私は一人っ子だ。
子供の数が多い世代です。
小学校も10クラスあり、教室が足りなくて運動場にはプレハブが沢山並びました。
同級生もほとんどが兄弟姉妹がおりました。
遊びにいってもその賑やかさに圧倒されました。でも、凄く楽しかったのを覚えています。
さようなら(*^^*)
その家族たちと別れて家に帰るとし~~ん…
母が台所で食事の用意。
父が帰宅するまで宿題をして、算数の問題が分からなくて、ノートに落書き🌻
もしも、うちの家の庭から石油が吹き出したらどうしよう。
この辺は国が買ってくれて大金持ちになったらどうしよう。
子供ながらの想像です❗
なぜか石油?
オイルショックを子供なりに知っていたのでしょうか?
父が帰宅したらすぐに夕食。
魚が中心。あとは野菜の炊いたん。
お味噌汁、お漬け物。
一人っ子でも、その頃はやはりお父さんが中心でした。
一番美味しい部分を父がミイミイしてくれます。
骨をとってくれるのです『ミイミイ』
当時は三木の緑が丘が開発中でした。
大和ハウスの造園部の仕事をしていた父。
緑が丘の話をしてくれました。
子供の私には緑が丘ってわかりません。
凄いとこや❗
山を削ってな、平らにして、家がドンドン建っとる。
家と言ってもあっという間に建つんや❗
トラックにもう部屋が乗っとる❗
この部分は子供ながら全く意味不明?
部屋がトラックに乗ってる?
想像豊かな一人っ子の私ですが、わからなかったです。
でも、その後何度か父に連れていって貰い、納得しました。
父が仕事をしている間に母と綺麗な出来たばかりの緑が丘の公園で遊びました。
なかなか、両親も忙しくて公園に連れていって貰えなかったので楽しかったです。
その三木の緑が丘に私は今、住んでいます。
もう、残った人生の全てはここ、三木で過ごすことになります。
近いうちに母も三木に呼びます。
父はもう亡くなってしまったけど、歩いていると父が当時施工した石積があります。
母は父の庭を良く見ていたので
パパの積んだ石は見たらすぐわかるよと。
亡くなった父が天国から三木緑が丘に住む母と娘をどんな思いで見るでしょうか(*^^*)
父の事を最近良く考えてしまう私です❗
歳かな~~
