サラ☆の物語な毎日とハル文庫

アーサー・ランサム⑦~物語の入り口はなんでもいい

ハル文庫という子供向けの地域の児童図書室でときどき仕事をしている
鈴木ショウくんが語った「アーサー・ランサム」論。
そういうアプローチで書いてみたもの。
子どもの頃に、日本の子どもである自分と比較して、
あまりの環境の違いに、あこがれると同時に愕然とした記憶がある。

その違いをどうとらえるかについて。

 

 

 

僕はその日、ブックカフェの端っこの、
まだ残っている子どもたちからはできるだけ離れたテーブルに座って、
ランサムの本を広げていた。
 
手にしていたのは『海にでるつもりじゃなかった』だが、
嵐で船が横殴りの波をくらい、大きく揺れるシーンなどは、
まざまざと緊迫した情景が目に浮かぶスペクタクルな場面である。
 
 
何度か読んでいるのだが、思わず本に引き込まれて読み進んでいると、
ふと目の端に違和感があって顔をあげた。
小学校6年生ぐらいの男の子が、正面に立ってじっとこちらを見ている。
膝までの丈のズボンにTシャツ。素足にサンダル。
ぼさぼさの髪は少し伸びすぎているかもしれない。
大人びた硬い表情をした子どもだった。
 
僕もじっと見返した。
 
 
すると、男の子のほうが「その本読んだ」と、ぼそっとつぶやいた。
 
「ふうん」
これは「話があるなら、聞いてもいいよ」という意思表示。
 
「パパにその本を見せたら、『なんだ、イギリスのアッパークラスのぼんぼんたちの話じゃないか。
イギリスって国は、階級意識がはっきりしてるから、働く労働者たちは、およびじゃない。
子どもがヨット遊びだなんて、むかつく本だよ』って言った」
 
「ほお、ということは、お父さんはその本を読んだことがあるんだ」
 
「ざっと目を通しただけだよ。速読ってやつで」
 
「速読か。そりゃすごい」と僕は本気で関心した。物語を速読で理解しようとする人がいるわけだ。
子どもの本の未来は、このままだと、まずいことになるかもしれないぞ。
そう思うと、つい可笑しくて口元がゆるんでしまった。
 
 
「あのな」と僕は話しかけた。
「お父さんの言うことは、ちょっと違うと思うよ。
お父さんはお父さんなりの意見や立場があると思うけどね。
もしお父さんの言うとおりだとすると、例えば王様やお姫様がでてくる昔話はダメ、
自分たちは王様やお姫様じゃないのだから。
魔法の話なんてちゃんちゃら可笑しい、魔法を使えないやつが読んではいけない、なんて極端な話になってしまう。
 
物語の入り口はなんでもいいんだ。どんな人たちを描いていてもいい。
物語とは、そんなことをすべてひっくるめて、知らない世界を知ることだろう? 
新しい話に出会って、新しい発見があるから面白い。
ヨットを帆走させる子どもたちの話は、知らないことだから、ドキドキするほど面白い。
きみは、この本を読むことで、登場人物と同じ体験を頭の中でしているんだよ。
冒険するためには、本を手にとってページを開くだけでいいんだ。
自分でヨットをもってなくたって、それがどうだっていう話だよ」
 
思わず、身を入れて話していた。
 
少年は、じっと僕を見て、話を聞いていた。
表情とうなづき方から、少年はこちらの話についてきているのだろうと思った。
 
「それにな、確かにイギリスでも、『ランサムの作品は乳母、コック、自家用艇庫とまったく無縁な子どもたち、
(つまり、きみのパパが言う労働者階級の子どもたちっていう意味だけどね、)
そういう経済状況が貧しい子どもにも魅力があるだろうか?』と、さんざん議論されたようだ。
だけど、ベストセラーになったということは、大人も、子どもも、
『乳母とコックがいて自家用艇庫を持っている人』も、『そんなものを持っていない人』も、
ランサムの本に飛びついたということさ。
なんといっても、面白いからだ。
本が、読み手に条件を設けることは、まずない。誰だって、好きな本を好きなように読んでいいんだよ。
そういう意味では、お父さんがランサムにむかついたって、それはそれでかまわないわけだ」
 

 

少年の顔に理解の色が浮かんでいた。
父親に、面白いと思った本を否定されて、多少は傷ついていたに違いない。
しかし、考え方はいろいろあるのだと知ってくれればいい。
そうやって、複雑怪奇な世の中について、自分なりに理解していけばいいのだ。
 

 

少年は、「わかった」と言った。
それから「さよなら」とこっちを振り返らずにぼそっといい、さっさと門から出て行った。
「さよなら、またな」と僕は後ろ姿にそう声をかけた。


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