Lotustyle trust yourself

〜内にあるエネルギーを解放して自分の道を進んでいこう〜

アカシックレコード・アクセス方法

2009年06月12日 | スピリチュアル
☆気持ちも身体もリラックスして椅子でも寝転がってもOK
自分自身の内なる源へと意識を向ける。

☆ゆっくり鼻から息を吸い込んで、
ため息をつくように口から息を吐き出す呼吸を数回繰り返し、
自然な呼吸に戻す。
(もし、浅い窮屈な呼吸になったら、ゆったりした呼吸を一つして、
自分のペースを取り戻せることを覚えておきましょう。)

☆自分が安心してくつろげる場所をイメージしてみる(草原、浜辺など)。
安全な心地良さに身を任せ心地良さを充分に感じたら、
自分のすぐそばの地面に、下へ向かう階段をイメージしてみる。
(階段を降りる時、階段数をあらかじめ決めておくこともできる)

☆階段の下の方は暗くなっているが、
その階段を降りて行き、いちばん下に着く。

☆振り返り、今降りてきた階段の上のほうを見上げ、
階段の入り口からまぶしい光が差し込んで、一瞬、眼がくらんでしまう。
(光を見上げるイメージを持つことで、
頭頂部のチャクラの光を意識的に体験することになる。
光を見ることで、自分が持っていた知識や観念をいったん手放し、
未知なるものとつながる準備を整えることになる。
眼がくらんでしまい、視野がなくなるのは、
先に何があるのか分からない、状況がまったくつかめないという、
未知なる世界への一歩を踏み出す象徴です)

☆そのまま前方に向き直り、一歩進む。

☆視覚が戻ると、眼の前にはドアがある。

☆ドアを開け、中に入る。

☆部屋の広さ、インテリアは自分の好みの部屋をイメージする。

☆居心地のいい椅子に座り、この部屋の雰囲気全体に向かって、要求する。

☆自分の『人生の書』を手に取りたい、特定の史実が書かれた本を読みたいと。

☆自分が「知りたいから、知りたい」と思った、
「意図」にふさわしい本を手に取る。
ページには文字で書かれているかもしれないし、
押し絵が立体的な映像になって浮かび上がってくるかもしれない。
「意図」してきた質問をページに向かって、
心の中で語りかけるように質問をする。
(『人生の書』を手にするとき、部屋で一人で映画や芝居を観るふうに
変えても構わない。スクリーンや舞台に向かって質問を投げかける。
またはパソコンに向かい、情報を検索するイメージでも構わない。
検索したページが現れたら、そこから発生する質問を手元のキーボードで
打ち込んで検索するイメージをしてもいい)

☆やがて、その返答がページの上に現れる。

☆視覚的な方法が難しい場合には、
感覚的にその質問と問いかけを心の中で感じてみる。

☆そして、何かフィーリングが返ってくるのを静かに待つ。

☆返ってきた答えが、そのまますぐに理解できるものではなかったり、
何かのシンボルが現れたら場合、それが何を意味しているのか、
さらに問いかける。

☆そして、それに対する返答と、また「対話」を続ける。
返答がアカシックレコード独自の文字で書かれていたら、
自分にとって分かりやすい表現に変えてくれと要求することが出来る。
やってきた答えを、その場で解釈したり吟味したりする必要はない。
何の判断もせず、感想も付け加えずに、そのまま受け取る。

☆この部屋で充分過ごしたと感じたら、本を閉じ、立ち上がる。

☆部屋を出て、ゆっくり階段を上がって、地上に出る。

☆ゆっくりと呼吸しながら、手足を軽く動かして肉体の感覚を感じ、
それから、そっと眼をあける。
アカシックレコードを読みたい人の数だけ、オリジナルな方法がある。
一人ひとりの意識が入り口になっているので、
レコードにつながる方法に、その人の個性が反映されるから。
一度感覚を体感したら、徐々に最も簡単な方法につながることが出来る
のだと自分にその力を思い出させてほしい。
最も努力が少ない、
最も単純な方法がアカシックレコードの気軽な利用のためには理想的です。

☆アカシックレコードから読み取った情報をどう利用するかが、
一番重要な部分になります。

☆レコードからの情報は研究開発の実現の助けにもなり、
社会への献身の可能性は無限です。

ロータス 蓮 LOTUS

2009年06月12日 | Weblog
いいですねぇ、このテンプレート
シンプルに蓮がひとはな
実にいい

もうひとつ、蓮のテンプレが新しく出てて、
アジアンテイストでかわいかった
そっちはこれが飽きたら変えますわ。


こないだね、
さん”って浮かんだのでちょっと寄ったですよ。
自分のことには無頓着でケチなアタクシ。
本屋と言えば“BOOK OFF”です、はい。

あれよこれよと
手は迷い、目は泳ぎ。
やっと気になる一冊を発見。
半額とはいえ、
自分にお金を掛けることに慣れていない私は、
“ごひゃくえん だったら買ったのにな”と、その場を去りました。

大抵、すぐ忘れてしまうのに、
珍しくタイトルを(なんとなくだけど)覚えてたので、
Amazonで調べてみたの。

そしたらさ、
新品同様でさ、
しかも破格値でさ、
送料入れても五百円ちょいであったのさ!
おっついっしょ
で、さっき届いたの
まじ、新品同様でございました
いやいや、ありがとうございますです<(__)>

は、
『意図を持って人生を生きること』に焦点を定めた本であるとされた、
「創造の12光線」ジャネット・ハウザーさんの著書(大内博さん訳)。

内容は、
・・・・・・まだ読んでいないし、また今度ね。

いずれにしても必要なもののようだし、
自身をもっとクリアーにしたいしね。
色んな事が起こっているのに、
何の疑いもなく過ぎてしまってたりするご時世ですから、
やっぱ真実を見極めたいし。

もっともっとクリアーな状態にな成れれば、
道案内も沢山できるようになるかもって。
自分の出来ることを目一杯やって、
元気な人が増えるといいなって、
あらためて。
精進いたします。


ちなみにこの日、
朝から ウルトラマン のテーマソングがエンドレス。
歯磨きしながら、
口の開け具合を調節して歯ブラシ音で奏でてみたり。
それって、光線繋がりでメッセ?
いんや、きっとそうでしょう

どこにヒントがあるものやら、
間違い探しのようで面白いすわ

ということで、
皆さんも直感や思いつきを軽視せず、
それに流されてみてはいかがでしょ
今回の人生、
今回一度きり

雲行き妖しく

2009年06月10日 | LOTUSTYLE DATA
safari のバージョン4.0 カッケ!

 なんまらカッケ!
    ↓
    訳
    ↓
とてもかっこいいです。

せっかくかっちょいーけど、
どこかにとべば、当然消えてなくなるんだよね。

なんか、フラストレーションだわ

あ、
店の前に、
鍵も掛けず置き去りになってた赤いトラクター、
昨夕ベンツみたいなベンツじゃない白い車で乗りつけたお兄ちゃんが
押してどっか行っちゃったさ。

世間様のやることは、オラよぐわがんねっっす。


今日さ、朝から好い天気だったのにね
陰ってきたね、妖しいね
あ~ぁ。。。


あのね、
知り合いのね、
マイミクのね、
YAXマヤ暦占い師さんのブログなんだけれど、
コミュニケーションについてね、

          

「私はあなたの為を思ってやった」っという言葉がありますが
もし結果が「その人にとって良くない結果だった」としたら結局、ひとり相撲。
お互いにプラスにはなっていませんよね。
(中略)
「よかれと思ってやった」「相手の為に言った」・・・
結果その人にとって良い結果にはなってなかった。
これって自己満足なんでしょうかね?

          

うんうん、
そうだよね。

いいことをした気でいるだけで、何も見えてないよね。
往々にして、“してやった”輪を掛けて“わざわざしてやったのに”って。
傲っちゃいけないよね。
自分も気をつけなきゃ

YAXマヤ暦ね、
なかなかぐぐぐっとくるし、面白いよ。
うちのお客さんに(数秘学)誕生日占いの作って差し上げると
「当たってる、当たってる♪」って喜んでくれるだけど、
それをもっと掘り下げた感じかな。

ま、百聞は一見にしかず。
http://mayameeting.blog94.fc2.com/

あ、そうそう、
明日はお休みです。
雨らしい

天高く

2009年06月08日 | Weblog
腹肥ゆるオレ

どうしたもんか、
食欲旺盛で“ひとり秋”しておます。

夕刻から雨が振りだしまして、
蝦夷梅雨 満喫状態ですね。

大半のネコちゃんは濡れるのを嫌います。
だから昨日のあのコは来ない気がします。

でも、昨日店を閉める前に
店先に砕いて置いといたお菓子がなくなっていたので、
誰かが食べたと思われます。
味の濃いものは良くないので、
今日はクラッカーを持ってきたのだけれど、残念ですね。
また店先に置いて帰りましょ

店先といえばですね、
うん、たいそう立派そうな赤いトラクター
いや、チャリが朝からずっと放置されてるのが気になってます。

街灯のポールに寄りかかってる
見た目、新しいのにロックしてない
なんかあやしいけど、ダメージはなくきれい。

誰も乗らないならくれ

でも勝手に乗り回したら盗っ人扱いされる。
お巡りさん呼んで、ちょうだいって言ってみよかな。

ダメに決まってるよね。


ほんの一瞬の出会い

2009年06月07日 | LOTUSTYLE DATA
いつか
この店に
ふっ
と現れて、

いつのまにか
あたりまえのように
出入りして、

雨や寒い日は
この店で
まるくなって寝て。


そんな風に、
ノラが遊びにこないかな~って
実はずーと思っていて。

そしたらさっき、
まだ若そうな猫ちゃんが
前足一歩、店先に♪

ほんの数秒、
お互いを確認。

すぐ去っていきました。


その一瞬に、
なんとも言えない
歓喜に満ちた幸せを感じ

しばらく顔からは
笑みがこぼれ
とまりませんでした。


そのコは、
確かにネコでした。
きっと
ノラに違いないでしょう。

たかだか、
名もない一匹のネコは、

一瞬にして
ボクを
幸せな気持ちにさせてくれたのです。

あたたかで、
シャボン玉に包まれ空を漂っているような
夢心地な気分にさせてくれたのです。

一瞬で。


すごい、
すごいよ。

まいった、
かないっこない。

心が洗われたようでした。

ボクには到底出来ないようなことを
生きてくために生きている
そのコは
出来てしまうのです。

ボクなんてちっぽけだ。

そう思ったら、
何に対してではなく、
“がんばろ”って
楽しくなっちゃいました。

自分が
生きていくと決めた道、
大切なひと、
大事なこと、
成すべきこと。

自分らしく、
しっかりと。

満月の明日を前に、
気持ちが真っ直ぐになれて良かったな。

ネコちゃん、ありがと。
今度は店に入ってきてくださいな。
お代はいりませんから。

マリッツィア

2009年06月07日 | Weblog
って知っちょます?
「マリーシア」った方が一般的なのかな?

初めて聞いた言葉だったんで、
マレーシアの、
なんか、
どうかしちゃったのかなと思ったら、はいぶー。

ホントこういう時って便利よね、ぱーそなるこんぴゅーたーって

“スポニチのサッカーコラムサイト”戸塚啓氏のコラムがね、
ふふ~ん、ほほ~んと。

戸塚氏は、日本代表の中東遠征を取材したあと、
各国代表クラスにインタビューをしたなか、カカー(ブラジル代表)に
「W杯ドイツ大会の日本代表に足りなかったものは?」と質問。
カカーは、
「いい意味での悪さを持たないといけないと思う。
そこがちょっと、足らなかったような気がします。」
と答えたそうです。

(以下コラム記事)  
マリーシアという言葉で紹介されている「いい意味での悪さ」を、
日本人選手から感じるのは難しい。
中東で2試合を戦った代表チームには、
まったくと言っていいほどマリーシアがなかった。

では、マリーシアとはどんなプレーを指すのか。
僕は相手をじらしたり焦らせたりするものと定義していた。
経験豊富なキャッチャーがマスク越しのささやきでバッターを惑わせるような、
インサイドワークに近いものだと思っていた。
多分に精神的なものだと考えていたのである。

ところが、カカーに言わせるとそうではないらしい。
「相手をイライラさせるのは、ちょっとやりすぎじゃないかな。
そういうことじゃないマリーシアもあるよ」というのである。

 じゃあいったい、どんなものなのか。

僕らのやりとりを聞いていたイタリア人が、
面白いたとえを持ち出してきた。
おじいさんの代からACミランのファンという、39歳の男性である。

「イタリアでは、男女の関係でマリッツィアという言葉を使うよ。
(イタリア語ではマリーシアではなくマリッツィアと言う)
たとえば、オフィスで女の子がじっと男性を見つめている。
自分からは誘わないで、相手に誘わせるように持っていく。
なんかちょっと、いやらしい雰囲気とかを出してね。
それはマリッツィアだよ」

もうひとつ、こんな例も。
39歳のファブリツィオには、日本で3年間生活した経験がある。
「車に乗っていて車線変更をするときに、
日本人はけっこう前からウインカーを出して、
ゆっくり入っていくでしょう。
助手席の人が手を出したりもする。
イタリアじゃあそれ、やらないね。
ウインカーを出さないで、少しずつ寄っていく。
入りたいほうの車線に。それで、相手に気づかせる。
入るスペースを作らせるんだ。
これもマリッツィアだよ」

無言で相手を誘惑することと、ウインカーを出さずに幅寄せをしていくこと。
どちらも精神的な駆け引きのように感じられるが、
ファブリツィオは「マリッツィア=精神的なもの」ではないと言う。
「自分がそうしたいと思うことを、実行するためのテクニックだ」というのだ。

ワールドサッカープラス
http://wsp.sponichi.co.jp/
      



ふふ~ん


そうか
今朝、
筋肉の狭間に膝蹴り食らわされたのはそういうことだったんだな
なるほど、きっとそうに違いない
問題は何がしたかったのかってことだ!


えーと

うんと


じゃまだどけ

て、ことか。





そらもよう

2009年06月06日 | Weblog
昨日(6月5日)、地震あったの気づきました?

札幌は震度2だったって。

現実に体感したのは久しぶりだったなぁ。



前日の4日、19時過ぎ、

大通公園上空、夕焼け ピンク色に染まった2体を見ました。


昨日、地震後はこんな感じ、


ビルに囲まれ空が狭いんで路上に出てパシャリ


さらに


もう一枚



何が見えるか。
創造力を働かせてみましょう

ありがとうございます

2009年06月01日 | Weblog
一年の前半、ラストの月に入りましたね。

まったく早いものです。


来る者があれば去る者もあり、
思えば多くの新しい出会いやご縁がありました。

たくさんのお客さまにも来て頂きましたし、
「ontona」さん、「カルチャーランド」さんの取材も来て頂きました。

少し感謝の気持ちが足りないんじゃないかと反省してます。

でも、
本当にありがとうございます。
感謝してます。
どうぞ今後とも、
お店共々よろしくお願いします。




(2,3日はLotustyleはお休みです

なんだろ

2009年06月01日 | スピリチュアル
今日はね、
なんだかずいぶんとワサワサしてるんだわ。

なんかね、
たくさんの妖精たちがね、
孫悟空がお釈迦様につけられた輪っか状に頭の周りで
わしゃわしゃ~もしゃもしゃ~て、
なにやら やってるのです。

なんだかなぁ、
遊んでるだけなら別に構わないんだけどさ。
    
ま、ずっと傍に居ておくれ。

なに話してるのか聴き取れたらいいんだけどね、
ごめんよ君たち。



1917年7月~1920年頃、
イギリスのヨークシャー州ブラッドフォードにあるコティングリー渓谷で、
エルシー・ライト(16歳)と従姉妹のフランシス・グリフィス(9歳)
二人の少女が森に写真を撮りに行き、
現像したところ妖精の姿が写っていた「コティングリー妖精事件」という
イギリスの都市伝説があります。

少女たちによると妖精たちの色彩は、
淡いピンク、グリーン、薄紫、藤色などで、その色彩は羽に出ている。
肢体と衣服はほとんど白に近く、各々妖精は特色ある色をしているそうです。

のちにこの事件は『フェアリーテイル』というタイトルで映画化され、
シャーロック・ホームズの生みの親の小説家アーサー・コナン・ドイルが
「妖精写真は本物である」と発言したために、さらに大きな話題となりました。

1965年、
デイリーエクスプレスの記者がエルシーの元を訪ねたところ、
「実は、あの写真は私とフランシスの想像の産物だった」と、
彼女はあっさりと偽造を認めたものの、
フランシスの方は、最後の一枚だけは本物であると言い続けていました。



この写真がトリックであるという証拠もなく、
いまだ真相は謎に包まれたままです。

フランシスの娘さんの証言は以下の通りです。

「最後の写真だけは本物だと母は言いました。
草むらの中で動いたものを、母が慌てて撮ったそうです。
母は、死ぬまで妖精を信じていました。
そして、とても誠実な人でした。私は、そんな母の言葉を信じます。」



さぁ、いかがでしょう。
目に見えるものだけが信じるに値するものとは限りませんよね。