ここはノヴァ・スコシヤ州ホープタウンの孤児院。
消灯の時間はとっくに過ぎたというのに、アンは孤児院の固いベッドの上で、眠れず目がさえたまま、横になっていた。
眠れるはずがない。
自分がもらわれていく先が決まったのだ。
世界一美しい場所と評判のプリンス・エドワード島に住む、クスバートという名前の兄妹のところに、手伝いの女の子としてもらわれていくのである。
今日、プリンス・エドワード島の州都シャーロットタウンからやってきたスペンサー夫人が、アンを選んで手続きをしてくれたのだった。夢を見ているに違いない。
やっと、初めて自分の家と呼べるところに行けるのだ。
どんなところだろう?
どんな人たちだろう?
アンの生活は、いままさに新しい世界へとスライドしようとしているのだった。
アンはたったの十一歳だが、これまで人生は決して恵まれてはいなかった。
アンの父親と母親は、同じ高校の先生をしていて知り合い、結婚したのだが、アンがまだ三ヵ月の赤ん坊のとき、熱病で相次いで亡くなってしまった。
アンはお産の手伝いをしてくれた貧乏なトマス小母さんに引き取られた。
アンの両親は遠く離れた余所からきた人たちなので、親戚がいるかどうかなど、誰も知らなかったのだ。
物心がついて家の手伝いができるようになるとすぐに、トマスおばさんの子どもの世話をするのが仕事となった。
八歳のときに酔っ払いのトマスおじさんが汽車から落ちて亡くなると、今度は川上に住むハモンドさんのところに、「子守にちょうどよいから」と引き取られていった。
なにしろハモンドさんのところには子どもが八人おり、そのうち三組はふたごという子沢山だった。
ふたごが三組!
アンは毎日くたくただった。
ところが、二年ほどすると、ハモンドのおじさんも亡くなってしまい、こんどは誰もアンを引き取る人がいなくて、孤児院にやってきたというわけだ。
アンの物語の中で孤児院の話が出てくるのは、ほんの最初のうちだけ。
とはいえ、グリン・ゲイブルス以前のアンと、グリン・ゲイブルスでの物語を繋ぐ重要なキーワードだ。