「安全な学校づくり」を学びました。
宇治小学校では、2004(平成15)年2月、給食の時間に、不審者が進入をし、
2名の児童の頭部に傷を負わすという痛ましい事件が起こりました。
その後、学校の安全管理について、市をあげて取り組んでいる、その取り組みや考え方について報告を受けました。
私たちの委員会では、事前の委員会内で、事前学習をし、今日のこの日に臨んでいます。
これは視察に向かう取り組みの中で、ようやくこの度、この委員会で、実現をしたことでした。
私が、質問したことは4点。
1、「まさかこのような事件が発生するはずがない」と思っていたという事件当時。
それを払拭するための取り組みや考え方について。
2、施設や持ち物などを充実させてきているが、実際に有効だと感じているもの、あるいは、必要ではないと思うもの。
3、「もっとも望ましいのは人による出入り口の管理」と、安全管理の報告にあったが、その件について。
4、「開かれた学校」と、「開いて守る」ということは反しない。その難しさと教訓。
それぞれの回答は以下のとおりです。
1、「まさか」というのは、宇治小学校でもありました。
その4年前に、児童が殺害された日野小学校は、隣接の小学校でした。それでも、まさかという思いでした。
だから今は、宇治小の事件を風化させない、そのために防犯を特化させた安全主任の学校への配置や
管理マニュアル作り、教職員の研修、スクールサポーターの配置などを行っている。
しかし、意識を持続させることはとても難しいことでもあります。
2、教職員に防犯ブザーや防犯スプレーを持たせていましたが、実際に宇治小では、使われませんでした。
両方ともかさばるものでもあり、授業中にそれを持つということ自体に無理がありました。
そこで、携帯できるものは何か、緊急時に回りに教えられるものは何かと考え、出てきたのが、
笛でした。一番安い方法でもありました。金をかけることが安全とイコールではない。
安全意識を持ってみんなが動けるかどうかです。
(ビジネスセンターの使用時間が決められていて、、途中ですが、退室しなければなりません。続きはまた後日。)
(遅くなりましたが、続きです)
3、監視カメラをつけたものの、モニターを眺めている教員はいない。いくらビデオを撮って、
監視をと言っても、教職員ではできない。そこで、人による出入り口の管理として、
スクールサポーターという有償ボランティアという形をとることにした。
4、よく論議になったのは、守ることは、壁を高くすることではない、ということ。
本当の学校の安全派、地域の安全をつくってこそである。安全管理委員会がすべての学校区にできている。
これが生きてこそ「開いて守る」が、生きると考えている。
*「まさか」を払拭すること、防犯のための教職員への持ち物、あるいは学校の施設づくり、
また、人による安全管理、それらを地域づくりと合わせて取り組んでいくということは、
とても大変なことであったと思います。しかし、子どもが犠牲になった大きな事件から、
なんとしても教訓を導き出して実践していこうという強い姿勢が伝わってきました。
そしてそれとともに、宇治小学校でもそうであったように、江戸川区の中での「まさか」を払拭し、
痛ましい事件は絶対にくい止めることが必要であると考えます。
宇治小学校での考え方、実践から学ぶべき点がたくさんあります。
宇治小学校では、2004(平成15)年2月、給食の時間に、不審者が進入をし、
2名の児童の頭部に傷を負わすという痛ましい事件が起こりました。
その後、学校の安全管理について、市をあげて取り組んでいる、その取り組みや考え方について報告を受けました。
私たちの委員会では、事前の委員会内で、事前学習をし、今日のこの日に臨んでいます。
これは視察に向かう取り組みの中で、ようやくこの度、この委員会で、実現をしたことでした。
私が、質問したことは4点。
1、「まさかこのような事件が発生するはずがない」と思っていたという事件当時。
それを払拭するための取り組みや考え方について。
2、施設や持ち物などを充実させてきているが、実際に有効だと感じているもの、あるいは、必要ではないと思うもの。
3、「もっとも望ましいのは人による出入り口の管理」と、安全管理の報告にあったが、その件について。
4、「開かれた学校」と、「開いて守る」ということは反しない。その難しさと教訓。
それぞれの回答は以下のとおりです。
1、「まさか」というのは、宇治小学校でもありました。
その4年前に、児童が殺害された日野小学校は、隣接の小学校でした。それでも、まさかという思いでした。
だから今は、宇治小の事件を風化させない、そのために防犯を特化させた安全主任の学校への配置や
管理マニュアル作り、教職員の研修、スクールサポーターの配置などを行っている。
しかし、意識を持続させることはとても難しいことでもあります。
2、教職員に防犯ブザーや防犯スプレーを持たせていましたが、実際に宇治小では、使われませんでした。
両方ともかさばるものでもあり、授業中にそれを持つということ自体に無理がありました。
そこで、携帯できるものは何か、緊急時に回りに教えられるものは何かと考え、出てきたのが、
笛でした。一番安い方法でもありました。金をかけることが安全とイコールではない。
安全意識を持ってみんなが動けるかどうかです。
(ビジネスセンターの使用時間が決められていて、、途中ですが、退室しなければなりません。続きはまた後日。)
(遅くなりましたが、続きです)
3、監視カメラをつけたものの、モニターを眺めている教員はいない。いくらビデオを撮って、
監視をと言っても、教職員ではできない。そこで、人による出入り口の管理として、
スクールサポーターという有償ボランティアという形をとることにした。
4、よく論議になったのは、守ることは、壁を高くすることではない、ということ。
本当の学校の安全派、地域の安全をつくってこそである。安全管理委員会がすべての学校区にできている。
これが生きてこそ「開いて守る」が、生きると考えている。
*「まさか」を払拭すること、防犯のための教職員への持ち物、あるいは学校の施設づくり、
また、人による安全管理、それらを地域づくりと合わせて取り組んでいくということは、
とても大変なことであったと思います。しかし、子どもが犠牲になった大きな事件から、
なんとしても教訓を導き出して実践していこうという強い姿勢が伝わってきました。
そしてそれとともに、宇治小学校でもそうであったように、江戸川区の中での「まさか」を払拭し、
痛ましい事件は絶対にくい止めることが必要であると考えます。
宇治小学校での考え方、実践から学ぶべき点がたくさんあります。
明日は7時40分集合です おやすみなさい銀太さん
帰京後の第二弾報告を楽しみに、他の議員さんの委員会報告も期待(?)しています。ご苦労様です。