新・私に続きを記させて(くろまっくのブログ)

ハイキングに里山再生、れんちゃんとお父さんの日々。

「初恋」もルソーさんも、藤村さんには林檎の味だったそうです…はぃ フランス流日本文学入門(3)

2021年01月22日 | 文学少女 五十鈴れんの冒険
[今回のテクスト]
『こう読めば面白い! フランス流日本文学 -子規から太宰まで-』柏木隆雄(阪大リーブル)
第3章 島崎藤村に観るジャン・ジャック・ルソー -『破戒』から『新生』へ-

[登場人物]
五十鈴れん
15歳の中学3年生。小さいときから内気で、人と話すことは苦手。好きなことは、文章を書くこと、絵を描くこと。いじめで苦しんでいた時、『破戒』を読んだが、よくわからなかった。日記には、「初恋」にインスパイアされたポエムがあるらしい。お相手は、もちろんあの人。

五十鈴九郎(お父さん)
このブログの主。ひとり娘のれんを溺愛する、コロナで隔日勤務の会社員。藤村の詩は読んだことがあるが、小説は知らないらしい。
 

[一月の緊急事態宣言から数日後のある日の午後]

れん ただぃま…
ぁれ?ぉ父さん、ぉ休みとはいいながら、自宅待機のはずなのに、ぃない。もしかして、ぉ酒を飲みに、行っちゃった…のかな?…これは、ぉしおきが必要です。…ぁれ?ぃた。

お父さん あー。れんちゃん、お帰り。寒かったろう。いまお茶を入れよう。ちょっと待っててね。

れん ぁ、はぃ。ぉ家にちゃんとぃた。良かった。紅茶…かな。また、わざわざぉ湯、沸かしている。

お父さん お待たせ。いただきものの最中もあるよ。

れん ぁりがとう…ジンジャーティー…だ…。
ぁったまるね…最中も、ぉいしい…。
でもね、ポットのお湯で良いんだ…よ?…わざわざ、ぉ湯を、沸かさなくても…

お父さん でも、紅茶の葉の開く温度は95℃以上、それ以下の温度では、本来の美しい色や香りは生まれないのだわ。

れん 翠星石は、真紅と違って紅茶とマナーに厳しくない…のですぅ…!
はー。ジンジャーティー、ぉいしい。『ローゼンメイデン』、ぉ父さんと一緒によく見た…ね…。
私が帰ってきたとき、ご本の部屋にいたの?

お父さん うん。いた。本を探していたんだよ。
そうか。れんちゃんに聞けば良かったかな。

お父さん どんなご本を、探して…いたの?

お父さん 『「破戒」のモデル 大江礒吉の生涯』という本だよ。ソフトカバーの本だけれど、見かけた覚えはある?

れん 見たことない…と、思う。『破戒』は、図書館で借りて読んだことがあるから、見たことあれば、覚えている…はず…。
読みたかった…の?

お父さん うん。柏木先生の本に、藤村の話が出てきたから、思い出したんだ。『破戒』を読んだなんてすごいね。

れん ぉ父さん…病院から退院した後、ご本たくさん処分しちゃった…よね。あの世には、本は持っていけない、って。本の片付けが、終わったら、また、病気が再発して、再入院しちゃって、びっくりした…けれど…。ぁのとき、処分しちゃった…のかな?

お父さん それはない。

れん 断言…。

お父さん うん。著者の先生にお世話になったことがあるんだよ。書店で偶然お名前をお見かけして、在野の研究者の地道な研究活動が、世に出たことが嬉しくて、買った本なんだ。思い入れのある本だから、絶対に売ったりしない。会社に置いてあるのかな。いわゆる人権教育のテキストでもあるからね。

れん そんな大切なご本なら、見つかるとぃいね…。ぉ父さん、『破戒』は読んだ…ことある…よね?

お父さん 実はない。出会い方が、悪かったんだな。
原作のモデルになった大江礒吉の生涯と、作品の主人公は、重なるようでいて、だいぶちがうようだね。大江礒吉は、差別と偏見に屈せず、アメリカに行ったりもせず、立派な教育者として生涯を全うしたようだよ。出自に偏見を持つ人はいたが、その謹直で誠実な人柄は生徒にも信頼され、今も名物校長として地元で慕われている。内閣総理大臣になった教え子の芦田均は、「なまず」とあだ名をつけたそうだよ。

れん 藤村さん…のこと、あまり好きじゃなさそう…。

お父さん 藤村より先に、谷崎や太宰に夢中になっていたから、「自然主義文学は過去のもの」と決めつけてしまったんだね。
批評家の江藤淳が、中上健次の『枯木灘』を、「日本の自然主義文学は七十年目に遂にその理想を実現したのかもしれない」と激賞していた影響もあるな。「まだ理想を実現していない時代の自然主義文学なら、わざわざ読む必要ない」と賢しらにも思ってしまった。

れん さかしら、って言葉、ぉ父さん、よく使うよね…どういう、意味?

お父さん 小賢しい、利口ぶるくらいの意味だよ。しかしれんちゃん、『破戒』よく知っていたね。高校生になれば、習うのかも知れないけれど。

れん 藤村さんの「初恋」は、授業で習った…よ。「まだあげ初めし前髪の」という詩は、ぉ父さんも、絶対読んでます…はぃ。

お父さん 断定形だね。
ご明察のとおり、読んだよ。詩集くらいは持っていたのかな。
室生犀星の『わが愛する詩人の伝記』で読んだのかもしれない。お父さんの恩師で、書家のおじいちゃん先生の座右の書でね。お経を写経するように、一字一句、筆写していたよ。書の世界では異端の先生で、書のコンクールも漢字部門とかな部門しかなかった時代に、今では当たり前になった漢字かな混じり文も手がけておられた。ああ。「初恋」も読んだ。読んだばかりでなく、書いた。先生の真似をしてね。「おまえはまずは『蘭亭序』からだ」と叱られたな。
でも、「まだあげ初めし前髪の」の続きは、忘れちゃったな。どんな詩だっけ。

れん ご本、持ってくる…よ…。
(カチャ)(パタパタ)(トトト)
(・・・・・・)(・・・・・・)(・・・・・・)
(トトトトトト)(パタパタパタ)(ガチャッ)
はぃ、持ってきた…よ。

お父さん うん。ありがとう。ん? ちくま文学の森、『美しい恋の物語』?最近亡くなった、安野光雅編さんか。
これ、名作アンソロジーだね。中学校の教科書?

れん やっぱり、忘れてた…ぉ父さんの本…だよ。このご本にも、『初恋』が入っている…の。

お父さん 何でこんな本を持っていたんだろう。ライターの駆け出しの頃、恋愛をテーマに、何か書いたかな。初版だし、状態もいいし、夏目さんの所に売れば、誰かほしい人もいるだろうに、こないだ処分し忘れちゃったんだろうな。

れん 古本の夏目書房さん…だね。実は、「売る本」の箱に、入っていたのを、ご本の部屋に、私が戻しておいたの…。私のお気に入り…だったから。勝手なことして、ごめん…ね…そういう、ご本は、他にもある…よ。
ぉ父さんがもう、ぃらないなら、私がもらっても…ぃい?

お父さん もちろん。いいよ。
そうだ。定型詩の美しさを味わうには、やはり音読に限るよ。お礼といってはなんだが、『初恋』を朗読してくれるかな?

れん ぇっ?…読む…の?…

お父さん 将来、「エッセイストの人」になったら、「自著を読む」なんて、仕事もあるかもしれないよ?

れん ‼? ぇっと…ね…恥ずかしい…けど…。読む…ね…はぃ。まずは、深呼吸…!…すーっ!…はぃ。

 はつこい しまざき…とうそん…(初恋 島崎藤村)

 まだあげそめし…まえがみの(まだあげ初めし前髪の)
 りんごのもとに…みえしとき(林檎のもとに見えしとき)
 まえにさしたる…はなぐしの(前にさしたる花櫛の)
 はなあるきみと…おもいけり(花ある君と思ひけり)

お父さん いい声だ。五七五なら、リズムがあって、声も出しやすいかな。

れん …ぁりがとう…次!…すーっ…!

 やさしくしろき…てをのべて(やさしく白き手をのべて)
 りんごをわれに…あたえしは(林檎をわれにあたへしは)
 うすくれないの…あきのみに(薄紅の…秋の実に)
 ひとこいそめし…はじめなり(人こひ初めしはじめなり)

お父さん うーむ!そうだったのか!

れん えっ…!…?…ぁ…はぃ?

お父さん あ、驚かせてごめんね。続き読んでね。

れん ぅん…わかった…すーっ。
 
 わがこころなき…ためいきの(わがこゝろなきためいきの)
 そのかみのけに…かかるとき(その髪の毛にかゝるとき)
 たのしきこいの…さかずきを(たのしき恋の盃を)
 きみがなさけに…くみしかな(君が情に酌みしかな)

お父さん ため息が髪の毛にかかるなんて、顔が近いぞ。われ君、きみちゃんにグイグイ距離を詰めてきたね。

れん ぉ父さん、言い方が、ぃやらしい…じゃあ…すーっ…!

 りんごばたけの…きのしたに(林檎畑の樹の下に)
 おのずからなる…ほそみちは(おのづからなる細道は)
 だがふみそめし…かたみぞと(誰が踏みそめしかたみぞと)
 といたまうこそ…こいしけれ(問ひたまふこそこひしけれ)

お父さん 林檎畑で逢い引きするうちに、獣道みたいに細道ができてしまったのか。
この二人、イノシシやサルに間違えられて撃たれないように注意が必要だね。

れん 変なの…どうして、そんなこというの…?

お父さん はは。去年はサルに、農家にお借りしているヤングコーン畑を壊滅させられちゃったから、害獣には怒り真髄なんだ。
しかし、久しぶりに、いいもの聴かせてもらったな。おかげで、寿命が何年か延びた気がするよ。

れん ぉ粗末さま…でした…はぃ。

お父さん そういえば、村下孝蔵の『初恋』って歌があるの、知ってる?

れん ぇっ? ぁ、はぃ。
聴いたことは、ぁるよ…ぅん…好き…な歌かも…。
五月雨は、緑色…で…
夕映えは、ぁんず色…
とてもきれいな詩だったから…

お父さん 旧暦五月の五月雨は、今の梅雨だね。梅雨に「梅」の字が入るのは、この時期に梅が熟するからだというね。
お父さんの実家の庭にも昔は梅の木があって、梅の実も最初は緑で、だんだんあんず色に色づいていくんだ。
しかし青梅は毒があるし、完熟した梅はそのまま食べても、甘くなくいからおいしくない。初恋は実らないし、実ってもほろ苦く終わるものだね。
この歌、どんな歌詞だったかな…はつこい、むらした…っと…そうそう、この「愛という字を書いてみてはふるえてた」とか、こっぱずかしいんだよなぁ。
藤村の『初恋』も、こういう、よくいえば甘酸っぱい、普通にいえば小っ恥ずかしい青春ソングかと思っていたんだけれど、柏木先生のテクストを読んだ後に読み直すと、また違った受け取り方ができたよ。

れん それで感心していたんだ…

お父さん 「ため息」の使い方とか、その後の抒情詩のテンプレートになったんじゃないかな。
いまでも、歌のタイトルや歌詞に、よく使われるね。

れん …ぅん。ぇっと、ね…あの、ね…
ほんと、だ…
「溜息の行方」「溜息のダンス」「シフォンケーキにため息を」…、これは、カバーだけれど、「ため息」「ため息色のタペストリー」…。全部、初音ミクさんの、楽曲です…はぃ。

お父さん へえ。ミクさんの歌にも、たくさんあるねえ。
農業を勉強中だから、最初はこのリンゴが、在来の和リンゴなのか、幕末に入ってきて明治に広まった西洋リンゴなのか、気になったんだけれど、第二連を聞いて、そこはちっとも重要じゃないと思ったな。この歌の舞台は、別に外国でもいいし、リンゴの品種もどうでもいい。アイデアのもとになった西洋の文学作品が何かあるのかもしれないね。二葉亭四迷が訳したツルゲーネフの『逢引』では、農夫の娘がくれるのは、リンゴじゃなくて花束だったけれど。
面白い、と思ったのは、女の子が林檎をくれるところが、アダムとイヴの智慧の実の話を思い起こさせたからだよ。恋を知ることと、林檎すなわち智慧の実を受け取ることがイコールで、西洋の文物を通じて近代的自我を得ることのメタファーにもなっているんじゃないかな。

れん 近代的自我…? 

お父さん 今風にいえば、「近代の気づきを得た、意識高いおれ」という感じかな?

れん 圧倒的成長…して、しまったのでしょうか?ぉ父さん、それ以上いけない…

お父さん はは。藤村はいつの時代もいる賢しらなばかな若者ではなく、信者を集めてカモにする悪玉の側だね。と、悪口をいいだすと止まらないから、「初恋」がお気に入りのれんちゃんに免じて、これくらいにしておくか。
柏木先生のテクストのテーマは、ルソーの『告白』が藤村に与えた影響だったのに、随分脱線しちゃったなあ。フーコーに熱中したことのあるお父さんは、この柏木先生の論考は、自分の無知と不明を知らされることばかりだった。

れん 今は略して「告る」というよね…これって、日本語の乱れ?だと、思う?友達は、普通に、使う…から。

お父さん 乱れるのはことばが生きている証拠だし、乱れ方にも一定のルールや法則性がある。「ディスる」「デコる」も、「告る」の仲間だね。ただし、学校の試験や面接では、使わない方がいいかな。学校の先生や面接官が、昔から「料る」や「鴨る」という言葉があって、名詞+「る」の動詞化はそんなに珍しいものではないと知っているとは限らないから。
「告白する」がこれだけ定着したのも、「ため息」がラブソングの定番になったのも、先生が引用した露伴の「語を下す、自ら来歴無きものは無きなり」だろうね。

れん ぉ父さんも、「新しい表現を目指すなら、古典に学びなさい」と、よく言ってる…よね…

お父さん 自分では新しい表現やアイデアと思っていても、とっくに誰かが言っていたり、書いているということは、よくあることだからね。すべてのことばは、知ると知らざるのを如何を問わず、過去に何かしらの典拠があり、それは藤村も含めた先人たちが営々と築き上げてきたものなんだね。粗略に扱わず、きちんと次世代にバトンタッチしていかないとね。

さて、夕飯の時間だ。今日はノープランだ。何が食べたい?

れん ぅーん。何でも、ぃい。

お父さん それがいちばん困るんだな。せめてヒントだけでも、もらえる?

れん では、藤村さん、ゆかりのメニュー…で。むずかしい?

お父さん 『初恋』ゆかりの林檎パイ……は、パイ生地も林檎もないな。第一、おやつだ。
そうだ。藤村は、小諸に住んでいたんだな。お蕎麦とソースかつ丼にしようか。たまには、おじさんご用達の立ち食い蕎麦メニューも、君たちには目先が変わっていいだろう。『ゆるキャン△』でも、リンちゃん、長野のソースかつ丼食べてたね。

れん すごく、ぉいしそうだった!でも、ぉ野菜が、足りない…。サラダは、私が、作る…よ!



しょうが湯としょうが紅茶と岩下の新生姜は、わが家の常備品です…はぃ

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