
本書は、ドイツ軍がかつての勢いを取り戻そうと躍起になっていた1944年のヨーロッパ北西部の戦場という舞台で重要な役割を担っていた二つの戦車を比較するという魅力的な題材を扱っている。すべての戦車は、装甲、機動性、火力という3つの技術的な基本要素のバランスを考慮して設計されているが、これをふまえ各々の戦車の設計や開発経緯を分析することで、著者はシャーマンよりもパンター戦車の方が明らかに優れた戦車であると結論している。しかし、個別の能力を比較するだけでは、実戦での真の優劣を決めることはできない。どちらが先に敵を発見するか?どちらが先に攻撃するか?戦術的な状況が戦いにどう作用するかということが重要なのである。本書は、アルデンヌの森の激戦を詳細に眺め、この2つの戦車の成功と失敗の本質を追求している
パンターG型緒元
乗員5名:車長、砲手、装填手、操縦手、無線手
戦闘重量:44.8トン
エンジン:マイバッハ製12気筒
最大出力:700馬力
変速機:前進7速、後退1速
燃料:720リッター
燃費:路上2.8リッター 不聖地7リッター
主砲:7.5cm 70口径42式戦車砲
副次兵装:MG34機関銃×2
砲弾:主砲82発 7.92mm機関銃弾4,200発
装甲;100mm防盾、45mm砲塔側面、80mm車体前面の傾斜装甲、40mm車体側面
パンターの生産量は増加を続けてはいたものの、連合軍による絶え間ない戦略爆撃と、戦局の悪化に伴う鉱物資源の枯渇から、1944年7月を境に減少に転じた。1944年2月には、ウクライナ占領地にあったニコポリとクリヴォイ・ログのマンガン鉱山を喪失する。
ノルウェーのクナーベン鉱山のモリブデン鉱石は、爆撃によって輸送路が断たれている。
装甲板のモリブデン含有量は、1943年の0.55%をピークに、翌年には0.25%まで低下し、1945年にはまったく含有されなくなってしまった。当然、装甲板の質は大幅に劣化している。硬度こそ維持しているものの、壊れやすくなってしまい、衝撃耐性に劣るようになってしまったのである。
1944年夏、ドイツの主要な原油供給源だったルーマニア喪失にまさる致命傷はない。
結果として、操縦手訓練用の燃料は大幅に削られたが、このような環境で育成された戦車兵が、アルデンヌの戦いでは新兵として割り当てられたのである。パンターは操縦が難しい部類に入る戦車であり、未熟な操縦手による操作は、駆動系のトラブルを頻発させ、故障を起こす悪循環をもたらした。
M4A3シャーマン(76mm)諸元
乗員5名
戦闘重量:36トン
エンジン:フォード製GAA8気筒
最大出力:500馬力
変速機:前進5速、 後退1速
燃料:651リッター
燃費:4リッター
最高速度、路上38.4km、 不整地25.6km
主砲:76mm戦車砲、 7.62mm同軸機銃
副次兵装:12.7mmブローニング重機関銃(砲塔)、7.62mmブローニング銃
砲弾:主砲71発
装甲:89mm防盾、63mm砲塔側面、63~108mm(車体前面)、38mm車体側面
パンターの装甲は、シャーマンよりもはるかに優れている。
パンターG型の正面装甲は厚さ80mmの圧延均質鋼板で、垂直面に対して55度の傾斜が加えられているので、理論的な強度は厚さ145mmの同質装甲に相当する。
正面装甲にはほとんど隙がないパンターも、側面装甲はそれほど優れておらず、砲塔側面では45mm(傾斜25度)、車体側面で50mm(傾斜30度)と、それぞれ想定した命中角を考慮に加えたとしても実質的に垂直換算で50~60mm程度の強度でしかない。
これは、一般的な交戦距離において、M4A3(76mm)の攻撃が有効打になることを意味している。
M4A3シャーマン(76mm)の正面装甲は厚さ63mmで、47度の傾斜角が加えられており、鋳造式の砲塔防盾は厚さ91mである。どちらも一般的な交戦距離においてはパンターの7.5mm砲を防げなかった。
初期型シャーマンでは撃破原因の60~80%を占めていた砲弾からの誘爆が、湿式弾庫を備えたシャーマンでは10~15%まで減少したと結論されている。
M4A3シャーマン(76mm)の最も重要な変更点は湿式弾庫の採用である。
これにより、砲弾は危険なスポンソンの弾薬ラックから撤去され、甲板箱に入った状態で車体の床下弾庫に収納されるようになった。
大半のドイツ軍戦車はガソリンエンジンを採用しているが、彼らが直面した火災事故の大半は、弾庫への被害からもたらされている。大半は車体の前方に砲弾を収容する構造になっていたが、当然戦闘中は車体後部の燃料タンクよりも、この弾庫に被害が及ぶ命中弾が発生する可能性が高い。積載している砲弾への延焼がはじまれば、もう車両を放棄する以外にはないのだ。
パンターが搭載する7.5cm戦車砲弾;風帽被帽徹甲弾
欧州戦線におけるシャーマンの平均交戦距離は約800m
弾芯にタングステンを使用し、装薬にも改良を加えたT4高初速徹甲弾。
貫通能力は、距離500mで垂直鋼板208mmとなり、M62被帽徹甲弾の2倍の能力。
シャーマンの副次武装はパンターよりも優れている。
砲塔のピントル式銃架には強力な12.7mmブローニング重機関銃が備え付けられていた。
もちろんこれら副次兵器が戦車戦で役に立つことはないが、歩兵やトラック系車両をはじめとする大半の目標物に対しては、非常に効果的な武器だった。
戦車指揮官の間でも、重機関銃はきわめて好評で、クラーク将軍は12.7mmブローニング重機関銃を、シャーマンの「最重要武器」であると賞賛している。
主砲よりもはるかに使用頻度が高く、性能は折り紙付きだったからである。
「目の前には12.7ブローニング重機関銃がある。車長がすることと言ったら、危険な場所をかぎ分けてそこに機関銃を撃ち込むだけだ。バズーカの発砲光か何かあるところでもいい。車長は命令を下すよりも先に射撃を加えられるというわけだ」
パンターの砲手は倍率2.5/5倍のTFZ 12望遠照準器を使用する。
シャーマンは倍率5倍のM71D 照準器
砲塔の旋回速度の速さも、近距離戦でシャーマンに有利だった。
両軍とも補助動力を用いた旋回機構を有していたが、パンターの場合、エンジンの出力に速度が左右されたのに対し、シャーマンの旋回機構は独立式であり、かつ旋回速度もパンターより速かった。
シャーマンの砲塔旋回速度は25度/秒であり、360度旋回するまで必要な時間は15秒。
これに対してパンターは15度/秒であり、それも車体の水平状況とエンジン出力の状況によって左右される。