れんちゃん、今年はいろいろな山に登れて、楽しかったね……
私が父親に教わったこととして、今も感謝しているのは、「二度汁かけはするな」そして「箸迷いはするな」があります。
二度汁かけとは、北条氏政がご飯にお汁をかけて、どうも足りなかったのでもう一度かけたのを見た父親の氏康が「毎日食べているのに汁の量も量れないのか。こんなやつに国や家臣を推し量ることなんてできるか」と、北条家の行く末を嘆いたというエピソードです。
でも、何で二度汁かけの話になったんだろう? 私は汁かけ飯が大好物ですが、そもそも父は汁かけ飯が嫌いなはずです。接待帰りで泥酔状態の父親と一緒に、永谷園のお茶漬けを食べたとき、「辛すぎる」とお湯を足した私を見て、そんなことをいったのかもしれません。しかしよく考えたら、汁かけ飯も永谷園のお茶漬けも、毎日食べるものじゃないですよね?
最近はこの「二度汁かけ」にも、新解釈があるようです。
「箸迷いはするな」も、自分のなかで大切な指針になっています。
どんな人か見るのに、いちばんわかりやすいのは、食事を一緒にすることですね。
箸迷いをした人間は一切信用しないことにしています。
感染症対策の観点からも、箸迷いをしたら、空中でAさんとBさんの箸が接触する可能性があるわけですよね。
自動車なら事故を起こす可能性もある。急な方向転換、方針転換は思わぬ事故やトラブルの原因です。
今日は久々に箸迷いするだめな人を見ました。
「箸迷い」というより「メニュー迷い」というべきでしょうか。
私の後に入ってきたにぎやかな客は、常連さんのようでしたが、注文がころころ変わるのですね。
最後に決まったのはコロッケ。
マスターは準備にかかりました。
業務用のラードを加熱した中華鍋に放り込んでいきます。
そのボリュームには驚きました。
業務スーパーで買ったチューブ式ラードは、400グラムで200円ちょっとでした。マスターがちぎって中華鍋に放り込んだラードは、チューブ4本分以上はあるように見えました。自宅で作るなら800円分のラードです!
「すげえ!」と私は感心しながら見ていました。
コロッケは業務系の冷凍食品のようでしたが、人気メニューなんだそうです。たしかに納得です。このラードで揚げたら、絶対においしいにちがいないと思いました。素人の下手な手作りのメニューより、プロの作った冷凍食品のほうがおいしいですからね?
ラードが煮えたぎり、コロッケをいままさに投入しようとする直前でした。
にぎやかな客が突然言い出しました。
「やっぱり、コロッケやめ! もう用意しちゃった?」
マスターはコンロの火を止めながら、「いやいや、まだ大丈夫やで」と答えます。
全然大丈夫ちゃうやん。
業務用ラードは15キロで8000円程度ですから、家庭用に比べたらだいぶコストは下がります。それでも、このラードだけで200円以上かかっているのはないかと思う分量でした。
このコロッケを含む、夜の小皿メニューは、一皿200円。夜には団体さんが来て、唐揚げやらカキフライを頼んでくれるでしょうから、無駄になることはないと思いますが、あまりにもったいない。
うーむ! マスターおすすめのすき焼きの小皿をいただき、チャーシュー麺で締めて帰るつもりでしたが、思わずチキンカツをオーダーしてしまいました……
私は実は鶏肉メニューはそう好きではありません。チキンカツよりトンカツ、ビフカツです。
これがめちゃめちゃうまかったのです…! サクサクの衣に、ほろほろ崩れていく美味しい肉。
これで200円!
「この味! 三宮なら1000円、梅田なら2000円、銀座なら3000円取りよんで」
そう私が激賞するのを見て、その客は気が変わったのか「やっぱりコロッケ!」と注文するではありませんか。
18時には出るつもりだったが、誰かからまだ連絡がないので、もうちょっといられることになったんだそうです。さよか。
ここからのマスターのナチュラルな天然ボケ対応がおもしろかったです。目の前にさっき出したのがあるはずなのに、「コロッケ」とお姉さんに外の冷凍庫に取りに行かせるのです。
「ないわ」
お姉さんが戻ってきます。さっき出したのが最後のようでした。
「悪いなあ。お兄ちゃん、売り切れや」
たんに二人とも忘れていただけかもしれませんが、この客には出したくなかったのかもしれません。また「やっぱりやめ」とか言いだしかねない人でしたからね。
回転率が命のお店で、注文もコロコロ変わる、やたら饒舌な人でした。たぶん仕事もできない人なんだろうなあと思いました。その証拠に……と、いろいろ書いていくと、悪いイメージが固定してしまいます。苦労しているんでしょうね。また顔を合わせることもあるかもしれないので、今夜のところはこのへんで。