みのおの森の小さな物語     

明治の森・箕面国定公園の散策日記から創作した、森と人と自然に関わる短編創作物語集 頑爺<肇&K>

*運命の出会い(1)

2020-09-26 | 第13話(運命の出会い)

箕面の森の小さな物語(NO-13)

* <運命の出会い>(1)

  「さあ 今日はどこを歩こうかしら・・」 箕面の駅前から西江寺の裏山を上り、聖天の森から才ヶ原林道へ出ると、もう初秋の涼しい風が吹いている。  西園寺まり子は今日も一人で森の散策に出かけた。

  地獄谷からこもれびの森に向かう途中 東に折れて才ヶ原池一休みする事にした・・ 今日は釣り人が一人もいないようだわね・・ と独り言をいいながら、少し出始めたススキの穂が数本 穏やかな風にゆっくりとなびいている。 池畔を周り、いつも座る石のベンチに向かうと・・ どうやら先客がいるようだ。

「こんにちわ!」あっ こんにちわ!」    

見るとまだ少年のようで運動靴に普段着の服装、棒キレを一本もっただけの軽装です。  まり子は自分の山歩き用の完全装備スタイルと余りにも服装が違い、思わず苦笑してしまった。

・・どこからきたのかな・・?  

そう思ってもう一度声をかけようとして再び顔を見ると・・ 「あれ! どこかで見たような顔つき?  思い出したわ・・ 貴方と一度会ったことあるわね?」え! そうですか・・??」  彼はまり子の顔をマジマジと見つめつつ首を振ってる・・「そうか! あれは私が見ただけで、貴方は見てないものね・・ あれは? そうだわ・・ 奥の池じゃなかったかな? 一人で池を見てたわ・・ こんな山の中の池で少年が一人で池を見つめているなんて・・ どこかありえないと思ったので、印象に残っていたのよ」

「そうですか・・ ボク、池を見るのが好きなんです」 「なんで?」「なんでかな? だって森の中は静かでしょう・・ でも、池には風が吹くと波があって揺れているし、鳥もよく飛んでくるし、それに魚もいるし・・ じっと見ていると、ボク一人じゃないからかな・・」「そうか・・」 「あ! どうぞ・・」 少年は端に座りなおし、まり子に座り場所を空けた。 

「ありがとう! ところで貴方はいくつなの? 何年生なの? どこからきたの?  いつも一人なの・・?」 また自分のお節介が始まったと心では思いながらも、少年に興味を持ったまり子はいつしか少年への質問を連発していた・・ 「ボク! 13です、中学一年です・・ この山の下でおばあちゃんと二人で住んでます・・ ボク! 山が好きなんでいつも一人で歩いてます」 言葉づかいが今時の若者にない礼儀正しい喋り方に、まり子は先ず好感を抱いていた。

 しかし もう仕事を離れて大分経ったのに、いつまでも抜けない自分の詮索好きに注意していたのだが、また出てしまった・・ そう思ったとたん・・ 「そうだ! オバサンの作った卵焼き、よかったら食べてくれない・・?」 「卵焼きですか・・?」 「オバサンね・・ 自慢じゃないけど料理作りが得意でね・・ いつも美味しいもの作っては楽しんでいるのよ・・ でもね、一人なので味見してもらう人がいないと張り合いがないでしょ・・ だから・・」 そう言いながらまり子は、二人の座った間にすばやく自分の今日のお昼ご飯を並べた。

 「わー! きれいですね・・ 美味しそう!」 「どうぞ どうぞ!  よかったら他の物も食べてみて・・」「いいんですか? じゃ頂きます・・」 そう言うと少年は、先ず卵焼きから手をつけて口に運んだ・・ 「わー美味しい! 美味しいですね・・ こんな美味しい卵焼きは初めてです・・」 まり子は本当に美味しそうに食べてくれる少年を見ていると嬉しくなってしまった。 「このサンドイッチも美味しいわよ」「頂きます・・ あ! オバさんのがなくなっちゃう」 「いいのよ! オバサンね・・ こんなに美味しそうに食べてくれる人は初めてなので、胸がいっぱい! お腹もいっぱいなのよね・・ ハハハハ!」と、なぜか泣き笑いになってしまった。

 「ボク、卵焼きを作るのが得意だったんですが、こんなに美味しいの作れないな・・」 「なにボクちゃんが作るの?」 「はい! おばあちゃんに作ってやると喜ぶんで・・ ボク、小学校の家庭科の実習で初めて卵焼きを作ったとき、先生に誉められたんです・・ それからボクがご飯を作るときは玉子買ってきていつも作るんです・・ こんなに美味しい卵焼きが作れたらきっとおばあちゃん喜ぶだろうな・・・」 「そうなの! でも私のは簡単なのよ・・ 先ずだしをこうしてね~」 それからしばし卵焼きの講習が始まる・・ まり子はまさか少年を相手に、森の中で卵焼きの作り方を教えようとは夢にも思わなかったが しかし、なぜか幸せな気持ちがして嬉しかった。

  すると突然に・・あ! 忘れるところやった・・ すいません、おばあちゃん迎えにいくのでボク帰らなくちゃ・・ オバさんありがとう ごちそうさまでした!」 そう言うとボクちゃんは棒キレを持つと、あわてて飛ぶように行ってしまった。

  久しぶりに我を忘れて楽しいおしゃべりに花を咲かせただけに、まり子は膨らんだ風船が急にしぼむように、この僅かな一時の現実がまだ飲み込めないまま、心が深く沈んでいってしまった。

  まり子は保険会社のエキスパートとして30年以上も第一線で働いてきた。 女子の幹部候補一期生として採用され、仕事が面白くて面白くて・・ いろんな男性との結婚チャンスもあったけど仕事を選び、とうとう一人身で定年を迎えてしまった。  お陰で箕面の山麓に新しいマンションも買えたし、蓄えもできたし、同年輩の女性より高い年金を貰い、老後の経済的な心配はないけれど、こうしていざ一人になってみるとなぜか無性に 淋しい、空しい といった気持ちになってしまうときがある。

 友達も沢山いるし、かつての自分のお客さまで、今も新聞やTVで活躍を知る現役の方々の中にも いまだに マコ マコ! と、親しく呼んでくれて御付き合いの続いている方も多いので、自分は恵まれた人生を過ごしてきたんだといつも感謝して過ごしているのだが・・ しかし いつも何か? 物足りない思いが消えないでいるのだった。  唯一 箕面の森を歩いている時は心が安らぎ、自然のもつ包容力が心を癒してくれたので、森の散策はもう何年も長く続いていた。

 いくら得意な料理を作っても、それをいつも美味しいと喜んで食べてくれる人はいない・・ 一人でそれを食べる時の空虚感は拭いきれなかった。  それだけにあの日 あの少年の美味しそうに食べてくれた笑顔が忘れられな・・ もう一度会ってみたい・・

 まり子は週に1~2回のペースで箕面の森の一人歩きを楽しんでいたが、いつも自分の気持ちを大切にしながら、心のおもむくままに、ゆっくりと歩いたり、浸ったり、気を使わないマイペースの一人歩きが好きだった。 あれから森を歩くたびにキョロ キョロと周りを見回すようになり、いつもどこか山の池をコースに入れるようにしていた・・ だからそれまでのゆったりとした癒しの散策から、人探しの歩きになっているようで 本末転倒だわね! と笑いながらも自分の心をごまかす事はできなかった。

  いつしか秋も深まり、箕面の森も見事な紅葉につつまれていく・・ まり子は瀧道のすごい人並みを避けて森の奥に入り込み、人のいない絶好の穴場で一人、紅葉狩りを楽しんだりしていた。  やがて寒い北風が吹くようになると箕面の山も静かになり、鳥たちの賑やかな歌声だけが響いている・・ しかし、強い風が吹くと落葉する樹木が踊っているようで、沢山の鳥の鳴き声と合わせ、まるで大交響楽団のクライマックスのような響きにとなり、まり子はその自然の感動を味わっていた。

 

  やがて冬がやってきた・・ ある寒い朝、まり子が新聞をみると、箕面の池にシベリアからキンクロハジロ今年初飛来した・・ との記事があったので、その日早速行ってみることにした。  いつもの冬の山歩きの完全装備スタイルで・・ 我ながらちょっと大げさな格好かなと思うけれど、何度か恐い思いをしてきた事もあり、箕面の山は低山とはいえ、自然は決して侮れない事を体験してきたので、これでいいのだ・・ と、改めて納得しながら家をでた。 今日も紅茶の入った温かなポットに、いつもの特別弁当を持って・・

  箕面山麓線の白島から谷山林道へ向かうと間もなく薩摩池がみえ、やがて大きな五藤池が見えてきた。  まり子はリュックを下ろして池畔に目をやると、先ず潜水の上手なカイツブリが5、6羽いる・・ その手前にはきれいなオシドリの夫婦? がいて、先にはマガモが10数羽、波間に浮かんでいる・・ オスの緑色の頭部が鮮やかだ・・ この池にはいつも沢山の水鳥たちが羽根を休めている・・ それにしても肝心のキンクロハジロはどこにいるの?   

 双眼鏡で眺めていると、遠方から二羽のアオサギが飛び立っていった・・ この寒いのに、みんな元気だわね! なんて独りごとを言いながら、双眼鏡を覗いている時だった・・ 突然後の方から大きな声がした。

「オバさん!」「えっ!」

余りにも突然だったのでまり子はビックリ! 振り返るとあの時のボクちゃんだ。 「ボクちゃんじゃないの! なつかしい うれしいわ」  まり子は感情が高ぶり、思わず抱きしめたくなるような気持ちをおさえた。「会いたかったのよ! ボクちゃんに・・」 まり子の目からなぜか嬉し涙がこぼれ落ちる・・ 「どうしてたの? 元気だった? あれからオバサンはボクちゃんに会えないかなと思って、才ヶ原の池やいろんな森の池も回ったのよ・・ どうしてたの? 元気だった? 何かあったのかと心配してたのよ・・ 連絡先も分からなくてね・・」 まり子は同じことを聞きながら、またお節介虫を発揮して、つぎつぎと質問を浴びせていた。

  「あ! ごめんね! オバサン一人で喋ってるわね・・」 一度会っただけの少年なのに、何でここまで気持ちが入ってしまうのだろうか? それをニコニコしながら聞いていたボクちゃんが、それには応えずに・・ 「オバさん! これから山へ行くの? ボクも一緒に行っていい?」「勿論よ!」 まり子にとっては願ってもない言葉だった・・ 「オバさん 鳥を見にきたの・・?」「そうなの! 今朝の新聞でこの池にキングロハジロが越冬するために飛来したって書いたあったからなの・・」「それならさっきみんなで一緒にどこかへ飛んでいったよ! そのうち帰ってくると思うけど・・」 ボクちゃんは相変わらず棒切れ一本をもっただけの軽装だった。

(2)へ続く 


運命の出会い(2)

2020-09-26 | 第13話(運命の出会い)

箕面の森の小さな物語

<運命の出会い>(2)

 「そんな格好で寒くないの? 風邪引かない? のど渇かない・・ あ! また、いらぬお節介してしまったね! ごめんね!」大丈夫です・・ いつもこの格好ですから、それに4時間ぐらいなら水もお腹も我慢できますから・・ それにおばあちゃんが心配するから、そんなに山奥までは行かないし・・ でも今日は施設に一泊するので時間はあるんです」  ボクちゃんは3ケ月前より少し痩せたようだった・・ 二人は嬉しそうに仲良く並んで、水神社前から谷山尾根を登り、巡礼道向かった。

 「そう言えば前に会ったとき、急におばあちゃんを迎えに行くような事いってたけど、大丈夫だったの?」 ボクちゃんは少し暗い顔になりうつむいてしまった・・ まり子はまたまた要らぬ事を聞いたかな? と思ったけれど、あれから づ~ と気になっていたことを聞いてみたかったのだ。「あの日は、おばあちゃんが施設から帰ってくる時間だったんです」そういいながら、少年はやがてゆっくりと話し始めた・・ それから約1時間、溜まりたまっていた心の内から、まるでその栓が抜けたように、一気に少年の思いが溢れ出した。

  少年の祖母はだんだんと認知症状が進み、もう孫の顔も時々忘れるような状態とのこと・・ 家族は・・ 父親がいるようだが、幼稚園の時に一度だけ会っただけでそれ以来行方不明だが、噂では今はフイリピンで家庭を持っているかも? と、お祖母さんから聞いたことがあるとのこと・・ 母親は自分の出産の時に事故で亡くなったと聞いているようだった。  そして母親の実家であるこの箕面山麓の古い家で、祖母と二人で生活してきたとのことのようだ。 

 トイレに一人でいけないような祖母、自分の顔も忘れかけている祖母の介護も含め、13歳の中学一年生が一人で家を守り、学校から日々の生活まで必死で賄ってきている姿を、まり子は涙ながらに聞いていた。  それにある日のこと、祖母が入院した時に遠い親戚だという会った事もない人が家に訪ねてきて、一晩無理やりに泊まっていったとのこと・・  そして通帳はどこだ? 保険証はどこ? 印鑑は? 現金は? と、勝手に家中捜しものをしていたらしい・・ まり子は自分の中学生活を思い出して、なんとボクちゃんの生活が過酷で悲惨な思いをしているのかと、また新たな涙が頬を伝った。

  話しの合間に、まり子も自分の身の上話をしたが、余りにも少年との格差を感じ、話しながらも改めて少年の身の上に愕然とするのだった。  しかし まり子が自分の心に素直に、こんなにも正直に包み隠さずに、自分の身のうえ話しを他人にしたのは初めての事だった・・ あの森の自然の中でつつまれる安心感、穏やかさと同じような不思議な感覚、しかも13歳の少年を相手にして・・ なぜ?

  巡礼道を登りきると七丁石の分岐点にでた・・ そうだわ ボクちゃん! 少し早いけどお昼にしない?  卵焼きあるのよ!」え! 本当ですか? ボクあれから家で何回も作ってみたけど、オバさんのあの美味しかった卵焼きは絶対できませんでした」 まり子は嬉しくなってしまったけれど、ずっと話を聞いてきたので、逆に不憫に思えて悲しくなってしまった。

  七丁石の横に丸太を二本並べたベンチがあったので、二人はそこに座った・・ 尾根道とはいえ周りを森に囲まれていて少し寒い所だが、二人とも心はとても温かかった。 まり子はこの3ヶ月間、いつボクちゃんに会ってもいいように、いつも少し大目の特別弁当を作っていた。 しかし今日までその期待は外れ、いつも山から帰ると余ったおかずが夕食代わりになっていた。 でも今日は違う!  温かな紅茶を蓋カップにそそぐとお弁当を広げた・・

 オバさん! 美味しそう! これみんな食べていいんですか?  嬉しいな・・ 頂きます!」  その笑顔を見ているだけで、まり子はもう胸もお腹もいっぱいになってしまった。 そうだ ボクちゃん! オバさんはやめてくれる! オバさんの名前言ってなかったわね・・ 私、まり子・・ マコちゃんでいいわよ・・ よろしくね!」ボクも、ボクちゃんは少し恥かしいです たかおです 祖母はタカちゃんと呼んでますが・・」じゃあ決まりね! マコちゃんとタカちゃんね・・・ハハハハ!」

  50歳も違う二人の、何とも不思議な取り合わせ? それからも二人の話は尽きず、とうとう山を歩きながら夕暮れになってしまった・・ 離れるのが辛いぐらいだったが、今日は夜に学校の先生の家庭訪問があるらしい・・ いろいろ心配されている人もいるようで少し安心はしたけれど・・ マコの携帯を教えておいてあげるね・・ 何かあったら電話していいのよ! それに住所はこれよ・・ あの山裾にあるマンションよ 近いでしょう!」  まり子はめったに人には教えない個人情報を、あっさりとタカちゃんには教えながら、それが当たり前のようにしている自分が不思議だった。  そしてそれが辛い日々の始まりになるとは思いもよらなかった・・・

 

  あの日からもう一ヶ月が経ったのに何の連絡もない・・ まり子はいつかいつかと思って、寝る時さえ携帯を枕もとに置いていた。 そして更にもう一ヶ月が過ぎていった・・ 何かあったに違いない・・?  タカちゃんの家の事は大まかに聞いたので,山への行き帰りに何度もそれらしきところを探しみたけれど分からなかった・・ 住所を聞いとけばよかったわ・・ あの子は携帯を持っていなかったし・・ でも、あの時は未成年に住所や電話などを聞くのはまずいと思ったので、自分の携帯と住所を教えておいたのだけど・・ あれだけ再会できて喜んで、なんでも聞いたつもりで、もうタカちゃんの事は分かったつもりでいたけれど、全く分かっていなかったのだ・・ 話を聞かなければよかった・・

  あの時・・ 「どうして山が好きなの?」って聞いたら・・ 「ボク 辛い時や悲しいとき・・・涙がいっぱい出てくると小学校の時から家の裏の山の中に入って行って、一人で大泣きしてたんだ・・ 家で泣くとおばあちゃんが心配するから・・ すると森の木や枝や風や小鳥や草花達が何か応えてくれるように話し掛けてきてくれるんだ・・ そしたら心が落ち着いて枯れ葉の上なんかですぐに眠ってしまうんだ・・ 目がさめると、もうみんな吹っ飛んじゃって気持ちがいいんだよ」そうだったの・・」

 まり子はタカちゃんの顔を食い入るように見ながら・・ 「将来の夢はあるの・・?」 「ボク、山が好きなので山小屋建てて、山岳ガイドになったりして?  ハハハ・・でもね、それじゃお金儲からないから・・ きっと! だからボク料理も好きだから調理師もいいかな? なんて思っているんだけど・・ そしてね! やさしい奥さんもらって、子供をたくさん作って、楽しい家を作るのが夢なんだ・・」

 13歳にして人生の辛酸をなめ尽くしたのに・・ なんて温かい事を言うなんだろう・・ まり子はそのいじらしさに本当に抱きしめてやりたい気持ちでいっぱいだった・・ 「オバサンが・・ (そう言いかけて) しまった! マコが料理を教えてあげようか・・?」 「本当ですか! うれしいな・・ オバさん・・ あ! マコちゃん・・ 言いにくいな・・ マコさんでいいですか?」 「いいわよ・・」「じゃ! マコさんの料理最高だからボク教えて欲しいな・・ きっと上手になるよ・・ いつから?」「いつでもいいわよ・・」 そんなやり取りから自分の携帯と住所を教えて、学校の帰りにでも立ち寄ってくれたらと思っていたのだった。

  そしてそれ以来、いつ訪ねてきてもいいように道具もそろえ、部屋もきれいにして今日か 明日か と待っていたのに・・ もう二か月・・ どうしてあの子の事がこんなにも気にかかり、今の自分の生活の最大の関心ごとになってしまったのだろうか・・ まり子は気持ちを切り替えようと、いろんな事をやってみたけれどダメだった。 いつも最後には思いだしてしまう・・ どうしているのかな?  タカちゃん!

 

  そんな悶々としたある夜の事・・ 携帯が鳴った・・ 見ると「非通知表示」・・ また迷惑電話? でも何だか胸騒ぎがして携帯をとってみた・・ 「もしもし・・」「あっ オバさん・・ ボクです」 「タカちゃんなの?」「はい! オバさん・・ いやマコさん・・ ボク今から遠い親戚の家に住む事になって・・ 今から出発なんです・・ いろいろありがとうございました・・ ボクね・・ 本当は料理を教えて も ら ・ ・ ・」 その時、10円玉がきれたのか?  ピーという公衆電話の切れる音がした・・ 「タカちゃん待って、タカちゃん待ってよ・・ そんなの嫌よ・・ 待って・・」 まり子はピーとなったままの携帯を握りしめたまま泣き崩れてしまった・・ 自分がどうする事もできない現実・・

(3)へ続く


運命の出会い(3)

2020-09-26 | 第13話(運命の出会い)

箕面の森の小さな物語

 <運命の出会い>(3)

  まり子はそれからしばらく家にこもり、悶々としたうつ状態になってしまった・・

友達やかつてのお客さんまでもが・・ 「どしたんや! 何があったんや・・ 元気だしや!」と、心配してくれたけど、自分の気持ちをどうする事もできない・・ またかつてのあの空虚な日々を感じるようになっていた。  森へは行かなくなった・・ 料理も作らなくなった・・ 人と会うのも億劫だった。

 でも週1回、仕方なくスーパーへ買い物に出かけるのが、唯一の外出になってしまった。  たまに年格好の似た少年が母親と買い物などしていると、羨ましく感じたりしていた・・ まり子の同級生で20歳で結婚したサトミには、もう40歳を過ぎた子供がいるし、その子の子供は確か中学生だったから、サトミにはタカちゃんと同じ13歳位の孫がいるんだ・・ まり子には子供がいないけれど、孫のようなタカちゃんとたった数回の出会いなのに、どうしてこんなに心が乱れるんだろう・・?  まり子は60数年の人生で初めて感じる異様な自分の高ぶりを押さられずに、その感情に翻弄されつづけていた。

  あっという間に冬が過ぎ去り、梅や桃の花が咲き、野山も新芽に溢れ、鳥も、昆虫も、動物も、植物も、樹木も・・ 箕面の森も生き生きと活動しはじめた・・ もうひと月もすれば箕面の桜エドヒガンも咲くだろう。

 

  その日も、まり子は一週間の買い物に行き、帰りもボンヤリと無気力な表情でエレベーターに乗り、自分の部屋の階で下りた。  廊下を歩いていると、前方に座っている人がいる・・?  しかも、自分の部屋の前で・・「恐い! だれ?」 一瞬そう思ったけど、その人が顔を上げてこっちを見た・・

「え! まさか・・ まさか タカちゃん!? ほんとうに! タカちゃんじゃないの!」

  気が付いたタカオも立ち上がって駆けてきた・・ 二人はダッシュしてぶつかるようにして無言で抱き合った・・ 涙がとめどもなくあふれてくる・・ 「うれしい・・ うれしいわ!」

  長い間嬉し涙を流していたけれど、マンションの廊下である事に気がついたまり子はあわててドアのカギをあけて、初めてタカオを部屋へ入れた。  タカオの荷物は薄汚れたリュックが一つだけだった。

  二人が少し落ち着いた頃・・ タカオがボソっと話し始めた。 「あの~ ボク家を飛び出してきたんです・・ それで、もう帰る家がないんです・・」 それを聞いたまり子は・・ 「え! そうなの? でも心配しなくていいのよ もうどこへ行かなくてもいいの! オバさんの・・ いやマコのこの家にいたらいいのよ・・ ずっとここにいていいのよ・・ いて欲しいの・・ マコが助けてあげるから心配しなくていいのよ・・ ここにいてね・・」 まり子はもう懇願に近い声になっていた。

 「お腹すいたでしょう・・」「はい!」「じゃあすぐ作るから、その間にそこのお風呂に入ってさっぱりしなさい・・ 下着は明日買ってあげるから、それまで・・ そうね、女物だけど新品だから、これ着ときなさいね」 「はい・・ありがとうございます」「あのね、そんな他人行儀なこと言わなくてもいいのよ、遠慮しないのよ・・」 

 それからマコは自分の為に買ってきた食材と冷蔵庫にあるもので、得意の鍋料理をさっさと準備するとコタツの上に並べた。 「さあ~ お腹すいたでしょう・・ お話しは後でいっぱい出来るから、さあ食べよう・・」  女物のパジャマを着たタカオが滑稽に見えたけど、そんなことより嬉しくてたまらないまり子だった。 話は夜明け前まで、途切れることなく続いた。 

 

  タカオの話は悲惨だった。 遠い親戚という人は、おばあさんの預金通帳を探し出し、それを全部引き出してしまうと、他にないのか・・?  と、タカ君に迫ったという・・ そして、食わしてやっているんだから、中学でたらオレと一緒に工事現場で働けよ・・ と、言われていたとか・・ 更にその家の1歳年上の男の子から、ひどいいじめを毎日のように受けていたとか・・ 養父は怒ると棒で殴り、酒を飲むと更に恐い人になるのでいつもビクビクしながら小さくなって過ごしていた様子を細かく聞いた・・ なんてひどい人たちなんだろう・・ まり子は怒りが収まらなかった・・

  疲れて眠りについたタカオを横に、まり子は次々と手順をメモし、頭はフル回転していた。  長年培った仕事の手順や段取りを立てるが如く、それに更に怒りと愛情が絡まってそのスピードは加速していた。

  朝9時になると、まり子は早速 かつてのお客様で今はいい飲み友達の弁護士、司法書士、社会福祉の主事、元警察署長、元学校長・・ と、次々と事情を詳しく話して相談し、必要な手配、手続きはすぐにとってもらっていた・・ みんなは、まり子が最近落ち込んでいる事情が分かり、迅速に手配してくれて、もうその日の夕方にはタカオの今の養父先にも警察関係者が事情を聞きに行ってくれた。

  そんなまり子の真剣な姿を一日中見ていたタカオは、その夜 あの汚れたリュックの一番底から油紙につつんだ封筒を取り出し、まり子に渡しながら・・ 「マコさん! これはおばあちゃんがまだ元気だった頃、ボクに渡してくれた物なんです」「なにそれは・・?」 「ボクは知らないんだ・・ でも、おばあちゃんがその時、<これはもし私に何かあった時、お前が最も信頼できる人と思った人に開けてもらいなさい・・> って言われたんだ。 ボクはマコさんに開けてもらいたいんだけど・・」「え! 私でいいの!」「はい!」

  まり子はゆっくりと油紙をはがしながら、取り出した封筒の中には分厚い手紙が入っていた・・ そこにはしっかりとした文字で・・ 自分がもしもの時に、一人残される孫の事を思い、タカオの詳しい成育歴から両親の事、父親がもうすでに親権を放棄していることや、遺す財産、保険明細からその関係先、更に押印した遺言状まで入っている・・ そして最後には、どうか孫をよろしくお願いします・・ と、それは切実な懇願の文面が綴られていた・・ 「タカちゃん! これは親戚の叔父さんには見せなかったのね」「勿論だよ・・ だってボク全く信頼してなかったもん・・」 「マコは信頼してくれるのね・・」「勿論だよ」と ニコニコしている。

  まり子は次の日も、それら祖母の手紙など持って関係先を回り、夕方 タカ君を連れて友人の弁護士事務所を訪ねた・・ そこには連絡を受けた関係者も加わり、祖母の熱い思いが伝わり、遠い叔父との縁組解除、祖母のお金の返還訴訟から、転校などを含むいろんな手続きは順調に進んだ・・ そして最後に弁護士はこんなことをアドバイスして、まり子を驚かた・・ 「マコちゃん! これは二人はもとより関係者や裁判所の同意などもいるけど、改めて養子縁組もできるんだよ・・ 「え! ようしえんぐみ・・? 私とタカ君が・・?」

  最初、何のことか分からなかったまり子は、弁護士の説明に目をくりくりさせていた。 ところがまり子が横にいるタカオに目をやると、ニコニコしながら ウン ウン! とOKのVサインを出しながらうなずいているので、更にビックリしてしまった。  それはその何分かのやり取りで、二人の養子縁組の可能性が、あっという間に整ってしまったのだった。

  数日後、まり子はタカオとおばあちゃんがいる施設に向かった。 認知症患者の病棟は、丁度お昼ご飯時だったけれど、事前に事情を話してあったので、まり子はタカオとおばあちゃんの席の前に座り話し始めた。「おばあちゃん! 元気だった?」とのタカオの問いに・・ 「この人はだれ?」という顔で、孫の顔を見ている。 まり子は挨拶して自己紹介をすると、ゆっくりとタカオとの出会い、いきさつ、経過、そしてここ何日の出来事、更にその後の事情、そして思い切って養子縁組の話まで一気に話した。

  施設の人も横で話を聞いていてビックリした様子だったが、「よかった! よかったわ!」と、手をたたいてくれたが、おばあちゃんは相変わらず だれの話か? 何のことかな・・? と、全く反応はなかった。 まり子とタカオは、予想はしていても少し寂しかった。「おばあちゃん! また来るからね・・」と、言いながら二人はドアへ向かった・・

 するとその時! 介護の人が 「あ!」と声をあげたので振り返えると・・ あのおばあちゃんが ヨロ ヨロと立ち上がり、まり子とタカオに向かって、深々とお辞儀をしているではないか? 「まさか!?」 まり子は涙でいっぱいになりながら、心を込めてお辞儀をした。 でも、おばあちゃんはすぐに座ると、またそれまでの無表情に戻ってしまっていた。

  箕面の森に夕陽がかかり、その木漏れ日が美しいシルエットを描いている頃、まり子とタカオは、いつもまり子が行くスーパーで夕食の買い物をしていた。 「今日は美味しいシチューを作ってあげるわ・・ 教えてあげるからね!」「ボク! あの美味い卵焼きも食べたいな・・ それにいつか、作り方教えてくれるって言ってたじゃない?」 「シチューと卵焼きか? 面白い組み合わせね  いいわよ! いっぱい教えてあげる けど、マコは厳しいから覚悟しとくのよ ハハ ハハハ 」

 そうだわ! 明日は久しぶりにあの才ヶ原池行って見ようか・・ ヤマザクラももう満開かもしれないし、お弁当をいっぱい作ってね」「じゃあ教えてもらいながらボクが作ってみる・・ 楽しみだな・・」  買い物袋を二人で下げながらスーパーの表へでた時だった・・ タカオがポツンと・・ 「ありがとう! ぼくのお母さんになってくれて・・!」「え!」 (まり子はもう涙でグシャグシャニなりながら・・・)「こちらこそありがとう・・ タカオ!」 

  家路に向かう二人の背後を、ひときわ美しい夕焼けが温かく照らしていた。 箕面の森に美しいウグイスの鳴き声が響き渡った・・・ 

 (完)