紫の物語的解釈

漫画・ゲーム・アニメ等、さまざまなメディアにひそむ「物語」を抽出して解釈を加えてみようというブログです。

【桜玉吉】の物語を追う[幽玄漫玉日記編・後編]

2011-02-20 18:36:24 | ○○の物語を追う
前編からの続き


  ぱそみちゃん

禅寺での精神修行をへて、玉吉の鬱もひとまずはなりをひそめました。
1999年末~2000年にかけて、少しのあいだ【しあわせのかたち】後期のような
日常をつづるスタイルでの漫玉日記がはじまります。



そのなかでさらっと登場する、「近所に住むぱそみちゃん(無職)」という人物。
玉吉と飯を食う仲のようだけど、いったい何者・・・?

この時期、桜玉吉先生はコミックビームの【幽玄漫玉日記】だけでなく、
アフタヌーンにて【なげやり】という漫画を連載していました。
本筋から外れるので【なげやり】について詳しく説明はしませんが、
漫玉シリーズのように、玉吉が主人公のエッセイ漫画の側面もある作品です。

この【なげやり】に、ぱそみちゃんは既に登場していました。



【なげやり】では、「ぺそみちゃん」と呼ばれていますが、本記事での表記は漫玉にのっとって
「ぱそみちゃん」と表記することにします。
【なげやり】によると、1999年の夏にアフタヌーン編集者と酒を飲んでいた玉吉のもとに現れ、
ぶっきらぼうに酒とたばこをたかられ知り合ったようです。
玉吉は、その「なんだかまるでこの世に生きていない雰囲気がいい」と、ぱそみちゃんに一目惚れ。




【なげやり】では、その痛々しい惚れっぷりがあますところなく描かれました。



アフタヌーンを読んだO村からも、「無職の小娘に色目なんぞ使ってんじゃねェ、みっともねェーっ!」
と一蹴される始末。 でも、好きなんだもの。

ともかく、今後の玉吉の物語のキーパーソンの一人となる「ぱそみちゃん」、堂々の登場です。


  多忙の日々

2000年2月~3月にかけて、決算期を前に控えたコミックビーム編集部は修羅場と化していました。
本年度の売り上げを達成できるかどうかで、来年度の生き残りが決まってしまう・・・。



そのあおりは玉吉をも苦しめ、他社の本も含め突発単行本五冊分の作業に忙殺されていました。
そのなかには、「桜玉吉のかたち」という、漫画家・桜玉吉の半生をO村が関係者各位からの
インタビューをもとに編さんしたちょっと変わった本もありました。



玉吉の手をわずらわせないようにと、O村がかなり突貫的につくろうとした本だったようで、
そのO村作・原稿のチェックに思いのほか手間を取られてしまって険悪な雰囲気に!
(O村自身はこの本を気に入っており、「オレがくたばるときに棺桶に入れてもらいたい」とまえがきで語っている)

そのような修羅場作業も、三月に入ってようやく収束。
「ビームもこれであと一年は安泰じゃ~~~、多分・・・」という運びとなった。

そして、漫玉の方もしばらくは平常運転でたんたんと続き、本当に一年もたすことができたのでした!
よかったね、コミックビーム!!


  玉屋、コミティア参戦



ここ数年、玉吉は何度か同人誌をつくろうとしたことがありました。
が、結局は平常業務の忙しさやなんやかんやで、いつもうやむやになっていましたが。



その折、2000年10月。再び玉屋に同人誌出版の話が持ち寄られます。
聞くと、11月にビッグサイトで「コミティア」という同人誌即売会があり、コミックビームも
本誌をあげてイベントに参加するという。で、ついでに玉屋も出店してはどうかという話でした。

あらたに原稿をゼロから描くほどの余裕はなかった玉吉でしたが、週刊アスキーで連載していて
単行本化の予定のない4コマ「ゲイツちゃん」の原稿があることに気付き、この原稿を利用して
「ゲイツちゃん本」をつくることに決定。
「これなら原稿描かないんだから楽勝!」と思われましたが、これを本にするには編集入稿作業が必要で、
現在仕事を複数かかえている玉吉にそんな余裕はなかったのでした・・・。



そこで、無職のぱそみちゃんに編集入稿作業を依頼。
バイト代+チョコエッグの条件ですんなり了解を得たのでした。
玉吉も、惚れたぱそみちゃんがちょいちょい仕事場に出入りしてくれるのは嬉しい様子。

そして、ぱそみちゃんの協力によって編集作業無事完了!
ぱそみちゃんに原稿と印刷代を渡して、印刷所に行ってもらおうとした矢先に



タイミング悪く、元妻と娘に出くわす玉吉!



元妻とはどうかわかりませんが、娘とは離婚後も仲が良いようで、
玉吉と娘が仲睦まじく遊んでいる様子が漫玉日記や4コマに描かれることも度々ありました。
そういえば以前、ヒロポンの引っ越しの日にO村とどつき合いのケンカをした際、
「出すモン出して十日に一ペン会わしてもらって、イベントにも参加して、生命保険入って・・・」
などと言っていました。

そうして、偶然出会った娘たちと話しこんでいるうちに、
原稿と印刷代を持ったままのぱそみちゃんがなんと消滅!
ケータイにも出ないっ!! あせる玉吉。

が、最悪の事態にはなっておらず、ぱそみちゃんは「長そーだから原稿出して帰って寝ただけ」と
答えました。



「あたし 子供キライ」
玉吉との別れ際、ぱそみちゃんがぼそっとつぶやきます。

 「そん な コト 言われて もーーー」


なんやかんやで、11月のコミティアの日がやってきます。
同人誌即売会初体験の玉吉は、本の値段から売り方までいろいろと考えて決戦に臨みます。
まさに、一企業の経営者という貫禄。



ところが、いざ開戦してみると玉吉の目論見など人波の前にことごとく意味ナシ!
印刷した600部のゲイツちゃん本のうち、持参してきた300冊はほとんど瞬殺。
大急ぎで自宅に残り300冊の本を取りに行き、これもまた完売!
玉屋初同人誌は、計600部完売御礼となりました。



帰宅し、さっそく売上と利益を計算。



まあ、そうなりますよねー。
「でも、楽しかったからいいや」と眠りにつく玉吉。

同人誌即売会って、終了後にものすごい充実感があります。
ちょっと前、自分も弱小サークルで葉鍵同人誌なぞ作ってましたが、
労力に対して売上と利益があまりにも心もとないんです。
でも、即売会って金を稼ぐ場所じゃなくて、お祭りなので。楽しかったらプライスレスですよ!
玉屋、おつかれさまでした~


  21世紀のはじまり、玉吉の日常

2001年。新世紀のはじまりです。
「イロイロ考えてみるが、やはりとりたてて感慨なし」というのが玉吉の感想でした。
大きな鬱もなく、2001年はつつがなくすぎます。







いろんなことがありました。



のちに「9.11」と呼ばれるアメリカ同時多発テロも2001年の出来事でした。
玉吉はニュースを観て衝撃を受けますが、仕事中であることを思い出し、
「たとえ今、東の空が紅く燃え上がろうとも、北の台地が青白く放電しようとも、おじさんはペンを離さないぞ!」
と仕事。 でも、気になってテレビから目が離せなかった玉吉でした。


  約束の地・伊豆



夏頃から決意していたことでしたが、玉吉は引っ越すことにしました。
最初は「じゃあ沖縄!」とか言って、担当編集者のオーバ君を困らせていた玉吉でしたが、



伊豆でどんどん値が下がっているペンションに目をつけ、次第に伊豆への気持ちを高めていきました。
漫玉では、ちょいちょい伊豆に旅行へ行く玉吉の姿が描かれ、伊豆が玉吉にとっての約束の地であることがわかります。
担当・オーバ君からも「伊豆なら近いし」ということでOKをもらい、O村・ヒロポンからも
否定的な意見は出ませんでした。

と、なるとどんどん伊豆のペンションへの想いが膨れ上がる玉吉。
漫画とペンションのドッキング!「まんがペンション・たまきち」の開業・・・。

「その気んなりゃー人間何だってできるだろが! 俺は伊豆で一人たくましく生きるぜっ!!」



「俺と伊豆でペンションやってみないか?」

早計でした。まだ現地にも行ってないのに。
そんなわけで、早速伊豆へ向かい物件を見学することにした玉吉でしたが・・・



インターネットの画像から、ペンションが原色使いのやたら悪趣味な物件であることはわかっていたが、
扉を開けていきなり雨漏りしてて腰が抜け、
床には散乱したオーナーの私物が。
絶対的に低い天井、巨大な人形群、建てつけの悪い窓、無計画としか思えぬ建て増し・・・。

「ペンキ塗ったくらいでどうにかなると思った自分が甘かったああっ!!」

落ち込む玉吉。当然、この物件は購入見合わせ。
というわけで、



次!

どうやら、伊豆で物件を購入することはあきらめていない様子。
玉吉は本当に伊豆に家を買うことができるのか―?


  ラスボス級鬱の襲来

2001年の年末。
例年通りのあわただしい年末進行を淡々とこなし、さあ終わった暮れと正月は自由だ。何をして過ごそうか。
などと思っていた矢先



いとも簡単に ストンと 心が落っこちた

長年鬱と戦ってきた玉吉。
あわてず以前もらった薬を飲み、まあ忙しかった反動だろうと悠長にかまえますが、
今回の敵はなかなかに強力で、一向にダメ想念が去る気配がありません。

これまでは、鬱が来ると読書・音楽・散歩を繰り返して鬱が去るのを待っていた玉吉ですが、
今回の鬱は、まるで玉吉を動けなくさせるほどの強敵でした。

鬱のまま2002年を迎えた玉吉は、昨年買ったまま放置していた
ゲームキューブと「どうぶつの森+」のことを思い出します。
今はゲームもなにもやる気がしなかった玉吉ですが、ひきこもりっきりでこれといってする事が
なかったので試しに立ちあげてみたら



いとも簡単にハマってしまいました。
が、プレイスタイルは病的で、村のどうぶつ達と一切口をきかずにひたすら釣りを繰り返す日々。
さらに、ゲーム内の自分の部屋にひきこもってゲーム内ゲームを楽しむ日々。
現実世界でもバーチャルの世界でも二重に引きこもってしまいます。



サルビア(合法)をキメたアッパーヒロポンの来襲に閉口し、
あまりにハイで勘にさわるヒロポンにダウナーなGBL(合法)を飲ませて眠らせるなどし、
自分たちのすさみっぷりにさらに落ち込みます・・・。



さらに、玉吉の鬱想念は自分の仕事へも向かいます。

ひさしぶりに外に出てO村と話し、別れたあとも漫画のネタのためにしばらくO村のあとをつけてしまった自分。
こういうのを仕事熱心というのだろうか? いや、違う。イタズラ子供心みたいなモノだろう。
この子供心を核に二十年近くも漫画を描いてきた。
今一度、その辺をキッチリ押さえた漫画「のみ」を描くようにすれば、現在の沈滞した状況を
打破することができるのではないか。

一抹の光がみえた気がしました。

が。



光明は気のせいでした。
子供心を発揮しつつもゆるやかに移行して現在にいたっているのだ。
その子供イタズラ心で周囲の実在する人間をいじくり倒して傷つけているのだ。
こんなことでしかメシを食えぬ人間が、自分だ。

玉吉の自己否定はとどまるところを知りません。



でも死ねないんだよ
愛する人がいるからね


  グッドバイ



【幽玄漫玉日記】最終回。
玉吉、O村、ヒロポンは缶チューハイで乾杯します。

O村「なんだかんだあったけどよ、幽玄漫玉」
玉吉「ちょうど単行本六巻の最長シリーズこれにて終る」
ヒロ「六巻で最長、プッ」
玉吉「ヒロポンもそんな憎まれ口たたける位にハナチョーチンにハリとツヤが戻ってきたし、今年はいい春だ」
O村「おめえのウツも思った程じゃなさそうだし、まあ人間そうそう悪い事ばかりじゃねえやな」
O村「たのむぜ、ビームも何だかんだでもう八年目。ありがてえよなあマジで」
ヒロ「あれ、桜だにょ~」
一同「風か」

一同「恋だな」

O村「俺は今年恋を秘めて生きるぜ、よろしく!」
ヒロ「んじゃ僕ちんは愛と恋と漫画家と浜村さんのくつ下に溺れて生きるマネー成立~!」
玉吉「俺は…愛と漫画と伊豆と自炊だ」

希望あっての人生だ。この先、どれ程生きるか知らないが
こんな、幽かなしあわせを皆で分かちあう。
こんな夜があってもいいじゃないか。



まあ、実際には無かったんだけど。こんな夜は。



ヒロポンは2002年も心の調子をくずし休職中。
O村とは疎遠になりがち。
玉吉は胃のレントゲンで腫瘍がみつかった。

そんなところだ。皆、それぞれの人生を―



ぱそみちゃんに励まされ、ほろりと来る玉吉。
今は心身ともにボロカスな自分だが、きちんと治して健康になったら伊豆で静かに暮らそう
と決意します。



花に嵐のたとへもあるぞ さよならだけが 人生だ

という、井伏鱒二の訳詩をもって【幽玄漫玉日記】の物語は閉じられます。
幽玄でとらわれた鬱は、次回作【御緩漫玉日記】においても引きずられ、
玉吉の物語をますます暗く重いものとしてゆきます。

幽玄漫玉終了から一年以上の月日がながれた2003年に、「御緩」の連載は始まります。
それまでどうぞのんびり休んでください、玉吉先生。

【御緩漫玉日記編】へ続く

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7 コメント

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Unknown (Unknown)
2011-02-22 01:16:10
むかしなげやり読んでました。というかたぶんまだ実家にあるかな・・・
ぜひこの記事の続きを読みたいです。
返信する
Unknown (sato)
2011-02-22 02:13:39
経済的な理由もあるのかもしれないけど、
少し小康状態だと薬やめちゃうからなぁ。こういう人。
医者を信じて「もう大丈夫でしょう」と言われるまで飲み続けたら再発なんぞしないのに。
まあ完治は難しいだろうけどさぁ。

否定的なことを言いつつ漫画は好きです。
私も記事の続き楽しみにしています。
返信する
Unknown ()
2011-02-23 22:38:29
>なげやり

ゲーム紹介漫画かと思いきや、ゲームタイトルのダジャレから
身体を張ってネタをつくるいつもの玉吉漫画でした。
「鬼ムシャ」でゲロ吐くまでチョコエッグ食いまくった玉吉先生、おつかれさまでした!
完全版がエンターブレインから出てます。

>玉吉と鬱

幽玄最後の鬱は薬も効かなかったようですね。
初期の段階で完全に潰してればよかったんですかねー。
完全に克服するのは無理としても、どうにか
折り合いつけて鬱と上手に付き合っていってほしいですね。
返信する
Unknown (Unknown)
2011-02-24 06:30:39
おもしろい記事ですね。
続編期待してます。
桜先生の次回作も期待しているのですが・・・
返信する
Unknown ( )
2011-02-24 15:25:31
俺、ここまでだわ玉吉の消息知ってるの。
次の記事待ってます
返信する
Unknown (Unknown)
2011-02-26 22:07:57
鬱だったんだ! しあわせのかたちしか知らないからビックリした。
返信する
Unknown (Unknown)
2011-02-27 12:32:03
しあわせのそねみ ねたみは
ギャグでやってるのがわかって楽しめていたのですが
連載変わり
だんだん暗い話が多くなるにつれ読むのをやめていました
玉吉さん好きなので幸せであって欲しいなあと思いますよほんとに。

ウッドボールの歌ききながら
次の記事非常に期待しています!
返信する

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