熊楠が研究したのは真正粘菌である。
細胞性粘菌と共に胞子を作り、アメーバの時代をもつ。
異なるのは、細胞性粘菌のアメーバは「一つの細胞に
一つの核をもつ」のに対し、真正粘菌のアメーバは
「一つの細胞に数え切れないほどの核をもつ」という点
である。粘菌の役割は解明されていないが、粘菌の食
べ物に着目することで働きが推測される。
生態系の中で落ち葉をバクテリアやカビが分解して、
有機物から無機物になり、植物はこの無機物を栄養分
として、根から取り入れ成長する。
バクテリアが増え過ぎると問題が起こる。分解の速度
が速まり、雨が降ると無機物が全部流れてしまう。土
壌は肥えず、森は衰弱する。そこでバクテリアを主食
をする粘菌が登場し、食べることによってバクテリア
の大量発生を抑え分解の速度をコントロールすると
考えられる。
私たちは自然の摂理を考えず、環境破壊をすることを
避けねばならない。
英国から帰国後、和歌山南部の熊野や田辺周辺で粘菌
研究が行われた。新種を含む200種近くの粘菌を発
見し、目録を発表する。大正末期には皇太子であった
昭和天皇に標本を献上している。
熊楠は粘菌について述べている。
『粘菌類の原形体は非常に大にして・・虫眼鏡で生き
たまま、その種々の生態変化を視察できる。ゆえに
生物繁殖、遺伝などに関する研究を至細にせんと
ならば、粘菌の原形体についてするが第一手近しと
愚考す』と述べている。
単細胞である粘菌は原生生物界に分類されているが、
胞子を作る点などで「はみだしもの」である。
この植物とも動物ともつかない「中間生物」の研究
は熊楠にとって楽しくて仕方のないものであった。
『無尽無究の大宇宙のまだ大宇宙を包蔵する大宇宙を
顕微鏡一台買うて一生見て楽しみところ尽きず。』
と述べている。短時間で生と死のサイクルを繰り返す
粘菌の中に、曼荼羅の世界を見ていたのかもしれない。
しかし、生態について何もわかっていなかった。
熊楠は粘菌学のパイオニアであった。
1917年、8月24日和歌山県田辺市の自宅の柿の
木で発見された「ミナカテルラ・ロンギフィラ」は
ロンドンの自然史博物館に保管されている。