(注意:微妙にネタバレがあります)
淀川ベルトコンベア・ガール 1巻
村上かつら(小学館)
淀川。
ベルトコンベア。
ガール。
ロートレアモンの偶然の出会いのように美しい、 この3点そろいぶみで、
どうして読まずにいられるだろう?
「大人たちに囲まれ、
小さな町工場で働く
ひとりぼっちの少女、
かよの小さな願い。
それは--
『ともだち』を作ることだった」
家庭の事情で進学せず、 淀川の町工場「はせ食品」で働く、 16歳のかよ。
彼女はとある都市伝説を信じている。
〈淀川大橋〉の真下で、 上り電車と下り電車がすれ違っている間に、大声で願い事を3回言えれば、そしてその声がかき消されなければ、願いが必ず叶う。
「ともだちが、ほしい!」
16歳の誕生日を迎えた彼女は、通勤ルートの土手から河原に降り、
大橋の下でこう叫ぶ。
「ともだちを、ください!
歳が近くて、服の話とか、
彼氏の話とかできて、
それから、
梅田に買い物に行って、
あの赤い観覧車に乗って……」
この小さな夢がいじらしい。
もちろん、そんな誰とでもできることは、ほんとうの「ともだち」じゃない。
彼女がそのことに気づいたとき、また電車が頭上を無情に通り過ぎていく。
工場で働く若者は、彼女一人きりだ。その日の午後、自称フリーター、実は名門私立高校に通う、一歳年上の那子という美少女が、パートとして工場にやってくる。
大阪でできた、初めてのともだち候補。
「第2話 白・黒・グレー」は、この那子が、リストラの不安の中で、更衣室で財布泥棒の疑いを受ける話である。えん罪を晴らそうと、かよ探偵の大活躍。しかし、この結末は切なくやりきれない。
この事件をきっかけに、かよと那子が、少しずつ接近し始める。第3話・4話の「遠くの友達」で、
かよの地元・福井から、中学時代の親友チカちゃんが、大阪にやって来る。
大阪ならどこに遊びにいったらいいか、かよにたずねられ、親切にアドバイスする那子。この場面が楽しい。
おじさんも考えてしまった。
大阪に来たら〈グリコ〉はデフォなのだろうが、那子ちゃんおすすめの万博記念公園なら、お父さんも安心である。
この女の友情物語はほろ苦いけれど、チカちゃん、よくぞ、かよを守り抜いた。
チカちゃんとは手芸部で一緒だったというのは、第2巻への重要な伏線になっている。
この話以降、かよと那子は思わぬ形で急接近する。
この作品は、2003年に発表された中編作品、「純粋あげ工場」がもとになった。
続編が決定した際、新しい担当はこういったそうだ。
「はせ食品、個別社員寮完備って
なかなか好待遇だよね。
ほぼ全員正社員てのも今どき珍しいし。
職場としてはちょっと条件がよすぎるかな……。」
格差社会、ワーキングプア、無縁社会、若者と働くことをめぐる時代のリアリティは、作者のいうように、「一変」したように見える。
しかし、初出の2003年時点でも、はせ食品は、かなりの好待遇である。
スーパーの場合、原価率が50~70%。1個128円の油揚げの製造コストから、人件費を逆算したら、わかるはずだ。
食品加工業は、パートさんはもちろん、今や外国人労働者・研修生の存在なくして、考えられないだろう。
宝塚のコンビニのざるそばの加工工場では、在日ブラジル人労働者が大勢働いている。
もちろん、こんな会社があってもいいかなと思う。本来は、そうあるべきなのだから。
しかし、これは若い作家さんの傾向かもしれないが、ケアレス(ミスとまではいわないが)は残念である。
まずリアルの〈淀川大橋〉は、海老江-姫里間で、十三とは別の場所にある。
チカちゃんが行きたかった〈海遊館〉があるのは、「南港」でなく(それはUSJだ)、普通にいうなら「天保山」、正式名は「築港」(ちっこう)である。
もっとも、チカちゃんの「彼氏」たちのクルマは、奈良ナンバーだったから、
知らなかったのかもしれない。
〈阪急電車新淀川鉄橋〉とか、〈築港〉なんて、地元大阪市民でも、知らない人が大半だろう。
天保山も、サントリーミュージアムは閉館、マーケットプレイスも赤字で、閑古鳥が鳴いている。
ただ、淀川の土手を歩く男子高校生の会話だけは、少し大阪をなめすぎである。
「阪急電車て!一時間、何本通るちゅー話や」
このセリフだけはいただけない。
十三駅は阪急神戸線・宝塚線・京都線が行き交う、阪急電車の一大ターミナル駅である。
神戸線だけでも、ラッシュの8時台には (かよの通勤時間である)、のぼり23本、くだり19本が発着している。このセリフは、話の展開からしても、「一時間、何回すれ違うちゅー話や」となるべきだろう。
実際には、よくすれ違っているのだが。
阪急電車 5本同時通過
http://www.youtube.com/watch?v=NoZSWV5NzOk
と、いろいろ書いたけれど、久しぶりによい作品に出会った。
ガラスのように、こわれやすく、傷つけやすく、傷つきやすい、少女たちの友情物語に、太宰治のことばを思い出した。
「青春は、友情の葛藤であります。純粋性を友情に於いて実証しようと努め、
互いに痛み、ついには半狂乱の純粋ごっこに落ちいる事もあります。」
(太宰治「みみずく通信」)
第1話の扉絵の淀川河川敷の風景には息をのんだ。
河川敷も公園が整備されて、今はもうあの犬を連れたおっちゃんの家はない。
しかし、かよがたんぽぽの綿毛を吹きながら歩く、この川、この土手、この空の眺めは、
私の「淀川」であり私の「大阪」である。
淀川ベルトコンベア・ガール 1巻
村上かつら(小学館)
淀川。
ベルトコンベア。
ガール。
ロートレアモンの偶然の出会いのように美しい、 この3点そろいぶみで、
どうして読まずにいられるだろう?
「大人たちに囲まれ、
小さな町工場で働く
ひとりぼっちの少女、
かよの小さな願い。
それは--
『ともだち』を作ることだった」
家庭の事情で進学せず、 淀川の町工場「はせ食品」で働く、 16歳のかよ。
彼女はとある都市伝説を信じている。
〈淀川大橋〉の真下で、 上り電車と下り電車がすれ違っている間に、大声で願い事を3回言えれば、そしてその声がかき消されなければ、願いが必ず叶う。
「ともだちが、ほしい!」
16歳の誕生日を迎えた彼女は、通勤ルートの土手から河原に降り、
大橋の下でこう叫ぶ。
「ともだちを、ください!
歳が近くて、服の話とか、
彼氏の話とかできて、
それから、
梅田に買い物に行って、
あの赤い観覧車に乗って……」
この小さな夢がいじらしい。
もちろん、そんな誰とでもできることは、ほんとうの「ともだち」じゃない。
彼女がそのことに気づいたとき、また電車が頭上を無情に通り過ぎていく。
工場で働く若者は、彼女一人きりだ。その日の午後、自称フリーター、実は名門私立高校に通う、一歳年上の那子という美少女が、パートとして工場にやってくる。
大阪でできた、初めてのともだち候補。
「第2話 白・黒・グレー」は、この那子が、リストラの不安の中で、更衣室で財布泥棒の疑いを受ける話である。えん罪を晴らそうと、かよ探偵の大活躍。しかし、この結末は切なくやりきれない。
この事件をきっかけに、かよと那子が、少しずつ接近し始める。第3話・4話の「遠くの友達」で、
かよの地元・福井から、中学時代の親友チカちゃんが、大阪にやって来る。
大阪ならどこに遊びにいったらいいか、かよにたずねられ、親切にアドバイスする那子。この場面が楽しい。
おじさんも考えてしまった。
大阪に来たら〈グリコ〉はデフォなのだろうが、那子ちゃんおすすめの万博記念公園なら、お父さんも安心である。
この女の友情物語はほろ苦いけれど、チカちゃん、よくぞ、かよを守り抜いた。
チカちゃんとは手芸部で一緒だったというのは、第2巻への重要な伏線になっている。
この話以降、かよと那子は思わぬ形で急接近する。
この作品は、2003年に発表された中編作品、「純粋あげ工場」がもとになった。
続編が決定した際、新しい担当はこういったそうだ。
「はせ食品、個別社員寮完備って
なかなか好待遇だよね。
ほぼ全員正社員てのも今どき珍しいし。
職場としてはちょっと条件がよすぎるかな……。」
格差社会、ワーキングプア、無縁社会、若者と働くことをめぐる時代のリアリティは、作者のいうように、「一変」したように見える。
しかし、初出の2003年時点でも、はせ食品は、かなりの好待遇である。
スーパーの場合、原価率が50~70%。1個128円の油揚げの製造コストから、人件費を逆算したら、わかるはずだ。
食品加工業は、パートさんはもちろん、今や外国人労働者・研修生の存在なくして、考えられないだろう。
宝塚のコンビニのざるそばの加工工場では、在日ブラジル人労働者が大勢働いている。
もちろん、こんな会社があってもいいかなと思う。本来は、そうあるべきなのだから。
しかし、これは若い作家さんの傾向かもしれないが、ケアレス(ミスとまではいわないが)は残念である。
まずリアルの〈淀川大橋〉は、海老江-姫里間で、十三とは別の場所にある。
チカちゃんが行きたかった〈海遊館〉があるのは、「南港」でなく(それはUSJだ)、普通にいうなら「天保山」、正式名は「築港」(ちっこう)である。
もっとも、チカちゃんの「彼氏」たちのクルマは、奈良ナンバーだったから、
知らなかったのかもしれない。
〈阪急電車新淀川鉄橋〉とか、〈築港〉なんて、地元大阪市民でも、知らない人が大半だろう。
天保山も、サントリーミュージアムは閉館、マーケットプレイスも赤字で、閑古鳥が鳴いている。
ただ、淀川の土手を歩く男子高校生の会話だけは、少し大阪をなめすぎである。
「阪急電車て!一時間、何本通るちゅー話や」
このセリフだけはいただけない。
十三駅は阪急神戸線・宝塚線・京都線が行き交う、阪急電車の一大ターミナル駅である。
神戸線だけでも、ラッシュの8時台には (かよの通勤時間である)、のぼり23本、くだり19本が発着している。このセリフは、話の展開からしても、「一時間、何回すれ違うちゅー話や」となるべきだろう。
実際には、よくすれ違っているのだが。
阪急電車 5本同時通過
http://www.youtube.com/watch?v=NoZSWV5NzOk
と、いろいろ書いたけれど、久しぶりによい作品に出会った。
ガラスのように、こわれやすく、傷つけやすく、傷つきやすい、少女たちの友情物語に、太宰治のことばを思い出した。
「青春は、友情の葛藤であります。純粋性を友情に於いて実証しようと努め、
互いに痛み、ついには半狂乱の純粋ごっこに落ちいる事もあります。」
(太宰治「みみずく通信」)
第1話の扉絵の淀川河川敷の風景には息をのんだ。
河川敷も公園が整備されて、今はもうあの犬を連れたおっちゃんの家はない。
しかし、かよがたんぽぽの綿毛を吹きながら歩く、この川、この土手、この空の眺めは、
私の「淀川」であり私の「大阪」である。