サラ☆の物語な毎日とハル文庫

三津田さんの物語⑲~「官舎を出て、駅から遠い一軒家に移り住む」

おはようございます。ハル文庫の高橋です。

良く晴れた冬の一日です。

お元気ですか?

今日は、サラさんから送られてきた、三津田冨左子さんの物語の続きです。

旦那様を亡くしたフサコさんは、引っ越しをすることになりました。

四の五の言っても、新しい一歩を踏み出すしかありません。

 

フサコさんは、覚悟を決めました。

時代は戦争で何もかも失った体に見えた日本が、ようよう息を吹き返し、

高度成長期に入ろうとする頃。

戦前の華族制度など昔の話。

いまさら実家を頼るなんて論外もいいところです。

これからは自分の力で生きていかなくてはなりません。

課題は山積みでした。

 

まず家の問題があります。当人が亡くなったからには、

半年以内に公務員官舎を引き払うのが決まりでした。

フサコさんはぐずぐずするのは嫌なので、すぐに物件を探し始めました。

三津田氏の退職金で、家を購入することに決めたのです。

 

三津田氏の上司は、退職金を銀行に貯金して、

その利子で家を借りたらどうかと助言してくれました。

そうすればお金は全額残るし、利子で家賃を賄えるので、

負担がないだろうというのです。

 

フサコさんはよく考えましたけれど、

アパートを借りたとして、家主とごたごたするのは嫌だなと思いました。

それに、建て替えなどの理由で、いつ追い立てをくらわないとも限りません。

大事な自分の住まいなのに、自分ではなく、人の意志にゆだねられるのは、

どうにも気に入りません。

 

それに、家さえあれば、毎月家賃を払うこともないので、

後のことは節約すれば何とかなるだろうと考えたのです。

 

当時、横浜にある公務員官舎に住んでいたので、

まずは馴染みのある東急東横線沿線に住もうと考えました。

そこで娘の直子さんと二人で、沿線の不動産屋で物件を探しました。

 

ある不動産屋では、社長が自ら黒塗りの車で物件を案内してくれました。

ところが散々見て回っても、これはというのは見つかりません。

最後には、その社長が、

「そろそろ決めてもらわないと困りますな」と凄む始末です。

ところがフサコさんは、少しも動じません。

「いい物件がないのだから、しかたがないでしょう」と、

さも当たり前という調子で無邪気に言い放ちます。

すると社長も毒気を抜かれて何も言えず、諦め顔になるのです。

 

さて、そうこうしていると、お友達の弁護士をしている旦那様が、

近くに良い物件があるからと教えてくれました。

西武池袋線の駅から歩いて二〇分ほどの住宅街にある一軒家です。

三津田氏の退職金でちょうど買える値段でした。

 

三五坪の木造二階建て。六畳間四部屋に台所がついていて、

小さい庭まであります。まだ建ってから一年なのですが、

住んでいた人たちは、もっと広い家がいいと、

この家を売りに出して引っ越したそうです。

 

フサコさんはここに住むことに決めました。

すぐに引っ越せるのも、ありがたいことでした。

この家に移って、新しい人生を始めましょう。

西武池袋線の最寄り駅までバスで行くというのは不便でしたが、

そんなことは言っていられません。

 

「誰にも遠慮せずに暮らせる自分の家があるのは幸せなこと」と、

フサコさんはほっと一息つきました。

 

「退職金をはたいたものだから、『思い切ったことをしましたね』

などと言われたけれど、私はいい買い物をしたと思いますよ」

と老女のフサコさんは、当時を思い返してそう話していました。

 

「娘は通勤するのに苦労したようです。

私だって、その後勤めに出たのですから、駅から遠いのは、けっこう堪えました。

習い事をして夜遅くなると、バスがなかなかこなくて。

いまはどうか知らないけれど、

当時は乗客が少ないと間引き運転をしていましたからね。

果てしなく待って、やっとバスが来たということが何回となくありました。

だから『年を取ってから街に出るのは、きっと大変に違いない。

身動きがとれなくなるかもね』と思ったものです。

 

ところがね、何としたことでしょう!

二〇年ぐらいして、ふって湧いたように、

歩いて一分ぐらいのところに新しい地下鉄の駅ができたのですよ。

びっくりするでしょう?

 

本当に、どこに出るにも便利になりました。

それに土地の値段も、私が買った当時から比べると考えられないくらい

値上がりしましたからね。

人生何が起きるかはわからないと、つくづく思いましたよ。

生きていれば、思ってもみない幸運が舞い込むことがあるのよ。

だから、一日一日を大事に、懸命に生きて、先の心配などしないことですよ。 

きっとそのうちに、何かいいことが一つぐらいあるに違いないと信じるの。

そうしたら、毎日が楽しいし、ワクワクするような人生を送れるわ」  

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