みのおの森の小さな物語     

明治の森・箕面国定公園の散策日記から創作した、森と人と自然に関わる短編創作物語集 頑爺<肇&K>

*夏の約束(1)

2021-07-17 | 第12話(夏の約束)

 箕面の森の小さな物語(NO-12)

<夏の約束>(1)

  「親父と歩いた箕面の山道は今でもよく分からないな~?  山の麓から小道を上り、やっとの思いでたどり着いた所に大きな山池があった事を覚えているが・・ 帰りは違う山道を帰ってきたので余計に分からない・・」

  冷たいビールを飲みながら大沢敏郎はしばし昔の思い出に浸っていた。 「あれからもう40年か・・・」と懐かしく回想を始めた。 箕面の山周辺も随分と変わったけど、敏郎にとってあの時の思い出は今も鮮明にしっかりと心に残っていた。

 「親父は外国航路の一等航海士だった・・ 確か大型貨物船だったな・・ いつもは家にいないので、他の家もそんなものだと思っていたけど、ある日 友達の家に遊びに行って、お父さんが家にいてびっくりしたものだ・・ それ以来、お父さんは家にいるのもので、オレの家のほうが変っているんだ! と思うようになったが・・ 父が航海から帰ってくるときはすぐに分かった・・ 少し前から母がソワソワし始めて、それまで余りしない化粧を始め、家の中がどことなく綺麗になっていくのですぐに分かる・・ 勿論オレもうれしいし待ち遠しくなってくるのだが・・ そして、船が神戸の港に着くと二人で迎えに行った・・ 父はオレを見つけると、いつも真っ先に抱き上げて頬擦りをするので少し恥かしかったな・・ でも、嬉しかった。  それにいつも見たことのない母の笑顔が好きだったな・・」

 「オレが小学校4年生の夏休みに、丁度父の船が神戸の港に入り、いつものように喜び勇んで母と共に迎えに行き、そしてまた父の胸に飛び込んだ  オレは手紙で約束していたセミ捕りを楽しみにしていたのだ  早速 次の日、まだ寝ている父を無理やり起こし、母に二人分の弁当を作ってもらい、網とカゴを持って、父の手を引っ張るように山へ出かけたな・・ 母はいつも家の裏に広がる箕面の山へは、一人では行かせてくれなかったから、道はさっぱり分からなかった。 しかし、父は子供のころからよく遊んでいたようでとても詳しかった。  夏の暑い日ざしが照り付けていた・・ しかし、一歩山に入ると木蔭で涼しかったよな・・」 敏郎は少し酔いが回ると目を閉じ、あの日の思い出は再びゆっくりと思い出していた。

 「父と手をつないで上っていた山道も、そのうちに狭くなってきてオレは父の前を歩くようになる・・ 急斜面では父が後からオレの尻を支えながら押してくれたので楽だったけど・・ あちこちでセミが鳴いていた。 父はあの鳴き声がミンミンと泣いているからミンミンゼミ・・ あっちの声はクマゼミ・・ ヒグラシの声も教えてもらった  オレは父のそばを一歩も離れまいと、手をつないでもらう事が嬉しくて嬉しくてたまらなかった。  いつもいつも友達は日曜日になると、お父さんと連れ立って遊んだり、野球をしたりしている姿が羨ましくて仕方がなかったから、それを一気にまとめて父に甘えたかったのだ  父の大きな手・・ それでオレの手を包むように握ってくれる事が嬉しかった。 そして、時々険しい岩の間を上ったりする時は背負ってくれた、その時の大きな父の背中・・ がっちりしてたくましい腕でオレを背負い、その安心感といったらなかったな・・」

  敏郎は今にもその背中にいるような感覚で思い出していた。 「やがてセミを捕り、カブトムシを捕り、蝶々も捕ってカゴの中はいっぱいになった。 オレは父と採集に夢中になりながらも、学校の話や友達の話などをいっぱいしたし、父はウンウンとうなづきながらみんな聞いてくれていた。 そして父もまた、立ち寄った外国の話をいっぱいしてくれたな・・ 船で世界中を回っているので、その話にはオレの知らない世界がいっぱいあって、興味は尽きず目を輝かしていつまでも聞いていた。  やがて3時間も山の中歩き回ったのでお腹がすいたオレに・・ 父は「もう少しだ・・ がんばれ!」と言いながらひと登りすると、そこは大阪が一望できる尾根だった。(後で勝尾寺南山と教えてもらった)

 家があんなに小さく見える・・ 広い! すごい すごい! と両手を広げて喜んだものだ・・ 父はここをオレに見せたかったんだな・・ と子供心にそう思った。  やっとお昼ご飯だ・・ 父と食べる、母の作ってくれた握り飯は最高に美味しかった。 父は遠くの山々を見渡しながら、嬉しそうにこんな夢をオレに話した。 「父ちゃんの夢はな~ お前が大きくなったら甲子園へ阪神の試合を見に行ってな・・ 帰りに焼き鳥屋で、お前と美味いビールを飲むことなんや・・ そんな時にお前とどんな話をするのか? 今から楽しみやわ・・」

  オレはそんな事がなんで夢なんかな? と思って聞いていたけど、父が嬉しそうに話すので、そんな父の姿を見ていて嬉しかった。 「そして もう一つはな・・ 母さんに、静かな森の近くに二階建てのええ家を建ててやることや・・」  父は遠くを見ながらまた嬉しそうに話していた。 オレはその日家に帰って、楽しかった父との一日を何度となく繰り返し、頭の中で思い出しながら眠りについたもんだ・・」

 「その年の夏休みのオレの自由研究は、父と採集した昆虫を標本にし 山の植物を分類して押し葉にして提出した。 先生に初めての優秀賞をもらい、それはいつまでも誇らしげにオレの机上を飾っていた。 あの日からあっという間に父の休暇が終わり、父はまた船に戻っていった。  一等航海士の父の制服は、改めて眺めると凛としていて格好良かった・・ そしてそれが最期に見た父の姿だった・・」

  敏郎はいつものようにここで涙が止まらなくなるのだった。  空になったグラスに再びビールを注ぐと一気に飲み干した。

 (2)へつづく


夏の約束(2)

2021-07-17 | 第12話(夏の約束)

箕面の森の小さな物語 

<夏の約束>(2)

  ビールグラスを片手に、敏郎は再び父との思い出に浸っていた。

「母の話では・・ あれから何ケ月後にかアフリカ最南端の喜望峰で大嵐にあい、仕事中甲板に出ていた船員が大波にさらわれてしまい、それを操舵室から見た父が、すぐに助けようとて自分も海に飛び込んだけれど・・ 二人とも行方不明となり、幾度となく捜索が行なわれたが見つからなかった・・ とのことだったな・・ 勇気と責任感のある父の行為には誇れるものがあったけれど、オレにはそんな事よりもどんな格好でもいいから、父には生きていて欲しかった。  母とオレは、来る日も来る日も、何日も何日も嘆き悲しんだ・・ 「お父さんは強いんだ・・ きっと生きている・・ きっと!」 それを信じて歯をくいしばって悲しみをこらえた。 しかし、こらえきれずに何度母と一緒に大声をあげて泣いたか分からない。 時がすぎてもオレは机上の父と採集した標本を見るたびに、短い夏休みの一日の思い出を繰り返し、繰り返し思い出しては何度も涙を流したものだ・・」

 

 敏郎はやがて中学、高校と箕面の学校を出て、京都の大学を卒業し、IT関係の仕事についた。 26歳で結婚し、翌年息子 和也が生まれた。 敏郎は自宅マンションに、あの父との思い出の標本を飾り、父親との思い出話しは妻には何度も何度も聞かせていた。 それだけに妻もその話しをいつも大切にしていた。 家族が思い出話しを共有する事で、敏郎はいつも父がそこにいてくれるような・・ いつかひょっこりと帰ってくるかもしれないような・・ そしたらまた一緒に山を歩きたいな・・ とず~とそう思いながら年月が過ぎ去っていった。

  息子 和也が小学生になった時・・ 「おとうさん! これなに?」と、興味深そうに標本を指さして言うので、敏郎は息子にとっておじいちゃんの思い出話しを聞かせた。  ふ~ん と言いながら聞いていたが、敏郎はこんな話を息子にできるようになって嬉しかった。 そしてそれはまさに息子が小学校4年生の夏休みに、敏郎は満を期して思っていた計画を実行することにした。 妻とも何度も話してきたので、敏郎がその実行日を言うと・・ 「いよいよね!」と言いながら、嬉しそうにおにぎり弁当をふたつ作った。 息子和也には、夏休みの課題をあの時と同じ「昆虫採集と押し葉」とし、お父さんが一緒に山へ行って協力してやるから・・ と約束していた。 そして和也も嬉しそうにしてこの日を待っていた。

  今時の子供たちは家でファミコンやゲームなど機械相手の遊びが主流で、敏郎も自分がIT関連業界にいるからか?  逆に休日は無性に野山の自然を求めたくなるので、時々息子と近くの森を歩くようになっていた。 でもあの父との時のように、自分の味わった感動や喜びを息子にも伝えられるだろうか?  そんなことばかり考えていると敏郎はプレッシャーになってきた。 「父とオレは違うし、オレと息子も違うんだ・・ いつもの自然体で行こう・・」 そう思うと少し気が楽になった。

  「さあ出発だ!」 あの日のように、外は30数度の猛暑・・ 敏郎は妻の作ってくれたおにぎり弁当を持ち、息子はあの日の自分のように網とカゴを持って、これから父と過ごす山歩きや昆虫採集に期待をふくらませて嬉しそうにしている。 そんな息子を見ていると、敏郎の頬にいつしか熱いものが流れていた。 それを見た妻が夫の肩を抱きながら ポン ポンと背中を叩いた。「行ってらっしゃい!」と、大きな笑顔で送り出してくれた。 「ありがとう・・」敏郎は心の中でつぶやいた。

 

  敏郎は昔父と歩いたあの道は分からなかったが、それでも地図を片手に記憶をたどりながら、外院の山里から田畑の畦道を通り,やがて小さな池の横から勝尾寺へ抜ける旧参道を上り、ウツギ池へで一休みした後、茶園谷からしらみ地蔵前を経て自然5号路を上り、あちこちと回りながら、やがて勝尾寺南山(407m)の三角点のある眺望のいい所でお昼にした。  敏郎はここまでに息子と二人してセミや昆虫に蝶々を捕り、二つのカゴはいっぱいになっていた。 種類の違う羊歯(しだ)の葉も、持ってきた新聞紙に上手く包んだ。 そしてその間敏郎はいろんな話を息子としていた。

 敏郎は父親がいかに日々の子供の生活が分かっていないか?  実感する羽目になってしまったが、次々と喋る息子を見ながら・・ あの日も父はず~と自分の話を嬉しそうに聞いていてくれた事を思い出していた。  岩場では息子を背負って登った・・ 和也は最初は恥かしそうにしていたが、そのうちしんどい所はせがむようになり、敏郎は甘える息子にかつての自分を見ているようだった。 そしていよいよ敏郎はあの日と同じように、息子に自分の夢を語るときがきた・・ 「お父さんの夢はな~」 

 

  あっという間に年月が経ち、和也が成人式を迎えた20歳の夏の事・・ 敏郎は甲子園球場での<阪神X巨人戦>のチケットを2枚用意した。 それは何年も夢見た日だった。 敏郎は和也に黙ってそっとそのチケットを渡した・・ 「オ-- !」 彼はその意味をすぐに理解すると・・ 「OKやで!」とVサインをしたのだった。

  敏郎はその日、いつになく興奮していた・・ 父が果たせなかった夢を今,息子の自分が自分の息子と果たそうとしていることが・・ 「上手くいくかな・・?」 ワクワクすると共に少し心配,不安もあって落ち着かない・・ ソワソワしている敏郎を、和也はニコニコして楽しんでいる様子だ。  薄暮の甲子園球場、阪神の大応援団が陣取る外野席に敏郎はとうとう息子と並んで座った。 「父はこうしてオレと座りたかったんだな・・ そのオレは自分の息子といま並んで座っているんだな・・ 」 

 何とも不思議な感覚がする・・ あの時、そんな事ぐらいでそれが何が父の夢なのかな? と、思ったものだが・・ 父には父なりの思いがあったのだろうな・・ 敏郎がそんなことをボンヤリ振り返っていると、いつしか大粒の涙が頬を伝っていた。 しょうがない親父だな!」と言う顔をしつつ 和也がニコニコしながらそっとハンカチを渡してくれた。  何度も何度も父親から祖父の話しを聞かされてきて、事情を知ってる和也にしてみたら、やっとその義務を果たせたと言う思いがあるのかもしれない。 横でクスクスと笑っている・・ 「そうさ、お前には分からんよ・・ でもな、ありがとう! ここまでよく育ってきてくれた・・ よくオレと一緒についてきてくれたな! ありがとうよ・・」 敏郎が心の中でそう叫んだ時だった・・

  4番 金本が、逆転の大ホームラン を放った!

 球場は割れんばかりの大歓声! 特に外野席は地響きのするすさまじい勢いだ。 

 バンザイ! バンザイ! バンザイ!

そして、あの<六甲おろし>が5万人を超す大球場に高らかに響き渡った。 声を限りに歌った・・  手を取り合って喜びを爆発させながら・・ 「親父! 天国から見てくれてるやろ・・ これやったんやな! 親父がオレと過ごしたかった甲子園やで・・ 親父の夢がいまかなってるんやで・・ 敏郎は感激と感動の涙でぐちゃぐちゃになりながら天を見上げた。

  帰り道、敏郎は和也と近くの焼き鳥やで乾杯した。 大ジョッキを二人とも一気に飲み干した・・ こんな美味いビールは初めてだった。 楽しい! むちゃくちゃ嬉しい! 美味い! しょっぱい涙が次から次へと焼き鳥にかかり、塩つけしている・・ 「またかいな・・」言いながらも、息子も嬉しそうに笑っている。

 やがて 敏郎は息子にいろんな話の合間に将来の夢を聞いてみた。 「オレ 初めて言うけど、外国航路の大型客船で働きたいんや! おじいちゃんの制服姿に子供の頃から憧れとったんや・・」 なんということ! これも隔世遺伝とでも言うのだろうか?  敏郎は自分と違う息子の夢にあの父の夢をみた。

 

  次の日、敏郎は箕面の森の麓に新築中の我が家を、妻と共に見に出かけた。 あと一ヶ月ほどで完成するのだ。  敏郎は同居する80歳になった母の部屋に、父とのあの思い出の標本を飾る事にしている。 そして母の部屋の窓は、あの父と登った外院の森に向けてつけておいた。

 「親父! もういつ帰ってきてもいいぞ・・」

 箕面の森に真っ赤な夕陽が眩しく輝いていた。

 (完)