だんだんお正月らしいことをやめている。
年賀状も書かないし、初詣も帰省も省略。
ただ、新年に読みたい詩がある。
元旦に
井上 靖
門松を立てることも、雑煮をたべる
ことも、賀状を出す
ことも、実は、本当を言えば、なに
を意味しているかよ
くは判らない。しかし、これだけは
判っている、人間の
一生が少々長すぎるので、神さまが
それを、三百六十 五日ずつに区切ったのだ。そして、
その区切り、区切り
の階段で、人間がひと休みをすると
いうことだ。
私は神さまが作ったその階段を、ず
いぶんたくさん上が って来た。今年はその五十段目だ。
昭和三十ニ年の明るい陽の光を浴びて、私はいまひと休
みしている。はるか
下の方の段で、私の四人の子供たち
も、それぞれ新しい
着物を着て、いまひと休みしている。
もう一篇
昨年、セミナーで、黒田三郎さんの息子さんが、ピアノ弾き語りでメロディをつけていた。
新 年
黒田 三郎
息子たちよ娘たちよ
遠くにいる友人たちよ
何は無くとも心は豊かに
新年おめでとう
小さな暖炉の火のように
燃える怒りと悲しみを
お互いの胸に秘めて
今日一日はしずかに
新年おめでとう
世界中に無法や理不尽は
絶えない
死の商人やテロリスト
残虐や無道
利権は蜘蛛の巣のように
はびこっている
きらきらと輝く星のような
誇りと自信を
お互いの心に秘めて
今日一日はしずかに
新年おめでとう