kuwa-kuwa日記

今日の教室の内容に関わる内容です

最近痛切に感じる「おかげさま」

2011年06月24日 | 思うこと

私は20歳の時からこの仕事をしている

 

だからとても長い経歴であるが

 

若い頃 一番嫌な言葉が

「おかげさまで」

という一言だった。

 

 

先生に教えて頂いたおかげで 

パソコンが出来る様になりました。

 

といわれれば

そうですか 少しは私も役になりましたか

と言えるし思えるのですが

 

 

風邪をひいたそうでお元気になられましたか?と

聞くと

おかげさまでもう元気です

と答えられると

私はドクターではないし

その方のために祈祷したわけではないのだから

「おかげさまで」と

いわれると 困ってしまっていた。

 

 

だから テレビのインタビューでも

身も知らぬ人が

皆様のおかげで…といわれると

本当に 違和感を感じたものだった。

 

 

このことを昔

年配の受講生に話したことがある。

 

先生はお若いから ムリもないですよ

そのうちわかりますから

と言われ

「おかげさまで」=年寄り

というイメージが植え付けられ

ますます嫌な言葉になった。

 

 

ところが独立して、宣伝・広告から

対外的なことまで 全部一人でやることになり

とても大変なことが続いている今

自然と皆さんに「おかげさまで」と言っている自分に気がついた。

 

 

サッカー選手の

長友さんが 先日 インタビューに答えていて

心に余裕を持つためには

あらゆる事に感謝をすることだ

 

毎食のご飯が食べられることですら

感謝できるようになって

心に余裕が出てきた。と

 

 

つまり、「おかげざまで」とは

感謝の心で有り、

年をとったから出てくる物ではなく

苦労し、仲間やたくさんの方々に支えられていることを悟ったとき

感謝できる 自分がいて

はじめて

「おかげさまで」という言葉が出てくるのかと

わかった。