サラ☆の物語な毎日とハル文庫

日常の中に潜む神秘──画家ルネ・マグリットがとらえた世界←「鈴木ショウの物語眼鏡」

 

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 日常の中に潜む神秘──画家ルネ・マグリットがとらえた世界

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夜の住宅街だ。
樹木の合間をぬって石畳の街路沿いに並ぶ洋館。
あちらこちらの窓から灯がもれ、1本の街灯が存在感を示して明るく輝く。
家々では、すでに夕食を終え、リビングで団欒をしているか、
各人自分の部屋に引揚げ、本でも読んでいるだろうか。
住人のいる気配は、たしかにする。
1日の終わりを迎えた、穏やかで静かなひと時。
夜の空は闇となり、家々を見おろしている……
はずなのだが、ところがそうではないのだ。
そこにあるのは、白い雲が浮かぶ真昼の青い空。

無音の静けさと、夜と昼がせめぎあう不思議な空間。
何だ、この絵は?
僕は絵の前で、しばらく立ち止まった。
意表を突く、あり得ない設定なのに、説得力のある絵。
絵のタイトルは《光の帝国2》

画家の名前はルネ・マグリット。

マグリットはこの絵について、次のように語っている。
「思考とは、目に見えないものでしょう。
1枚の絵の中で描出されているもの、それは目に見えるものです。
つまり、思考の対象となるようなひとつ、もしくは複数の事物です。
したがって、《光の帝国》という絵の中に表されているのも、私が思考の対象とした物です。
すなわち、正確に言うならば、夜景と、日中に目にするような青空です。
風景は夜を、空は昼を、それぞれ喚起します。
この夜と昼との喚起は、私たちを驚かせ、魅了するような力を帯びているように、私には思われます。
私はこの力を詩(ポエジー)と呼びます」

『目に見える思考』というのが、この画家のテーマのひとつ。
筆の跡をほとんど残さない古典的とも言えそうな画法は、温かみがあり、美しい。
しかし、日常にあふれる事物を変則的に扱うその手法は、
見るものの思考を混乱させ、驚異の感情を呼び起こす。
そこには神秘へといざなう罠が仕掛けられ、その背後にもう一つの物語があることをイメージさせる。
……………………………………………………………………
イマジネーションは現実そのものと同じくらい現実である
……………………………………………………………………
ルネ・マグリットって、こんな画家だったっけ?

ベルギー生まれのシュルレアリズムの画家。
鳩の形に切り抜かれた空や、建物の絵に山高帽と外套の紳士が100人ほども浮遊する絵で有名な画家だ。

彼は幼馴染の女性と結婚して、生涯仲むつまじく連れ添い、
ブリュッセルの客間、寝室、食堂、台所からなるつつましいアパートに暮らし、
ポメラニアン犬を飼い、
専用のアトリエを持たず、台所の片隅にイーゼルを立てて制作した。
制作は手際がよく、服を汚したり、床に絵の具をこぼしたりすることは決してなかった。
待ち合わせの時間には遅れずに現われ、
夜10時には就寝する。
波乱や奇行とは無縁の平凡な生活。
ミステリー小説好き。
常にスーツにネクタイ姿。
実際、この服装で絵を描いていたらしい。
そこにあるのは、どこまでも典型的な“小市民”

それが僕の抱いていたルネ・マグリットのイメージだ。
しかし、その裏に、哲学者で詩人で、イメージの冒険を模索する天才画家の姿があることを、
今回のマグリットの展覧会で実感した。

国立新美術館でこの春に開催されていた「マグリット展」は、
「20世紀美術の巨匠、13年ぶりの大回顧展。」と銘打たれていた。
約130点にも及ぶマグリットの作品が、世界中から集められ、展示されていて圧巻だった。
とくに印象的だったのは、絵につけられている詩的で不思議なタイトルと、
画家自身がその絵に寄せたコメントだ。
(コメントについては、手紙やインタビューなどから抜き出して提示したものだと思う。)

展覧会場では、コメントは一言で集約されていたが、カタログでは、ずっと詳しい説明を読むことができる。

例えば「傑作あるいは地平線の神秘」という絵について、マグリットはこんなふうに語っている。
「それからパラドクスがあります。
たとえば、ひとりの男が月について考えるとき、彼はそれについての彼自身の考えを持ちます
それは彼の月になります。
だから私は、3人の男の頭の上にそれぞれの月がかかっているところを描いた絵を描きました。
しかし、私たちは本当は月はひとつしかないことを知っています。
これは哲学的問題です
──どうやって単一性を分割するか。
世界は単一性でありながら、この単一性は分割できるのです。
このパラドクスはあまりに巨大なので、ひとつの傑作です。
だから私は、私の絵を《傑作あるいは地平線の神秘》と呼ぶのです」
(1966年『ライフ』誌によるインタビュー)
…………………………………………………
奇妙な世界を写実的に描く名手
…………………………………………………
マグリットは1927年、同じくベルギーのシュルレアリストの代表的な存在だったポール・ヌージェに、
次のような手紙を書いている。
「私は絵画において、ひとつの重要な発見をしたようです。
これまで、私は複数の物を組み合わせてきました。
もしくは、ある物をただ置くことがそれを神秘的にするのには十分な場合もありました。
しかし、ここで行ってきた探求の結果、私は新しい事物の可能性を見つけたのです。
──それは、事物が『次第に』何か別のものになるという能力です。
ある物が別の物へと『溶け込んでいく』こと。
例えば、空のある部分が木に見えるようにするのです。
これは私にとって物を組み合わせるのとは、全く違うもののように思われました。
この方法によって私は、目が普段とは全く違うやり方で『思考』しなくてはならないような絵画を生み出します。
事物は明白でありながら、いくつかの堅固な木の板が、いつの間にかある場所では透明になっていたり、
裸の女性のある部分が何か違うものへと変化していたりするのです。」

マグリットはさまざまな手法を模索し、絵画の可能性を確認していった。
絵画の背後には物語がある。
人は、その絵画を前にして、その不穏さや“きしむような”無音を感じながら、
見えないけれど大事なことについて、思いを馳せるのだ。

【見つけたこと】絵画は空間を静止させて、物語を語っている。どんな物語かは、見る人次第。

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レディバードが言ったこと
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「マグリットのお母さんは、彼が子どもの頃に入水自殺をしているの。
引き上げられた現場を見たそうよ。
だからマグリットの絵には、死のイメージがそこここに見られるわ。
それから、マグリットは小説『ファントム』の大ファンで、
ファントムの表紙をダイレクトに絵に取り込んで描いたりもしてるわ。
エドガー・アラン・ポーの愛読者でもあったから、《風景の魅惑》という絵なんて、
ポーの短編の一節から着想を得て書いたものなの。
『恐ろしい事物を見るのが怖かったのではない。見るものが何もないことを恐れたのだ』という一節ね。
その絵に描かれているのは、額縁よ。何も描かれていないどころか画布もない、素通しの額縁。
確かに見るものは何もないわね」
とレディバードは得意げに、知識を僕に披露して見せた。

「ふうん」
って、僕だってカタログを見たから知ってるさ。

「マグリットさん、よく描いたわよね。
生涯を通して、ずっと絵筆を持ち続けていたもの。
ただ、私の肖像画も描いてほしかったわね。
何回も台所のアトリエを訪ねたんだもの。
『可愛い姿だね』なんて言ってくれたのに。
だけど、奥さんのジョルジェットを描くことしか頭になかったの。
そんな人だったわね、彼は」
レディバード、しみじみとそう言った。

僕はそういう話を聞かされると、相変わらず落ち着かない。
お尻のところがモゾモゾするというか。
だから、目を細めて、レディバードのほうをはすかいにそっと見る。
何か言って怒らせるとやっかいなので、黙ったままで。

★ルネ・マグリット
1898年、ベルギー西部のレシーヌに生まれる。
13歳のときに、母親が原因不明の入水自殺を遂げる。
17歳で、ブリュッセルの美術学校に入学。
生活費を得るために、グラフィックデザインや広告のポスターなどの仕事をしながら、
抽象画やキュビズムに影響を受けた作品を制作。
23歳のときに、幼馴染のジョルジェット・ベルジェと結婚。
ジョルジョ・デ・キリコの『愛の歌』の複製を見て、シュルレアリズムに傾倒する。
3年間パリに滞在して、フランスのシュルレアリストたちと交流するが、
1930年にブリュッセルに戻り、以後ベルギーを離れることはほとんどなかった。
1967年、68歳で亡くなる。

 

コメント一覧

サラ☆
コメントありがとう
9日の日曜まで東京国立博物館でやっていた「マルセル・デュシャンと日本の美術」の展覧会にもいらしたのですね。
ルネ・マグリットと同時期に活躍した画家です。
ルネ・マグリットの絵の不思議さが好きです。
浅川瞬
初めまして。
鼓けいすけのブログをやってます。僕は、短歌を詠んでます。稚拙ですが…宜しくお願いします。
ルネ・マグリットは、行きました。シュールレアリズムです。
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