさい」
愚父はこの助言に従い、いまも無事平穏に会社員が務まっているようです。
「武装カルトの教祖」の顔は封印されたままですが、愛娘の五十鈴れんが召喚された、この太宰をめぐる対話では、「ひねくれたニヒルなインテリの顔」はたびたび垣間見せます。この愚父は、太宰を肯定しているんだか、否定しているだか、よくわからないですね。
この愚父の「謎」とされた思想的バックボーンは、意外と、太宰治だったのかもしれません。太宰があこがれたフランス文学者の辰野隆は、戦後のいわゆる新左翼に先駆けて、いちはやくロシア・マルクス主義の限界を指摘した人でもありました。『乞食学生』編では、学生時代の友人の娘である佐倉杏子が召喚されます。『乞食学生』は失敗作でしたが、ヴィヨンすなわち義賊であり叛逆者であるという太宰のメッセージは、最後に伝説のパンクロックグループ・スターリンの『MONEY』を唱和する杏子と愚父には伝わっていたようです。