みのおの森の小さな物語     

明治の森・箕面国定公園の散策日記から創作した、森と人と自然に関わる短編創作物語集 頑爺<肇&K>

*森で人生の一休み(1)

2021-04-29 | 第18話(森で人生の一休み)

 箕面の森の小さな物語(NO-18)

* <森で人生の一休み>(1)

 「辞令! 浜崎 啓介 4月1日より大阪業務センター 第4業務室勤務を命じる」

 3月下旬のこと、啓介は突然 箕面・船場にある本社の専務室に呼ばれた。 「何かあったのかな?」 当然、仕事上の指示かと思い専務室のドアをノックした。  入室するや否や突然に専務は激しい口調で啓介を罵り始めた。 

 「ちょっと待ってください! 一体何の話ですか?」 啓介の問いにも全く耳をかさず、一方的な叱責がしばらく続いた。  その内容は全くの濡れ衣で自分の担当外のこと、まして責任など論外の話だった。 「何かおかしい?」 考える暇もなく、専務は啓介に有無を言わせずおもむろにあの辞令が読み上げられたのだった。  

「何かの間違いだ? 夢か?」 それは事実上の退職勧奨追い出し部屋行きのことだった。 「まさか? なんでこのオレが? そんなバカなことがあってたまるか」 啓介は心の中で怒り、叫びながら、呆然と専務室をでた。

  啓介の勤務するレストランチャーン グッドスター社は同族会社で、創業者夫婦が会長、副会長、その長男がボンクラ社長、専務の娘婿が実質上の権限を持ち、次男が副社長、長女が常務、以下親族郎党が全ての役員を占めていたが、なぜか3男・三郎だけは冷遇されていて箕面業務センター勤務だった。  しかも いつも3男は役員らから叱責ばかりされて能無し扱いにされていたが、人一倍勉強熱心で謙虚、それに物腰も柔らかく誠実な人柄は、仕入先や社員から最も信頼されている不思議な存在だった。 啓介も15歳で入社した時から、時々声をかけられ気にかけてもらい、どれだけ励まされてきたか分からなかった。 それだけに専務室を呆然としながらでた啓介は、その事をその3男・三郎に相談しようと考えたが・・・やめた。  同族で実力者の専務の辞令をひっくり返す事など、到底不可能な事は分かっていた。

  啓介は47歳になった。  箕面の中学校をでてすぐに、この外食産業の会社に入った。 そしてこの企業内学校にて仕事を覚えながら、通信制の高卒資格を得ていた。 啓介ら企業内学校で育った若い力は、その後の高度成長にのって全国各地の現場責任者や店長として活躍していた。 そしてバブル景気にも支えられ、正社員1500人、店のパート、アルバイトを含めると9000人を越える大きな会社に成長していた。

 啓介の最初の勤務地は東京・六本木の東京研修センターに併設された地域一番店だった。 そこで食材の調達、調理、キッチンからホール、接客サービス、経理から店舗運営に至るまで、みっちり6年間働きながら学んだ。 そして22歳の春、渋谷に出来た新店の副店長となった。

  その頃の事だ・・ ある日、賑やかな女性4人連れのお客様が来店され、啓介が席をご案内したときだった。 「あれ! もしかして・・?」「あっ 貴方は・・」と双方ピンとくるものがあった。

  それは啓介が箕面の中学2年の時のことだった。 運動会で借り物競争があり、それは走ってランダムに紙切れをとり、そこに書かれている内容のものを借りてゴールを目指すというものだった。 「よーい ドン!」で啓介が取った紙には・・ (女性の手を借りてゴールすること・・)「まさか! 今日はオレのおかんは仕事で来てないし・・ どないしょ?」  ウロウロしていた時、目の前で友人らと笑い転げている女の子がいた。 この子なら頼めるかな? と思い、切羽詰って紙切れを見せて頼んだ。 「いいわよ!」と あっさり了解してくれ、手をつないで一緒にゴールした。  結果は2位だったが、それ以上に啓介は初めて女の子と手をつないで走ったことが嬉しくて恥ずかしくて顔を赤らめた。

  あれから箕面のCDショップで偶然出会って立ち話をしたけど、どうやら隣町の中1の子で、あの日 従兄弟の運動会に遊びに来ていたとのことだった。 あれ以来の二人の出会いだった。  彼女は友達らと東京デズニーランドへ遊びに来ての帰りとのこと。 すっかり美しい女性になり、啓介の心を一瞬にして捉えてしまった。 啓介はみんなが食事を終えた後で、その子とメールを交換し、お互いに偶然の再会を喜んだ。 

  それから半年後、二人は遠距離恋愛を実らせスピード結婚したのだ。 啓介22歳、新妻の明美21歳 若い二人の幸せの秋だった。 

 あれからもう25年が経ち、二人は今年銀婚式を迎えていた。 長男は23歳となり、長女22歳、次女も今年で20歳となり、各々が仕事をもち、家を離れ自立したばかりだった。 今年からは夫婦二人暮らし・・ 少し寂しいながらも昔に戻ったような気分で生活を始めたところだった。

  啓介は今まで自分の順調な仕事に誇りを持ち、自分の人生が豊かで幸せに満ちたものであることに満足していた。 それに今 取り組んでいるのは会社の次期主力店舗の業態開発であり、啓介が中心となってその大型企画を進めている最中だ。 「それなのになぜ? 何があったというのだ?」  あのリーマンショックや円高、株安、その他国内外の外的要因もあり、更には食の多様化、時代ニーズの変化、他業種からの参入などで既存の外食産業は厳しい経営に陥っているのは事実だ。  だからこそ我が社も起死回生を図らねば・・ と頑張ってやってきたのに・・ 啓介は半ば夢遊病者のようにフラつきながら家路についた。 しかし、妻には言えなかった。 自分でさえまだ信じられなかったからだが・・

  4月1日 啓介は重い足を引きづりながら、箕面・船場の業務センター第4業務室の戸を開けた。 そこにはすでに10数人の社員がいたが、かつて先輩が言っていたように全員がうつろな目をし、手持ち無沙汰な様子でウロウロとしていた。 「なぜオレがここにいるんだ・・ なぜなんだ・・?」 啓介は怒りと絶望感で呟き続けた。

  結局あれから二ヶ月足らずで啓介は会社を辞めざるを得なかった。 どう頑張ってみたところで、この部署で先を見通すことなど出来なかった。 「すぐに次の職場をみつけるさ~ それから妻に伝えても遅くはないし~」 啓介は自分にそう言い聞かせていた。

  7年前、40歳になった時に、啓介は箕面・彩都の新しい街に3LDKのマンションを買っていた。 初めて手にする自分と家族の城に満足していた。 しかし、まだローンの返済はこれからだ。 あの頃は、定年前には無理なく完済できる予定だったのに・・ 「まあ 何とかなるさ~」 半分は不安ながらも、まだこの時は気楽に考えていた。 

 啓介は退職した次の日から、毎日ハローワークに通った。 求人誌も手当たり次第に見ては履歴書を書き、次々と応募した。 しかし、60余件ほど応募したが、面接にこぎつけたのはうち3件だけ。 それも3件とも数分で「うちでは難しいですね」とか、「ちょっと無理かな」 そして「不採用・・」と言われた。 啓介は焦った・・ 腹も立った。 「このやりきれなさは何なんだろう?」

  それから更に一ヶ月ほど、同じような状態が繰り返された。 すぐに次の職を見つけるさ! との目論見はあえなく挫折し、余りにも厳しい現実の社会に打ちのめされた。 それまでのプライドはズタズタに引き裂かれてしまった。 「しかし・・ 何とかせねば・・」  毎朝、啓介は自分に鞭打ち、妻に見送られながら会社に行くふりをして定時に家を出ていた。

  啓介が倒れたのは、その数日後だった。  いつもの通り二人で朝食後、出かける支度をして玄関に出た所で急に崩れるようにして倒れた。 明美がビックリして「すぐ救急車を・・」と言う言葉を制し 「ちょっと待ってくれ! 大丈夫だ! 少し休んだら出かける・・」と、ひとまずベットで横になった。

 明美は最近夫の状態がおかしいと感じていたが、「ちょっと今忙しいからだ! 大丈夫だから・・」 と言う夫の言葉を信じ、何かあればちゃんと話してくれるだろう・・ とわざと平然と日常生活を過ごしていたのだが・・ 「何か会社であったのかしら・・?」

 昼前、落ち着いたところで明美は嫌がる夫を連れ、近くの内科へ診てもらいに出かけた。  先生は症状、状態を診た後・・「すぐに今から紹介状を書きますから、別の先生に診てもらって下さい」と言われた。 「えっ 一体何なんだろうか  何かおかしいわ?」 明美は少しふらつく啓介を車に乗せると、紹介された箕面市内の心療内科へ向かった。

 診察後、先生から・・ 「・・うつ病ですね  当面この薬を飲んで体を休ませてください  しばらく仕事は休まれて安静にして過ごしてください・・ 何か変化があったらすぐに知らせてください・・」 明美はうつ病という名前は知っていても、いつも他人事だった。 「まさか主人が・・ なぜなんだろう? 何があったの?」 帰宅しすぐに貰った薬を飲んでベットに入った啓介は、それから二日ニ晩眠り続けた。 心配になった明美は、途中何度か起こして水を飲ませたり、トイレに立たせたりしたものの、啓介は昏々と眠り続けた。

  三日目の朝、明美が起きる前に啓介はもう目を覚ましていた。 「ああ~ よお寝たな~ 腹へったわ・・」 啓介は妻の作る朝食を次々と食べながら、それまでの強固な防波堤が一気に崩れるかのように、たまり溜まった事実の山を妻へ話し始めた。  退職した事、ハローワークに通い応募した先から次々と断られた事、プライドも人間性も否定され辛かった事、あがいてもがいて苦しかった事、「もうオレはダメ人間や  社会では受け入れられないクズ人間なんや  もう生きる望みも無くなってしまった・・」 そして、何度かビルの屋上を見上げていたり、電車の踏み切りで佇んでいたりしたこと・・ などを素直に妻に話した。

  黙って全てを聞いていた明美は、涙をポロポロ流しながら静かに立ち上がると、座っている啓介をそっと抱きしめた。

(2) へつづく


森で人生の一休み(2)

2021-04-29 | 第18話(森で人生の一休み)

箕面の森の小さな物語 

 <森で人生の一休み>(2)

  明美は夫を静かに抱きしめながら二人で涙を流した。 「けいちゃん 辛かったのね・・ ごめんね!  私 気がついてあげられなくてね  でももういいのよ  貴方の今までの仕事ぶりは私が一番良く知っているわ  子供たちもみんなしっかりと自立したじゃない・・ 私は幸せよ  みんな貴方のお陰なのよ 本当に感謝しているわ  だから今はゆっくり休んでね  これは神様からのきっと贈り物だわ  きっとうまくいくわよ  私はいつまでも貴方と一緒よ  いいわね  さあ 笑って 笑って!  私ね けいちゃんの笑顔が大好きなのよ  昔、渋谷の店で貴方を見たとき、誰よりも素敵な笑顔で接客していたけいちゃんに一目ぼれしたんだからね・・ それに私ね 実はヘソクリ上手なのよ 貴方に黙ってたけどたっぷりあるの  だから一年や二年収入がなくても私ヘッチャラなのよ・・」 啓介はやっと笑いながら、もっと早く妻へ全てを話すべきだったと思った。

 「そうだわ 次の日曜日 子供たちも呼んで、昔2、3度行った箕面の滝へ一緒に出かけてみない?  森の中を歩くのも気持ちいいんじゃないかしら・・」 明美は人の力より、今 大自然の力が必要だと直感したからだった。  子供たちには電話で父親の失業とうつ病のこと、今の状況を詳しく正直に話し、それもあって・・ と 一緒に箕面の滝行きを誘った。  

 

 日曜日の朝、三人の子供たちはそれぞれ少し心配顔をしながら集まってきた。  しかし、表面はみんな明るくし20数年ぶりに家族5人揃って箕面駅前に向かった。 啓介は全く気が進まなかったが、妻や子供たちに心配かけたことと、今まで仕事ばかりで家族みんなが揃って遊びに行くことなど無かったので渋々ながら腰をあげていた。

  真夏の太陽が照りつける暑い日だが、瀧道から一歩森の木陰に入ると予想外に涼しかった。  賑やかなセミの大合唱に負けじと大声で喋り、カジカ蛙の鳴き声をみんなで真似てみたり、つるしま橋から箕面川に下り、裸足になって川遊びをしたり、緑の森の中で明美が作ったお弁当を広げ、昔話に花を咲かせたりした。  丁度、瀧安寺前広場では「箕面の森の音楽会」が開かれていて、みんなで手拍子をしながら音楽を楽しんだ。 

 夕暮れになると、箕面川渓流に飛び交うホタル を追ったりして一日 家族五人が楽しい一時を過ごした。 「今日 来てよかったね お父さんの笑顔を久しぶりに見たわ」  家族が一つになれたような心地よさをみんなが感じていた。 そして啓介と明美の新しい二人の人生がスタートした。

 

  啓介は家族揃って歩いた瀧道の光景を思い出しながら、少なからず感動を覚えていた。 「箕面の山や森を一人で歩いてみたいな~」 その気持ちを明美に素直に伝えた。 「それはいいわね  私美味しいお弁当を作ってあげるわ  貴方の好きなコーヒーもポットに入れてあげるわ・・」

  数日後、啓介は明美が渡してくれたランチボックスを手に、初めて箕面の山への一人歩きに出かけた。  本当は明美も心配で一緒について行きたかったけど、事前に相談した心療内科の医師からは・・ 「それはいいことですよ 大自然に接する事は大切です うつの改善に効果的との臨床結果もちゃんとでていますから、ぜひどんどん行かせてあげて下さい・・」と言われていた。  それでも心配は尽きなかった 「一人で大丈夫かしら?」

  啓介は明美に箕面・外院の交差点まで車で送ってもらった。  事前に明美は箕面の山をよく歩いている友達から、山の地図とコースを教えてもらっていたので助かった。

  啓介が歩いて外院の山里に入ると、すぐにのどかな田園風景が広がっていた。 なぜか初めての山歩きなのに、今までに無いワクワク感を覚えていた。 もう何十年とこんな穏やかな風景を見たことがなかった・・ と言うより仕事、仕事で心も目も見て見えなかったのだろう。

  水田には青々とした稲が育ち、畑では家庭菜園のご夫婦連れが野菜の手入れをしている・・ ナス、キュウリ、カボチャ、トマト、トウモロコシ・・ いろんな作物が夏の太陽をいっぱいに浴び、元気に育っている。 生き生きとしたその実りに啓介は目を輝かせ、しばし佇みながらそんな懐かしい田園風景を楽しんだ。 「みんな 生きているんだな・・」

  外院の山里から細い山道に入った。 すぐに穏やかな登りが続く・・ 体力がないのか? すぐに息切れる。 しかし、その都度一休みしながら深呼吸して見上げると、今まで見たことのないような深い緑豊かな森が広がっている・・ そこに一筋の木漏れ日が差込み幻想的な光景が生まれ、野鳥が飛び交いさえずっている。  風が吹くと枝が揺れ、葉が舞い、まるで森が自分を歓迎してくれているかのような感動を覚える。  啓介は一歩一歩山道を踏みしめながら、大自然の営みに感動しつつ、なぜか涙が零れ落ちた。

  やがて丸太を組み合わせた素朴なベンチが見えてきたので一休みにした。 汗いっぱいの額をタオルで拭いながら・・ 「この爽快感はなんなんだ?」と、初めて歩く森の風景に感動していた。  水を飲みながら足元を見ると、子供の頃に図鑑で見たような昆虫がノシノシという感じで歩いている。 目の前を黒い大きなアゲハ蝶が飛んでいった・・ 前方の松の枯れ木のてっぺんから姿は見えないが ホーホーケキョ~ と鶯の鳴き声が森に響いた・・ すごい声量に感激する。 横にはピンクの見慣れない花が風に揺れている・・ 「きれいだな~」

  ボンヤリと遠くを眺めていると・・ 何か先で動くものが・・? 「あっ あれはモノレールでは?」  いつも啓介が彩都の駅から千里中央駅まで通勤で乗っていた電車が走っているのが見える・・ 「と 言うことは、この左方が自宅マンションか?」 啓介は自分の位置関係を知り、住む家の窓からいつも見ていた山を今自分が歩いている事に感激していた。

 (彩都は10数年前に街開きした新しい街で、箕面市と茨木市にまたがる743ha、予定人口5万人、大阪大学・箕面キャンパスや粟生間谷住宅地に隣接し、住宅以外に生命科学、医療、製薬などの研究施設と関連企業も進出している国際文化公園都市だ。)

  啓介はゆっくり腰をあげ再び山道を登った。 やがて二ヶ所目の丸太ベンチが見えてきたのでお昼にした。 啓介は妻が朝作ってくれたランチボックスを広げた。 「ピクニックに来たみたいだ・・ ハラ減ったな! おっ 美味そうだ」 好物の卵焼きとサツマイモ、マメなどと可愛いおにぎりが4個入っている。 啓介にとってこんな空気のいい森の中で、しかも自然の感動や感激を味わった後での食事は最高に心癒された。

  しばらくすると食べている頭上で急に鳥がさえずり始めた。 ツーツーピー ツーツーピー 啓介は生まれて初めて身近で聞く野鳥の鳴き声に聞き入った。 「いいもんだな~ そうだ!」 食べていた芋の端切れを手のひらに載せて上に掲げてみた・・ すると何と! 二羽の野鳥がやってきてその一羽が啓介の手に乗りその芋を口にくわえて飛び立った・・ 「あっ 落とした」 それを拾ってまた手のひらに乗せているとまたやってきて親指にとまった・・ 「すごい すごい!」 啓介は親指に野鳥の足のつめを感じながら、その感激にうろたえた。 次は上手く口にくわえ森に飛んでいった・・ その後をもう一羽が飛んでいった。 「あれは恋人かな? 夫婦かな?」 今頃二羽で仲良くあの芋をついばんでいると思うと笑みがこぼれた。 「こんなフレンドリーな野鳥に出会えるなんて・・」 啓介はしばし自然の営みに感動し動けなかった。 (家に帰って子供の図鑑で調べてみたらそれは ヤマガラ だった)

  我に返りランチボックスを片付けていると、下からメッセージカードが出てきた・・ 妻からだ・・ 「けいちゃん 何十年ぶりかで貴方にラヴレターを書きます。 少し恥ずかしいわね。 でも私が貴方をずっと愛していること、子供達も貴方が大好きな事を伝えたかったの・・ 貴方が仕事をしなくとも、何もしなくても、どんな格好でいようとも、貴方がいてくれるだけで、私も子供達も幸せなのよ。 そして家族はみんな希望を持って生活できるの。 貴方は一人じゃないのよ。 3本の矢の話があるじゃない・・ 一本では折れてしまうけど、私たちには5本の矢があるのよ。 絶対に束ねたら折れることはないわ。 だから安心してゆっくりと山歩きを楽しんでね。 そんな貴方を見ているだけで、私は幸せなのよ。 いつまでも愛しているわ・・・ 明美」 啓介の目から涙があふれ止まらなかった。

 その日 帰宅した啓介は、照れながらも妻のラヴレターが嬉しかった事を素直に伝え感謝すると、一日森の中であった出来事を一気に話し続けた。 「けいちゃんの目が生き生きしているわ これなら大丈夫だわ・・・」 明美は心底安堵した。

 

  やがて啓介は息子や娘が買ってくれた山歩き用の靴、ウエアー、ストックにリュック、万歩計などを身に着け、毎日のように箕面の山々へ出かけていった。 明美はその都度、あの心療内科の先生にその日の状況を連絡し、相談していたが、先生は・・ 「~どんどん行かせてあげてください。 自然の力は人間の知識や知恵など人知をはるかに超えた最高の治癒力をもっています。 薬などと違い副作用もなく安心ですからね・・」 と応援してくれた。

  啓介のお気に入りは、箕面の山々から大パノラマの広がる大阪平野を眺めながら、妻の作ってくれたランチボックスを開くことだった。  特に教学の森の<わくわく展望所>やその少し上の<あおぞら展望所>は、その名の通り、木を切り開いただけの何もない所だが、ここからの180度見渡せる眺望はすごかった。  お天気のいい日には、西は神戸、西宮、その先の淡路島、四国の島影も見える。 大阪湾の波間に大型タンカーの姿が見えるし、その先の関空島、その先の和歌山の方までも見えるのだ。 南には林立する大都市・大阪の高層ビル群がみえ、東にかけては奈良の山々、金剛山、生駒山 そして京都の山並みまで一望できる。

  啓介の生まれ育った箕面の家、学校、遊んだところ、勤めた会社、関係した店舗や仕事先、それに妻と出会った中学校の校庭から家族との思い出の場所なども上からみえる・・ すぐ先にみえる大阪国際空港の滑走路から一機の大型旅客機が飛び立っていった。

  ここから下を眺めていると、自分の過ごした人生の大半の場所を見下ろすことができ、走馬灯のようにその一つ一つがよみがえってくる。 天上からみれば、こんな小さな狭い街であくせくしながら悩み、苦しんできたのか~ と最近の自分を省みていた。

  ランチボックスにはいつも妻・明美からの温かいラブレターが入っていて、啓介はそれを涙を流しながら読んだ。  そして、いつしか心の底からじわじわと湧き出る活力を感じていた。 こうして啓介は、箕面の山々を歩きながら妻に励まされ、大自然からの感動や感激を味わい、いろいろと人生のパラダイムの転換を体験し、心身ともに元気を取り戻していった。

  季節はいつしか夏から秋、そして初冬に移っていた。  啓介はこの半年ほどの山歩きですっかり顔つきが変わり、健康的で柔和、穏やかな顔に変わっていた。 話し方も、いつもせわしなかったがゆっくりと、力強い自信のある話し方に変わっていた。 行動もバタバタとした動きから、いつしか静かで落ち着きのある動きへと変わっていた。 あの切迫感、威圧感、焦燥感といったものや、油ギラギラの闘争心も消えていた。

  明美は久しぶりに啓介を連れ、あの心療内科を訪ねた。 「この分なら余り無理をしない程度に、ゆっくりと求職活動を再開されても問題ないでしょう・・ それにしてもすごいですね」 と医師はその短期間での変わりように驚いていた。 啓介は半年ぶりにハローワークを訪れた。

(3)へつづく


森で人生の一休み(3)

2021-04-29 | 第18話(森で人生の一休み)

箕面の森の小さな物語

 <森で人生の一休み>(3)

  半年ぶりにハローワークを訪れた啓介は、それから一ヶ月ほどの間に3社の紹介を受け、面接に望んだ。

  AP社では、200人以上の応募者があり、午前中のペーパーテストで70人に絞られた。 それは英語や数学、理科系の問題から一般常識など幅広く、啓介は習った事も聞いた事もない言葉や問題に戸惑った。 しかし、それでも何とか70番目のどん尻で一次試験をパスした。 

 昼からの試験は論文形式だった。 「自分が今最も熱中している事は何か? その意義と問題点について述べよ」 啓介は迷うことなく、この半年間過ごしてきた箕面の山歩きと、自然から受けた感動や感激、それにより自分の人生観が変わった事、それをこれからの実生活で活かしていくことの意義や問題点について、2時間の制限時間以内に存分に書き綴った。

  3日後、電話で「2次試験にパスしたので、次の役員面接に・・」との通知があった。

  当日、AP社の会議室に座ったのは、二次試験にパスしたという7人だけで啓介は少しビックリした。 居並ぶ面接役員の前で、社長から啓介に言われたのは・・ 「仕事以外のことで、これだけ理路整然と自分の気持ちを素直に書いたのは貴方一人でした とても意欲的で感動的でした 全員の心に響くものがありました」 と、笑いながらのコメントがあった。

  啓介の応募したAP社は、今まで自分の働いてきた会社とは縁のないIT関連だったが、その豊富な資金力を使い経営の多角化を図り、外食産業への進出を考えているからとのことで応募したのだった。

  二次面接は仕事に対する姿勢、専門職の世界観など多岐にわたった。 しかし啓介はあの時の経験が役に立った。 それはグッドスター社に入社して10年目に、アメリカのコーネル大学で開かれた外食産業の研修プログラムに会社から派遣され、半年間デンバーで過ごした事があった。 この大学には日本にないホテル・レストラン学部があり、世界中から若い人たちが研修に訪れていた。 啓介は主に外食産業の新業態開発を勉強し、時間を見つけてはアメリカの急成長店舗を巡り、自分なりの研究もしていた。 だからこそ、本社で今までの国内店舗での経験を携え、新たな使命感をもって、会社の新事業企画に全力をそそいでいたのに・・ それなのに。  でも、もうそんな悔しさも徐々に薄らいでいたが、この面接に活かす事ができた。

  役員面接が終わった翌日、AP社から「採用内定」の連絡があった。 実はこの日、他のB社、C社からも内定通知があり、啓介は妻と共に手を取り合って喜んだ。 そして啓介は妻と相談し、あの社長コメントが嬉しかった事と、何かピンとくるものがあってAP社にお世話になる事を決めた。  ほんの半年前、あの暑い日に汗だくで何十社も訪問し、連日不採用通知を受け取り、もう生きていくのさえ嫌になり、息たえだえになっていたあの日々を思うと、夢のような隔世の感があった。

  啓介はAP社に正式に採用され、本社・新規事業開発部門で外食事業担当となった。 直属の上司は社長だった。 自分より若い社長だが、即断即決型で次々と新企画を軌道に乗せていった。

  そして一年後、ある案件が入ってきた。  会議室でその名前を聞いて啓介は驚きのあまりのけぞった。 かつて自分が30年間働いてきたグッドスター社だった。 社長はM&Aを実施し、買収するかどうかの検討チームに啓介を加えた。

  次の週、AP社の社長と検討チームはグッドスター社を初めて訪問した。 啓介にとって、2年ぶりに訪れる本社ビルは懐かしくもあり、複雑な思いにかられた。 案内された社長応接室に入るのは初めてだった。

  グッドスター社は巨額の債務超過に陥り、もはや銀行からも見放され、外部からの資金導入以外に生き残る道はなかった。 グットスター社全役員12名が居並ぶ中、AP社側4名が対峙した。 名刺交換をしたとき、2年ぶりに会うあの専務は「まさか お前!?」と啓介を睨みつけた。

  交渉が始まった。 先ずグッドスター社を代表し専務から、いかにこの会社が素晴らしい会社かと延々と説明があった後、身勝手極まりない条件を提示してきた。 

 AP社の事前資料にはグッドスター社が傾いた原因の一つに、新規事業の大失敗があった。 当時 啓介が担当していた業態開発部門の後任に、業界では名の知れた他社の大物を破格の高給でスカウトし就けていた。 あの専務が啓介を突然 理不尽な理由をつけて退社に追い込んだ事情がそれで分かった。 しかし、そのスカウトした大物は次々と失敗を繰り返し、巨額の損失を出していた。 そしてそれは専務の仕組んだ新規事業計画が大失敗に終わった結末だった。

  初交渉から日を重ね、4回目のM&A交渉の前だった。 事前に啓介は社長から・・ 「グッドスター社のいろんな問題点を精査し、思い切った経営改善策を作成するように・・ 全責任は私が負うから、それを次の交渉で具体的に示すように・・」との指示を受けた。

  啓介は中学校をでて15歳で入社し、45歳で退職するまで30年間下積みを重ね、裏の裏まで知り尽くした前会社の経営体質、同族人事、システム上の欠陥、仕入体制、店舗サービス、人材の育成など156もの改善策を詳細にまとめ上げた。 

  当日、啓介は居並ぶ12人のグッドスター社経営陣を前に、一つ一つを詳細に説明し、問題点を鋭く指摘し、大胆な改善策を次々と提示した。 それらの事柄全てが的確な指摘であり、全役員がグーの根もでなかった。 そして最後に啓介は強い口調で付け加えた。 役員ではないがあの三郎氏(3男)を残し、「同族役職員の引退、経営陣全員の退陣を求める」とし、経営の抜本的刷新を求めた。

 最後のその言葉を聞いた経営陣全員が青ざめた。「まさか そこまで・・」 特に専務は真っ赤な顔をし、大声で怒りをあらわにした。 喧々諤々の怒り声があがり、その撤回要求があがった。 しばらくしてAP社の社長が静かに立ち上がった。 「ただ今弊社の浜崎啓介が述べ伝えた事を100% 受け入れられない限り、当社は本日を持って貴社とのM&A交渉を打ち切ります」と告げた。 ここで交渉を打ち切られるとグッドスター社の倒産は必至だ。 更に全役員は株主から個人的にも損害賠償請求で告訴される可能性が高い。 そうすれば大きな借金まで個人的に背負わねばならなくなるのだ。

  一週間後、AP社がクッドスター社に示した条件はそのまま100%受諾され、М&Aが正式に成立した。 しかも、当初 AP社が用意していた買収額の三分の一の額で買収が完了したのだった。

  啓介はその後、AP社の外食事業部門の責任者となり、買収したグッドスター社を含め、子会社化した数社の社長を兼務する事になった。 「グッドスター社の実務は副社長に就けたあの三郎氏に任せておけば大丈夫だ、社員や取引先からも絶大に信頼されているからな・・」

 

  日曜日・・ あの教学の森の<あおぞら展望所>には、啓介と明美の姿があった。  二人並んで座り、目の前に広がる大阪平野を眺めていた。  恵子が朝作ったランチボックスを広げると・・ 「これは美味そうだな・・」 啓介は早速好物の玉子焼きとサツマイモを両手につまみ口に運んだ。

 明美は啓介の肩に頭をのせ、遠くにキラキラ輝く大阪湾を眺めながら・・ 「また私 けいちゃんにラヴレター書こうかしら? それとももういらない?」 と笑いながら啓介の顔を見た。

 二人が並ぶ箕面の森の頭上を二羽のヤマガラが仲良く飛んでいった。

(完)


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*箕面の森の埋蔵金(1)

2021-04-21 | 第23話(森の埋蔵金)

箕面の森の小さな物語(NO-23)

 <箕面の森の埋蔵金>(1)

 「今からもう何十年前の昔の話しやがな~ 箕面大瀧までの瀧道沿いに、多くの高級料亭や旅館、それに企業の保養所、金持ちの別邸なんかあったらしいわ~ そんでな、ある金持ちのその別邸で不思議な噂話しがあったんや・・ と」

  高橋杜夫は、意味深長な言い回しで、同僚の山口健に話し始めた。 二人は会社の同期で、若い頃から気が合い、時々一緒に飲んでは仕事のグチ話しや憂さ話しをしたりしていた。 金曜日の夜になると、いつもの行きつけの店、箕面の小さな居酒屋の常連になっていた。 しかし今夜は雨のせいか客は二人だけだった。

  杜夫は早くもろれつが回らなくなってきたので、女将に水をいっぱいもらい、自分の頬っぺたをパチンと張ると・・ 「これはとっておきの内緒の秘密の話しやねん・・ 誰にも言うとらん話しやけど、お前だけに教えるんやで・・」 健はそれから一時間、杜夫が一方的に話す秘密と言う話しにだんだんと身を乗り出し引きずられていった。

  「その箕面の別邸というか館にはな 富さんちゅう未亡人が住んでてな  それに昔から仕えてたオトはんちゅう女中はんと二人で住んでたんや  ダンナはんは綾小路何とか言うてな、なんでも皇室に縁のある人とかで財界の大物やったそうな・・ なんでも戦前の満州で大儲けしはってな  今の金にして数十億円ほどの金塊を持ってたやそうな・・ 富はんは京都の舞妓はんやったそうやが、ダンナはんに惚れられて、後家はんとして嫁にきはったんや  そんで箕面の山深い箕面川の辺に、当時でビックリするぐらいの館を建てはったんやと  ところがな 一年もせんうちにそのダンナはんが心臓発作で急逝しはったんやと  気の毒に富はんは、それからずっと女中はんと二人で、その館で暮らしてきはったんやと

そんでな その噂話しちゅうのはな  そのダンナはんが亡くなる前にその館の近くにな その金塊を埋めたちゅう話しやねん・・  しゃあさかいな 何人もの男はんが、その隠し金塊を目当てに富はんを口説きにかかったそうやけど、身持ちが固とうて誰とも再婚もしはれへんかったんやそうな・・

 ところが富はんには甥が一人と、姪が一人おってな・・ そのまま富はんが亡くなって、そんでその財産が見つかったら、その二人が相続する事になるんやがな・・ しかし何せ その肝心の金塊がどこに埋められてるか、誰も分からんのや・・ そんで甥も姪もこまめに富はんの館を訪ねては、その噂話しを探ろうといろいろ世話をしてたんやそうな・・

  姪の涼子ちゅう娘は、顔も器量も性格も悪い我侭娘やったそうやけど、何人もの男はんからプロポーズされてな、そんで特に西谷ちゅう20歳以上年の離れた中年男から猛烈にアタックされてな  涼子もその気になって結婚したんやと そんでそれからはしょっちゅう二人で富はんを訪ねて来ては、何やらいろいろと探ぐっていたそうや・・

  もう一方の甥の孝太郎はな よう勉強ができたようで、末は博士か大臣か と周りから言われてな 富はんを喜ばせたそうや  孝太郎は月に一回来ては、毎回3日ほどいつも泊まってな なにや いつも地下の書庫で一日中探しもんしとるちゅう噂やったんや・・

 そんな頃や・・ 急に富はんが倒れはったんや と・  そんでな 昔からのかかりつけの医者が馬車に乗って急いでやってきたんや と。 姪の西谷夫婦は、その前に女中はんから連絡を受けて、もしこれが最後やったら その前に富はんが知ってるかもしれん 金塊の隠し場所 聞いとかなあかん・・と 急いで駆けつけはったんや  甥の孝太郎も駆けつけたんやが、何やらいつもの地下の書庫でバタバタしてはったそうな・・

 診察した医者は・・ 「いつものこっちゃ ちょっと疲れはったんやな 富さんは昔から丈夫やから後20年は大丈夫や ハハハハハハ」笑っとったそうや   ほんま言うとな この丸尾はんと言う医者はな ダンナはんが急逝しはった時に看取った医者でな  昔から富はんを取り囲む人らを、いつも苦々しく思ってたんで、何の根拠も無いのに「富さんは元気や問題ないで!」と言いはったんやと  そんで姪夫婦はな、少しガッカリした様子で帰っていきはったんやそうな。

 しかし 甥の孝太郎だけはそれから一週間も泊まって、その間地下の書庫にこもったままやったそうな・・ 何でもその書庫にはな ダンナはんの事業のものらしい膨大な資料が残ってて、孝太郎はそこにお宝の山があると睨んで丹念に調べてたようやねん  そんでその重大な目処がもうすぐつくはずやったんやな・・

 実はな もう一人 あの女中のオトはんやがな・・ ダンナはんとの間に、賢治ちゅう男の子を一人もうけてはったんやと  ややこしい話しやな・・  オトはんはな 子供がおらん兄夫婦へ自分の子供預けてな 育ててもろたんやそうや その息子がもう大きなってな 植木職人やってはってな  それがいきさつはよう分からんけど、富はんの館の植木の手入れを任されてな  富はんは知ってか知らずか  ようやってくれるわ・・ と賢治を随分と気に入って、毎月来てもろてたそうや  勿論 母親である女中のオトはんはそんな息子を見ながらも 表面上は知らん顔してたそうやけどな・・」

 「それからどうなったんや・・」 健は杜夫の話しにその続きをせっついた。 杜夫はトイレから戻ってカウンターにつくと、再び続きを話し始めた。 女将も店が暇なので、先ほどから杜夫の話しに身を乗り出して聞いていた。

 

 「そんで7月のある日のことや・・ この月は珍しく箕面にも大型台風が2つ来てな・・ その影響もあってか大雨が3日間も降り続いてて、夜半にはその風雨がさらに強くなったんや。 そんな時、運悪く再び富はんが倒れはってな それが危篤状態や言うて そんでな オトはんは関係する人みんなに連絡しはってな 各々には目的があるさかい とにかく急いでみんな嵐の中を館に集まってきたんや と」

 その意外な展開に女将も健も目をギラギラさせながら聞き入っていた。

(2)へつづく


箕面の森の埋蔵金(2)

2021-04-21 | 第23話(森の埋蔵金)

箕面の森の小さな物語 

<箕面の森の埋蔵金>(2)

 杜夫は二人を前にもったいぶるように話し始めた。

 「台風による豪雨の中、各々が森の中の館に集まってきたそうな  姪の西谷夫婦はすでに<と<というキーワードをつかんでたんやけど、何のことやらさっぱり分からんかったんや そんで何とか富はんからそのヒントを聞きだそうと、耳元で喋り続けてたんや・・

  甥の孝太郎は、もう少しであの膨大な資料から、宝の山が目前に明らかになる期待でな ある一点だけのヒントを富はんに求めて同じように耳元に張り付いてはったんやそうな・・

 女中のオトはんは、今まで何十年もダンナはんの亡き後、息子・賢治へ遺したと思われる遺言書が、家のどこかに隠してあるはず・・ と仕事の合間合間に富はんに隠れて、広い館の隅々まで探してたんや そんでな それが地下室から箕面川にでる一角に 隠し通路が見つかってな  その先にある扉を見つけはったんや そんで 密かにその日も植木職人の息子を仕事にかこつけて呼んではってな その鍵を富はんに何とか聞こうと思てはったんや・・

  そんで医者の丸尾はんは別の目的で富はんを診てはったんや 何でもダンナはんを看取る前、ダンナはんにベットに呼ばれ、かすかに聞こえる声でな 「金・・ 富の背中・・ ホクロ・・ 姫・・ そこ・・」と、言い残して他界してはったんやと。 そんでな 診察のたびに富はんの背中を見ると、少し曲がった背骨の横に2つのホクロがあり、それが金塊の隠し場所を探るヒントやと確信してはったんやな・・

  集まった皆は、富はんのベットの横や前後に陣取ってな 各々の目的の為に、耳元で入れ替わり立ち代りささやきながら探ってたんや・・ と。

 

  館の外は、台風の影響でいつになく激しい風雨で荒れ狂ってたんや  森の樹木は左右に大きく揺れ、時折 その激しい嵐に悲鳴をあげるかのように折れる枝、舞う葉の音が聞こえてくる・・

 杜夫の話しが続く・・ 「その時、外の戸を激しくたたく音がしたんや オトはんが裏玄関に出ると、外はものすごい嵐に山が狂っていた。 訪ねて来た人は箕面警察の若い2人の警察官やったそうな <ここは危ない! 箕面川が氾濫してて早く下の安全な所へ避難してください。 緊急です。 今すぐお願いします・・> そう言い残すと、上流の家の方へ急いで走っていったんや・・と  富はんを囲むみんなは、その話を聞いても誰一人全くお構いなしにただ富はんから何か聞き出そうと必死やったんやな・・

 そんで7月11日の未明のことや・・ ものすごい山崩れの大音響と共に箕面川が暴れだした。 連日の大雨に加え、崩れ落ちた土砂や大岩が、濁流と共にものすごい勢いで山を駆け下った。 突然

ドスン バリバリ バリバリ

 と、大音響と共に、大きな岩がいくつも館にぶつかると同時に、根こそぎ倒れたり折れたりした杉の大木多数が館に突き刺さってきたんや   やがて数分後、次々と襲い掛かる大量の土砂、岩、木々を含む濁流に飲み込まれ、富はんの館は あっという間に粉々に壊れ一気に下流へと流されていったんや・・  富はんを含む7人もろとも、全てが根こそぎ激流のもずくとなり、後には何一つ残らんかったんや・・ と」 店の女将と健は う~ん とうなったままだった。

 

  杜夫の話が続く・・ 「今の箕面大瀧の少し下方にある河鹿荘別館の茶屋<ほととぎす>横手に、<箕面警察長 殉職の碑>があるやろ・・ その石碑に書き刻まれている文 読んだ事やるやろ・・

 <・・昭和26年7月11日 未明に・・ 集中豪雨により、箕面川は未曾有の増水となり、濁流うずを巻いて氾濫し、園内の飲食店、旅館などは押し流され・・ 云々> と今も刻まれているわ  お前 知っとるやろオレはその時の状況やと思てんねんけどな・・ ちょっと違うのは、あの時の館と7人のことは何一つ記録に無いし分からんのやそうや・・?

  そんで問題はこれからやねん・・ あれからもう60年以上も経った今年の夏のこっちゃ  昔 その館があった少し下の方、少し背骨のような所から右へ曲がった付近・・ そこは古場の修験場跡下で、姫岩の近くやな  そのあたりでなぜか砂金がよう採集されるんやそうな・・」 聞いていた健が口を挟んだ。

 「ちょっと待て その古場の<姫岩の< それは箕面川のあのちょっと曲がったとこやな  富はんのホクロの位置やないか?」 聞いてた女将も興奮気味に身を乗り出した。

  杜夫は話し続けた。 「最近のことやけどな  あるハイカーが風呂ケ谷で足を挫きはってな  そのせいでゆっくりゆっくり下りて来たんで、天狗道から姫岩に下りてきた頃にはもう日がとっぷり暮れ、真っ暗闇になってたそうや。 ところがな その姫岩の近くだけが ボー と明るく、何か光り輝くものが見えたんやそうや・・」  健が叫んだ・・

「そこや そこや! 埋蔵金 そこや!」

  杜夫の話を聞いていた女将は、もう発見したかのように・・ 「そりゃすごいわ! ええ話し聞いたわ その場所やったら大体分かるわ・・」 心の中でほくそ笑んだ。 「今日はええ話し聞いたさかい飲み代 タダにしとくわ! ついでにあんたのツケもみんなタダにしとくわ  それにこのレミーマルタンも一本サービスや! 飲んで 飲んで!」

  女将は早速 「明朝にでもスコップとツルハシ持って行かな・・」 と心の中で目論んでいた。

  健は健で はやる気持ちを抑え、こっそり夜明け前にでも一人で確かめに行く算段をたて、一人ほくそ笑んでいた。

  杜夫は杜夫でいつしか自分の妄想話しに酔いしれ、初めて飲む高級酒に存分に酔いしれ、大金持ちになった気分で、雲の上を歩くがごとく家路についた。

  箕面の森を月明かりがこうこうと照らしている。 秋の夜風が、色づき始めた紅葉の木を揺らし、フクロウかミミズクかが 一羽 啼いた・・・ホー ホー ホー アホー ホー ホホホホ ホ ホ・・

 (完)


少年と傷ついた小鳥  

2021-04-21 | 第3話(傷ついた小鳥)

箕面の森の小さな物語(NO-3)

 <少年と傷ついた小鳥>

  箕面駅近くの山麓に開業する獣医の中里隼人は、一匹の柴犬に予防接種をしていた。  嫌がる犬は大きな声で吠え立てていたので、それに気を取られ、カウンターに一人の少年とお父さんが立っているのが分からなかった。

 少年の両手の中には、ぐったりした小鳥が一羽・・・箕面の昆虫館の裏山で見つけたので・・・ちょっと診てもらいたいんですが・・・」とお父さん。

 昨日の季節外れの大嵐で巣から落ちて傷ついたのかな・・?  隼人は獣医師でも小鳥は専門外で大学で学んだ一般常識しか持ち合わせてなかったが、とにかくレントゲンを撮り傷の状態を調べてみた。  どうやらフショ(足)の部分が折れ、翼角と上尾筒、初列雨覆(上の翼)も傷つき満身創痍といった感じだ。 あと数時間ぐらいしか持たないだろう・・と診断し、隼人はお父さんにそっと伝えた。  足が折れているし、翼もだいぶ痛んでいるので・・と細かく説明したうえで、今はかろうじて息をしているけどもう長くは無いことを伝えた。  それにとうてい家で手当てする状態ではないので「私のほうで引き取りましょうか?」と伝えている時だった。  隣にいた少年が急にお父さんの服を激しく引張りながら猛烈に首を振り「う~ う~ う~」と言いだした。

 お父さんは子供の剣幕に押されてか・・「よしよしお前の気持ちは分かったから先生にどうしたら治るのかもう一度聞いてみるからな・・」と、言いながら隼人に懇願するような目をしたので、隼人もそれなら・・とまた診察室に戻り、昔の鳥の本を引っ張り出したり、友人の鳥に詳しい獣医師に電話で聞いてみたりした。

 そしてとにかく急いで応急手当を施し、当面できるだけの治療は全部やってみた。  丁度 空いていた靴箱があったので、そこにボロ布を布団代わりに敷いて小鳥を そ~ と寝かせた。  隼人は父子を前にし、養生上の注意事項や水や餌のやり方など、一応の飼いかたなどを教えたが、明日まで命が持つとは思えなかった。

 「よっちゃん! よかったな・・・」と、お父さんは手渡された靴箱の中で横になっている小鳥を心配顔に覗き込む子供に見せながら がんばれ!  と精一杯の声をかけ、深々とお礼を言われて出て行かれた。

 しかしその後、何気なく二人の後ろ姿を見たとき・・ 隼人は激しい衝撃をうけた!  その子は松葉杖をつき、片足が包帯で巻かれていた・・ 「オレは何んと言う対応をしてしまったのだろうか・・ 足が折れてるからもう長くは無い・・ なんて・・ 何とむごい事を言ってしまったんだ」 隼人が最初に二人を見た時は、二人ともすでにカウンターの前に立っていたので分からなかったのだが・・ それに両手の中の小鳥に目がいってて、子供の姿をよく見ていなかった。 隼人はドアが閉まり出て行った二人によっぽど走っていって謝ろうと思ったができなかった。 お父さんの服を引っ張って、猛烈に首を振っていた理由がやっと分かった・・ 「決して治療を諦めてないで・・」と、自分の体とあわせ必死に言っていたことが分かり,安易に診断した自分を責め続けた。

  それから一週間がたって、同じ夕暮れ時 何と二人がまたやってきた。二人の顔が少し明るいので、まだ小鳥は生きている・・ と隼人は嬉しくなった。  診察するとしっかり目を開けているし、前とはまるで違う いい状態で推移している事が分かる。  予断を許せないが、ひょっとするともう少し生き延びるかもしれない・・ 隼人が診ている間 心配そうに覗いていたお父さんが話している「息子はあの日から自分のベットの横にあの靴箱を置いて、四六時中 心配そうに覗いては声をかけてます。 夜も余り寝てないようで逆に私はそちらの方が心配になるぐらいです。 でもお陰でここ数日は少しずつ回復しているような気がして、あれだけ沈んでいた息子の顔もすこし明るくなってきました・・」と。 「良かった・・」 まだ喜ぶのは早いが、それでも隼人の心が少し救われた。

 隼人がそう思いながら よっちゃんに話しかけると・・?  よっちゃんは言葉を発せず、お父さんと手話で会話しているではないか・・ 隼人はまた違う衝撃を受け天を仰いだ。  片足が不自由なだけでも大変なのに、言葉が自由に交わせないなんて・・ 言葉の交わせないこの小鳥と同じではないか・・ だからあんなにも・・ 隼人はもう言葉にならず、心の中は涙でいっぱいになってしまった。

 よっちゃんとお父さんはそれから同じ曜日の同じ夕暮れに、少しづつ元気を取り戻している小鳥とともに隼人の獣医院へやってきた。

 5週目になった時、奇跡が現実になった。 もう大丈夫だ!  小さな鳥かごに入れてもらった小鳥は、よっちゃんに向かってさえずるようになるまでに元気になってきた。  後もう少しだ がんばれ!  よっちゃんは小鳥の名前を ” ピヨ ” と紙に書いて隼人に嬉しそうに見せた。

  やがてピヨは、よっちゃんのあふれる愛情をたっぷりともらって、とうとう元気に回復した。 それはまさに奇跡だった。 隼人は開業して今まで、動物や生き物たちから喜びも悲しみもいっぱい貰ってきたが、こんなに嬉しく感動的なことはなかった。 「それにいろんな心の勉強をさせて頂いた・・」と自分の心の未熟さを思い知らされ、それは自分の惰性化していた診察にも心引き締めて、新たな出発ともなった。  あれから隼人は自分の対応のまずさや非礼を、二人に心からお詫びをしたが、二人とも・・ そんなこと・・ と笑って許してくれていた。

 隼人は最近 よっちゃんともお父さんとの手話を通じて会話している。「・・もうすぐボク一人で養護学校へ入るんだ・・ もっと元気になったらピヨは、あの拾った箕面昆虫館の裏山の森に放してあげるんだよ・・  ちょっと淋しいけどピヨのことを、ピヨのお父さんやお母さんがきっと待っているからね・・」と。  なんと 心優しいよっちゃんなのだろうか。

 するとお父さんが・・ 「私の仕事の休みのとき、息子を連れてよく箕面の森をあちこち歩いているんですよ・・ 自然の中で触れ合う事が大好きな息子はこの日をいつも心待ちしているようなんです。 この前も森の樹木に耳を当てて・・  聞こえないだろうに・・ なぜか息子には枝や葉が水を吸い上げる音が聞こえるらしいんですよ」 隼人は不思議に聞いていたが・・ きっと本当なのだろうな・・ と感じた。  よっちゃんはきっと森の精を、心の中で聴いているのだろうな・・・ 

 幾重にもハンデイを持ちながら心優しくて明るく,正義感にも溢れ、人一倍の温かい心をもっている少年・・ もうすぐ元気になったピヨは、箕面の森へ再び羽ばたいていくことだろう・・ そのとき少年もまた、大きく大人へと向かって旅立つ日となるだろう。

  隼人は診察室の窓を開け、裏の箕面の森に向かって両手を広げ、思い切り深呼吸をしながら 大自然の素晴らしさに ”ありがとう・・” とつぶやいた。  (完)