スヴャトスラフ・リヒテルや武満徹が開設に多く関与した八ヶ岳高原音楽堂で開催された仲道郁代の「ショパンの時代に想いを馳せて」と題されたソロリサイタルにはるばる出かけた。曲目は「幻想即興曲作品66」「練習曲”革命”」「練習曲”別れの曲”」「バラード第1番」「アンダンテ・スピアナートと華麗なる大ポロネーズ」までが前半、そして「練習曲”エオリアン・ハープ”」「前奏曲”雨だれ”」「バラード第3番」「夜想曲第20番」「ポロネーズ”英雄”」が後半。仲道は2007年にNHKの番組収録の折りにショパンが愛用したことで知られるプレイエル社製の楽器を偶然にも試奏する機会を得、一瞬にしてその響きに惚れ込み、以来プレイエルを使ったショパンの演奏法を追求し続けている。今回はその成果を楽器に相応しい小空間で披露する絶好のチャンスになったといえるだろう。当日は秋らしい爽やかな陽気が午後から小雨混じりの曇天となったが、そんな晩秋の高原の憂いを含んだ風景を大きなガラス越しに眺めながらのコンサートは、むしろプレイエルのショパンに寄り添うためには絶好の雰囲気を作り出していたかも知れない。ピアノという楽器は工業技術の発展と共に機能的進展を遂げ、演奏様式もそれと共に大きく変化してきたという。だから今日一般に演奏される(聞かれる)パワフルで華麗なピアニズムに満ちたショパンは作曲家の生きた時代に聞かていたものとは異なってきて当然だ。だから我々が抱き続けてきたショパンのイメージはそうした演奏によって出来上がったものであるに違いない。そんなイメージを根底から覆してくれたのが、今回この音楽堂に仲道自らの愛器プレイエル(1842年製)を運び込んで奏でられたショパンであった。仲道はプレトークで今回はとても”スペシャル”なコンサートであると述べていたが、まさに最適の小空間に広がる素朴で内気で繊細な上に多くの含みを持ったその響から立ち昇る音楽は、計り知れない発見一杯の”スペシャル”なものであった。仲道はそんな響きを駆使して儚く華奢で陰影に富んだ極めて親密なショパンを紡いで我々に差し出してくれた。そこに聞かれた決して大仰でない人懐っこい音楽をいったいどう表現したら良いだろう。私はそれに大きく感動した。そしてそれはそこに集った聴衆にとっても掛け替えのない贈り物になったことだろうと思う。最後にアンコールとして「別れのワルツ」が静かに奏でられ、それは誠にこの会に相応しい御開きとなった。
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