以前書いた「はじめて入院した」は1〜62で一旦の終了となったのだけれども、僕自身は病院通いを続けている。
先日通院した時のことを少しばかり書きたいと思う。
僕は心不全である。心不全は完治しない病気ということになっている。今はほぼ通常通りの生活をしているし、近くの多摩川ぞいをよく散歩する。1万歩になることも多々ある。
ちなみにプロレス好きの僕としては、プロレスラーに憧れる者なら誰もが実践する膝の屈伸運動、ヒンズースクワットも行っている。ちなみに50回程度である。やりすぎると、心臓に負担がかかるので、ホドホドと心得ている。様子を見て回数を増やそうとも思っている。
心不全での緊急入院以前以後に比べれば、体調はいい。入院する直前は歩くことさえできなかったし、入院の半年前を振り返れば、その時点で異常な汗の量であったり、階段が本当にきつかったし、息切れもしていたと思う。
退院して1年が経ち、そのような症状は感じられない。
そこで、先日経過観察と処方してもらうため通院した。心臓なので循環器内科、さらに腎臓内科の2つの科で診療してもらっている。
まず採血採尿をした後、循環器内科である。入院時、および入院直後の医者と現在の担当は変わっている。そもそも病院が変わってもいる。彼は30代だろう。僕よりは若い。
循環器内科では特に検査はないので、問診のみだ。先の採血採尿は腎臓内科のオーダーである。多分共有されているとは思う。生活一般のこと、体調は改善している旨を話しつつ、最近は軽い運動もこなせると伝える。
そこで、医者はアーチスト錠という高血圧および慢性心不全用の薬の量を増やすと告げて来た。「体調が良くなっているのに、どうして薬の量を増やすのですか?」と尋ねた。その答えは「心臓のコントロールのため」として、入院時の所見を見せて説明するのだが、僕の質問に的確な答えを返してこないのだ。あげくは「そういうもの」程度の受け答えだ。
そうすると、「薬の量を増やすのが嫌なら、今まで通りでもいいですよ」と返して来た。このようなやりとりをしている中で、「一生薬を飲み続け、病院に管理され続けるのだな」とわかっていたことではあったが、強くそのような事実を突きつけられたような思いが生じて来た。
「面倒臭いなあ」と思いながら、こちらから引いて「一応先生のいう通りやって行きますよ」と、納得いかないが抑えておいた。
次に腎臓内科である。こちらの医者は僕と年齢は近いか少し下ぐらい。循環器内科の医者より付き合いが長い。僕の仕事のことも知っているし、他生活や家族のことも話をしており、診察の中でそういう話が出てくる。
腎臓の状態は上向きとのこと。処方はないが、一応腎不全という状態であると言えるので「このまま経過観察はして行きたい」と言う。腎不全と心不全、「不全」だらけだと思いながら、「不全」ってなんだろうか、ぼんやり頭をめぐらしていた。
そこでアーチスト錠の量が増えたことを告げると、きちんと説明してくれた。心臓専門ではないけれど、同時に腎臓に問題が生じるから、常識としてと注釈を入れながら、「もともと10mg処方したいのだが、最初からだと負担が大きいので、少しずつ増やして来たはずで、体が慣れて来たと判断したのじゃあないか」と。
納得である。そういう説明をしてくれたらいいだけなのに、どうしてしてくれなかったのだろうと疑問に思っていた。それで当日の診療は終わりである。
弟の嫁が看護師なので、そのことを電話で話したら、「若い先生は臨床経験が少ないから、臨機応変に対応できず、レギュラーな対応をそのままする人が多いとの印象を持っていると。それで対応できなかったんじゃない。なんせ●●ちゃんは理屈ぽいから」と少しばかりからかわれた。もちろん「●●ちゃん」とは僕のことだ。
ということで、「病気を診ずして、病人を診よ」ってことだなあと思いながら、腎臓内科の先生の方がいいので両科診てもらえないかとも思ったりしている。まあ、以前断られたんだけど。
会計を待っている時、近くの老人たちが話ししているのが聞こえて来た。「あの先生、いい先生よねえ。髪の毛切ったのわかったみたいなの」。そういえば、昔理容師が外科や歯科の医者だったことを思い出した。