インディアンの詩4

2010-09-23 20:31:33 | 好きなもの「縄文」・気になること
昔の人々は文字どおり、大地を慈しむ為にやって来た。

彼らは大地にそっと座り、母なる大地に親しみの感情を抱きながら、その上にゆったりとくつろいだものだ。

大地に触れるのは、肌に良い。
そこで彼らはモカシンを脱ぎ、聖なる大地の上を裸足で歩くのを好んだ。

彼らのティーピーは大地の上に建てられ、祭壇は土で作られた。

空を飛ぶ鳥も、大地に疲れを癒しに降りてきた。
そこは、全ての生き物が最後にたどり着く場所だった。

土は心を静め、
活力を与えてくれ、
浄化し癒してくれた。

ルーサー・スタンディング・ベアー首長(ラコタ族)1933年

『インディアンが語るナチュラル・ウィズダム…それでもあなたの道を行け』著書から…


今日の青森は最高気温17℃の予報。
涼しいというより「寒い」という言葉がぴったり。

雨まじりの曇りの天気の中、庭に出て、いっぱいになったコンポストの植え替えをした。

コンポストをはずすと、野菜くずと混じり合った黒土が程よく良い具合になっていた

穴を掘ったり、土をいじると何だか、心がホカホカしてくる

子供の頃、ままごと遊びなど、土でお団子作りをよくしたっけ…

親が教えた訳でもないのに子供達もまだ小さい時、外で土のお団子を作ってよく遊んでいたナァ…


土いじりは意識はしなくても、知らず知らずのうちに大地と触れ合う地球からの贈り物…

そう思います

インディアンの詩3

2010-09-23 20:30:05 | 好きなもの「縄文」・気になること
インディアンは崇拝するのが好きだった。
誕生から死に到るまで、インディアンはまわりにあるもの全てに敬意を抱いていたのだ。

彼は自分が、豊かな母なる大地の膝に抱かれて生まれたと考えていたから、彼にとっては、この大地のどこにも軽んじていい場所など存在しなかった。

インディアンと偉大な〈聖なるもの〉とを分かつものなど何もなかった。

誰でもすぐに聖なるものに触れることが出来たし、ワカンタンカの祝福は、まるで空から雨が降り注ぐように、インディアンの上に注がれていたのだ。

ワカンタンカは、人間から遥か遠いところにいるものではなかったし、たえず邪悪な力を抑えようとしている訳でもなかった。

ワカンタンカは決して動物や鳥を罰することはなく、人間をも罰することはなかった。ワカンタンカは罰する神ではなかったのだ。

何故なら〈善なる力〉を上まわり凌駕する邪悪な力の支配などという発想自体がなかったからだ。
ただ一つの支配する力だけがあった。

つまり〈善なる力〉だけが、この世界を支配していたのだ。

ルーサー・スタンディング・ベアー首長(ラコタ族)1933年

『インディアンが語るナチュラル・ウィズダム…それでもあなたの道を行け』の本から…
ジョセフ・ブルチャック編 中沢新一+石川雄午★訳