母の四十九日の法要が終わり、少しホッとした。忌明けの品やお寺へのお布施、お昼の食事代
全部で20万円近くかかったかな。
次は、
喪中欠礼のハガキの準備
次々とやってくる。
そんな中で、週末ゴルフもやった。
途中で、大分に住んでいる従兄弟から電話がきた。
ちょうど午後スタートの前だったので、話をすることができた。
忌明けの品と手紙が届いた事の電話だった。
実は、
子供の頃、「ひろし兄ちゃん」と呼んでいた記憶はあるのだけど、顔も全く覚えていないし、一緒に映った写真が1枚だけあって、それを見た時に母が従兄弟だと教えてくれたから記憶に残っている程度。
父方の親戚とは、遠方でもあるために疎遠になっていた。
まさか
こんな歳になって、話ができるなんて!
嬉しかった!^_^
それと同時に、
母が生きているときに、報告したかった。
「ひろし兄ちゃんと電話で話したよ」と。
亡くなる数ヶ月前に、
「ひろしくんはどうしてるかな…」って気にしてたので、
北九州にいる従姉妹に聞いて、
「大分にいるらしいよ」
と伝えたのだった。
2年前くらい。ちょうどコロナが流行する前までは、母は、元気だった。
その頃に、
あちこち連れて行ってあげれば良かったな
北九州も、鹿児島も
行きたがっていたのにね。
戸籍謄本を
北九州市と鹿児島市から取り寄せました。
出生から死亡まで
という謄本がいるらしくて。
やっと書類が揃ったので、明日、銀行に持って行きます。
やるべき事を一つずつ片付けていかなきゃね。
来週は、母の誕生日
90歳のお祝いをするはずだったのにね。
そして翌日は、私達の結婚記念日
11月
過ごしやすい季節
^_^