全く衰退の兆しのない新型コロナとウクライナの戦禍のニュースに心が晴れない日々を送りつつ迎えた2022年の春。その幕開け公演はこの歌劇団が得意とするヴォルフ=フェラーリの美しい佳作だ。1978年の当団初演以来4度目の本公演になる今回は、マルコー・ガンディーニの演出、イタロ・グラッシの装置による新プロダクションである。ヴォルフ=フェラーリというと「マドンナの宝石」間奏曲だけが有名で15作あるオペラ本作はこの日本ではほとんど上演の機会を持たない。そんな状況の中でほぼ藤原だけがこのオペラを機会ある毎に上演し続けていることはとても興味深い。それでは上演し易い出し物かというと、実はアリアらしいアリアは一曲もなく、あたかもヴェルディの「ファルスタッフ」のごとく台詞まわしで展開するので、そこから一定の共感を導くには出演者の秀でた技量が必要な作品であるといって良いだろう。おまけに市井の人々の暮らしの断面を描いたブッファ的な性格をもった筋なので、歌手たちには演技力が強く要求される。とは言えニュー・プロダクション初日の今回はそんな演目を一定の水準で仕上げることができていたと思う。騎士アストルフィ役の森口賢二が巧みに狂言回し的な役割を果たし、ベテラン角田和弘と持木弘の二人の女型テナーは洒脱な演技でブッファ的な雰囲気を作り、その中で迫田美帆、中井奈穂、楠野麻衣、但馬由香、海道弘昭、大塚雄太の若手陣がそれぞれに力量を発揮した。なかでもルシエータ役の迫田美帆の伸びやかな歌唱がとりわけ印象に残った。指揮の時任康文はいつもは腰の重いテアトロ・リージオのオーケストラから美しい歌を引き出していたが、大きな音量のアンサンブルでは更なる美音が求められよう。簡素ながら雰囲気豊かなイタロ・グラッシの装置は、美しいベネツィアを十分に表現していて、とりわけ幕切の夕景はガスパリーナの”Bondi, Venezia cara"に乗せて観る者の郷愁を誘った。そしてこの折、故もなく住み慣れた故郷の風景を失っているウクライナの人々の思いに心が強く痛んだ。
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