評価されず、思いがかなわなかった作品を仕舞っておくなら、帽子箱にかぎるかもしれない。
帽子箱は魔法の箱となって、運を呼び寄せてくれる。
モンゴメリの場合、まさにそうしたことが起こったのだ。
初めて長編小説を書いたモンゴメリは、アメリカの五つの出版社に、その作品を送ってみた。
一つ目の出版社で断られても、めげたりはしない。
別の出版社に送って採用される経験はざらにあったからだ。
しかし、さすがに五社目から送り返されてきたときは、もはやこれまでと思った。
「いいわ、そのうちに短い連載の読み物に縮めて、日曜学校新聞にでも売りましょう」
そこで、とりあえず帽子箱に仕舞って、屋根裏部屋の納戸に押し込んでおいた。
そして、その小説のことはすっかり忘れていた。
さて、一年近くが過ぎたある日、探し物をして屋根裏部屋にのぼったモンゴメリは、たまたまその帽子箱に蹴つまづいた。
箱を開けてみると、中から出てきたのは、例の初めての長編小説だ。
手にとって、最初の数ページを読み返してみると、たちまち引き込まれ、その場に座り込んで夢中になって読みふけった。
面白い!
「この小説、そう悪くもないわ」
モンゴメリは、もう一度、作品にチャンスを与えてみようと考えた。
カナダ出身の有名な詩人たちの作品を出版しているボストンのL.C.ページ社にその作品を送ったのは一九〇七年が明けた冬のことだ。
二ヵ月後に、その本を出版したいという返事が届いた。
モンゴメリが狂喜したのは言うまでもない。
「とうとうわたしは『本』を書いたのだ。
もうずいぶん昔に、あの学校の古ぼけた茶色の机で夢みた夢が、苦悩と苦闘の末ようやく現実のものとなったのだ。
夢の実現は甘くすばらしい──夢と同じように。」(自伝『険しい道』に引用されたモンゴメリの日記より)
『赤毛のアン』(Anne of Green Gables)は、作品を送った翌年の一九〇八年六月に出版された。
モンゴメリが三十三歳のときのことだった。