↑ 1964年、ジュリー・アンドリュースのメアリー・ポピンズ(ディズニー映画)
新宿の伊勢丹デパートに、突如織姫が買い物に訪れたら、
買い物客たちは、どう思うだろう?
きっと、コスプレかなにかをしている、少し頭のぶっ飛んだ女の子かな、とか
演劇のデモンストレーションかな、とか思うんじゃなかろうか。
1934年に出版されたP.L.トラヴァースの『風にのってきたメアリー・ポピンズ』の中でも
同じようなことが起こった。
イギリスのデパートの老舗ハロッズに、プレアデス星団の七つ星の一人が
ふんわりした青いものをまとう以外はほとんど裸で、登場したのだ。
入口の回転扉にとまどい、出られなくてぐるぐる回った挙句に、
デパートに入って、メアリー・ポピンズを見つけ出す。
メアリー・ポピンズとバンクス家の子ども、ジェインとマイケルは、
クリスマス・プレゼントを買うために、ちょうどハロッズを訪れていた。
(本の中に、ハロッズという指定はない。けれど、ハロッズに違いないじゃない?)
新宿・伊勢丹デパートの織姫と話しが違うのは、
そこに妖精の世界からやってきたメアリー・ポピンズがいたこと。
星の女の子は、まるで以前からの仲間のように親しげに会話をするし、
そこにいることに、何の違和感もない。ただ不思議というだけ。
★プレアデス星団の七つ星はギリシア神話のなかの物語の一つ。
七つ星は七人姉妹で、巨人アトラスと海のニンフ、プレイオネとの間に生まれた
とされている。
実際オリオン座の右肩の上方に位置しているプレアデス星団のなかで、
明るい六つの星と、よく見ると見える一つの星が肉眼でも観察できるそうです。
(ちなみに、プレアデスの和名は「すばる」。日本でも昔から親しまれてきた。
かの清少納言も『枕草子』の中で
「星は、すばる。彦星。夕づつ。よばひ星、すこしをかし。尾だになからましかば、まいて。」
とお気に入りの星に、すばるを挙げている。)
さて、星の女の子の名前はマイア。
「プレアディスの星のきょうだいの二ばんめよ。
一ばんうえのエレクトラは、メローペのせわをするんで、こられなかったの。
メローペが赤んぼで、あとの五人は、そのあいだ──みんな女の子よ…」
どうやら、マイアとメアリー・ポピンズは、クリスマスの買い物をするのに
デパートで待ち合わせていたらしいのだ。
「おおジェイン! おお、マイケル──わたしは、空から、よくあなたたちのこと、見てるのよ。
それが、いまは、こうやって話してるんですもの。
あなたたちのことならなんでも知ってるわ。
あなたがたのおとうさまは、頭のてっぺんがはげかかっているわ。
わたし好きよ。わたしたちのことを、はじめて紹介してくださったのは、おとうさまなんですもの。
──覚えてない?
去年の夏、ある晩、こう言ったでしょ……
<ほら、あすこにプレアディス星座がある。七つの星がいっしょになっていて、空で一ばん小さいんだ。
だけど、あのなかに、一つ見えないのがあるんだよ。>
それは、もちろん、メローペのことよ。あの子は、まだちいさくて、
ひとばんじゅう、でてるわけにはいかないの。
とても小さい赤んぼだから、はやく寝なけりゃならないでしょ。」
(↑ 岩波少年文庫『風にのってきたメアリー・ポピンズ』より抜粋)
メアリー・ポピンズの描くファンタジーの素敵なところは、
自分たちが生きているこの世界に、神話や妖精譚の登場人物が現れ、
いっしょに冒険ができること。
クリスマスの買い物は別に冒険じゃないって?
空からやってきたマイアにとっては、十分に冒険だし、
その不思議な存在のマイアといっしょに、クリスマス・プレゼントを選ぶのなら、
それはジェインやマイケル、それからこの物語を読む子どもたちにとっても、
ワクワクするような冒険となるはず。
さて、デパートのなかで一通り買い物をすませたマイアは
灰色の空にきざまれた、目に見えない階段を上っていくように、上に向かって歩いていきました。
だんだんのぼっていって、やがて雲の後ろに姿を消してしまいました。
この話の背景……ロンドンの老舗のデパートは、クリスマスの買い物をする客であふれています。
贈り物選びの手伝いをしてくれるサンタクロースもいれば、店員さんもいる。
そのなかで起こるこのミニ・ストーリーは「日常の中の魔法」。
(エブリディ・マジックというらしい。)
「もし、そういうことが現実にあったら、どんなに楽しいだろう」と思わせてくれる、
メアリー・ポピンズのクリスマス物語です。
<おまけ>
サンタクロースは新型コロナの免疫をもっていて世界中を移動できるそうですよ。
今年のクリスマスも、サンタクロースはちゃんときてくれるらしい!