みのおの森の小さな物語     

明治の森・箕面国定公園の散策日記から創作した、森と人と自然に関わる短編創作物語集 頑爺<肇&K>

*悠久の猪ノ助(1)

2019-03-09 | 第24話(悠久の猪之助)

箕面の森の小さな物語(NO-24)

 悠久の猪之助(1)

  15歳になる猪之助が、たまたま同じ日に生まれた隣家の治兵衛と共に、大人になる儀式<元服>を村人から祝ってもらったのは、11月の寒い日のことだった。

 村で二人はそれぞれに悪ガキの代表格だったが、仲はよかった。 共に尋常小学校をでると、各々の家業を手伝っていた。

 猪之助の父親 甚平は、箕面北部に広がる止々呂美(とどろみ)の農産物、とりわビワ、ユズ、栗、椎茸、山椒や花、植木などを馬車に載せ、山越えをして箕面村池田村まで運ぶ仕事をしていた。 甚平の若い頃は、まだ狭い山道を天秤担いで運んでいたので、それは大変な重労働だったが、今は馬車が通れるようになり、随分と助かっている。それに長男の猪之助が手伝ってくれるようになってからは随分と楽になっていた。

 翌朝、この日もまだ夜が明けぬ頃から猪之助は、父親の指示のもと荷積み作業に追われていた。 ところが急に何かのはずみに、父親が目の前で腰を痛めて倒れた。 「おとう  大丈夫か?」 長年の荷担ぎから、持病の腰痛が悪化したようだった。 激痛にゆがむ父親の姿を見て、猪之助は これでは到底今日の運びは無理だと思った。 「今日はオレ一人で行って来るわ! 荷物待っとる人おるやろしな」

  6歳下の弟 庄之助が兄と一緒に行く・・ と言いだしたが、母親に止められていた。 今まで猪之助一人で山越えしたこともあるので、父親も「それなら頼むけど、無理せんとな・・」と不安ながらも息子に任せ、自分は激痛の走る体を休める事にした。

 猪之助は荷物を積み終えると・・ 「それに今日は本家でオレの祝い膳だしてくれる言うしな 絶対行かなな・・」 それは以前から心待ちしていた事だった。 今日は箕面村の桜(佐蔵)にある父方の本家で、猪之助の元服の祝いをしてくれることになっていたのだ。 それにもう一つ別の楽しみがあった。

 「今日はそれにな 双葉山のラジオもあるしな・・」 唯一親戚でラジオのある本家で、年2回興行する大相撲大会の中継を聞く事だった。 この3年間、無敗の双葉山が、今日も連勝をかけて闘うのだ。

  猪之助が双葉山を知ったのは、まだ小さかった頃、相撲好きの父親に連れられ、箕面小学校の土俵開きに連れて行ってもらい、その時に見たあの大きな立派な体格と優美な土俵入りに、子供ながら感激し、一気に大ファンになったのだった。 猪之助も、弟の庄之助の名前も、相撲好きの父親が好きな行司さんにちなんで付けたとのことだ。  それだけに年2回の相撲興行があるときは父親の手伝いをしながらみなが荷物を早く届け、その足で本家のラジオの前に座り、みんなでひいきの力士を応援するのが何よりの楽しみとなっていた。

 「ほな 行ってくるわ 帰りは本家寄って相撲聞いて、ご馳走なってくるさかい 夜遅くか夜明けぐらいになるで・・」 そう言いながら猪之助は<がんどう>でまだ暗い夜道を照らしながら、夜明け前の止々呂美の村を愛馬アオと共に出発した。  

 山道を登り、高山の村落を抜け、高山道から長谷に下ってくる付近で一休みにした。  冬場は全く人影もないが、夏場このあたりは狭く、深い谷間で湿潤な所なだけに、周辺に無い動植物、昆虫類が多く生息していて、学者らには絶好の研究場所らしい・・

 ふと見ると、山裾の「猪の箱罠」に今日も猪がかかったのか音がする・・ 猪之助は自分の名前に猪の名が付いている事もあり、毎年この時期が来ると、皆が楽しみにしている猪肉のボタン鍋に手がつけられなかった。 それで時々、 箱罠や囲い罠にかかった猪を逃がしてやったこともあった。

 「今日は一人やし、また逃がしてやるか・・」 猪之助はそっと罠に近づくと・・ いつもと様子が違う? 「あれ?」みれば地面にワイヤーの輪を仕掛けた足くくり罠に、何やら小さなフワフワしたものの片足がかかり、必死にもがいている様子だ・・ 「お前はウリボーか?」 猪の子供ならよけいに罠から出してやらねば・・ 「しかし それにしてもお前は何でそんなにフワフワしてんねん?」

  夜が明け始めたとはいえ、深い谷間の長谷ではまだ漆黒の闇の中でよく見えない・・ それでもやっと猪之助は罠からはずしてやった。 すると喜んだような仕草をすると・・ す~と飛んだ~ 「あれ? ウリボーとちゃうんかいな  何やあれは? あれれ・・?」 頭を捻っている間にフワフワはどこかへ飛んでいき、姿が見えなくなった。 「キツネかタヌキにだまされたんかも知れんな・・??」

 猪之助は首を傾げながら、再びアオの手綱をとった。 その頃、長谷山堂屋敷山の間に、大きな光が輝いていた事を猪之助は知らなかった。

  政の坂から難所の急坂を登る・・ ここでは牛馬が力を入れねば上れず、必ず鞭を入れる。 すると力むのでいつもババを垂れる所なのだ(ババタレ坂) やがて朝陽が森を照らし始めると、やっと尾根道にでた。 そして下りとなり、いつもより少し遅れて平尾に着いた。

  箕面村には初めて見る電車が通り、山裾には日本一と言う大きな動物園ができたり、駅前の金星塔の横の洋館にはカフェ・パウリスなんてモダンな店が出来てたりしていた。 ここで荷物の半分を降ろし、池田村へ向かった。

  猪之助が荷物を運び終え、箕面・桜村の本家に着いたのは夕方だった。 その日 猪之助は本家の皆の大歓待を受け、元服の祝膳にご馳走をたらふく食べた・・ そして初めて人前で、公に酒を飲んだ。 止々呂美の村では、隣の同級生の治兵衛と時々お互いの蔵に入り、盗み酒をしていたので酒の味は分かっていたが、何しろ大人公認でおおっぴらに酒が飲めると思うと嬉しくてたまらず、ついつい調子に乗って出されるままにグイグイと飲み干していた。

  しかし 今日は半分以上はヤケ酒になってしまった・・ と言うのも、あの大ファンで大横綱の双葉山が、まさかの前頭3枚目の新鋭・安芸の海に敗れ、70連勝がストップしてしまったのだ。 双葉山がすくい投げを放った瞬間、安芸の海の左からの外掛けが決め手となったようでラジオは大騒ぎで放送していた。  あの箕面小学校での目を見張る立派な双葉山の土俵入りを思い出し、猪之助は悔しくて悔しくて涙がボロボロと溢れ出していた。

  猪之助はその晩 初めて酔いつぶれてしまった。 本家の離れで一人布団をかけられ眠っていたが、夜中に小用で起きるとやっと我に返った。 しばらく布団の中で悶々としていたが、外を見れば今夜は満月で明るい。 夜道は歩き慣れてるし・・ と、そっと本家を抜け出し、アオを連れて帰路についた。 昨夜のあの歓待とご馳走、そして双葉山の負けた悔しさ、それに大人になった喜びと酒の苦しさ・・ いろんな思いに身も心もフラフラとなりながら山道を上った。

 

  やがて政の坂から高山道に入り、長谷に下った。 さすが ここに来ると、高い杉林やうっそうとした雑木林に満月の光りも届かず、真っ暗闇だ。 しかし 道は分かっているし、アオも慣れているので がんどう を照らしながらどんどんと進んだ。

 すると突然 前方に大きな丸い玉がボンヤリと見えた。 「何やあれは? またキツネかタヌキか? こんどは懲らしめてやるぞ・・」  好奇心いっぱいの猪之助が近づくと、あの昨朝ウリボーかと思った時のフワフワの白い何かがいくつも見える・・ ??

(2)へつづく


悠久の猪之助(2)

2019-03-09 | 第24話(悠久の猪之助)

箕面の森の小さな物語 

悠久の猪之助>(2) 

白いフワフワの群れの中から、ひときわ体の大きなフワフワが猪之助の前に出た。

「こんばんわ! 貴方をお待ちしておりました  私は昨日の朝ここで貴方に助けられた子供の父親です  その節は本当にありがとうございました  つきましては ささやかではございますが お礼をさせて頂きたく存じます・・」 「あれ? フワフワが喋った! このタヌキ野郎が・・ 違うの?  それにお礼? バカな 夢か? 痛い! ホンマか?」 人一倍好奇心の強い猪之助は、アオを木につなぐとそのフワフワの言葉に乗ってみる事にした。

 「ほんの近くですのでこの中にお入り下さい」見ると、光っていた丸い玉に近づくと戸が開いた・・ 中に入るとすぐにフワリと浮き上がり、そのまま動き出した・・ と思ったらあっという間に前方の戸が開いた。

「着きました・・ ここが私達の家です どうぞこちらへ・・」 猪之助がフワフワの後ろについていくと・・ 前方に巨大なドームが現われ、左右数十のフワフワに囲まれたまま、中央の大きな金ぴかのイスに座った貫禄のあるフワフワの前に出た。

「これはこれは ようこそおいで下さいました  私はここを統治するエンペラーです  昨日の朝 私の孫を助けて下さり 心から感謝とお礼を申し上げます  今宵は孫の命の恩人の為に皆が集まり 最善のおもてなしをさせて頂きますので どうぞ心いくまでお過ごし下さい」 ビックリ唖然とする猪之助の前に 次々と見たことも無いようなご馳走が並べられる・・ しかも美味そうだ。 

 しかし 本家でコレでもかと言うぐらい腹いっぱいにご馳走を食べてきたばかりなので入りそうに無い・・ すると 横にいたフワフワが小さな錠剤を一粒口に入れてくれた。 摩訶不思議!?  腹がすいてきたではないか・・ 腹ペコだ!  猪之助は次々と美味しい料理を平らげた・・ それに初めて飲む珍しい酒にも底なしだった。 楽団が演奏を始め、美女軍団が舞い踊り、花火が上がる・・ 猪之助はすっかりその雰囲気に呑み込まれていった。

  猪之助は隣に座ったあの父親と言うフワフワから話を聞いた。 「子供は何でも好奇心がいっぱいでして・・ 昨日もここから外へ出てはダメと あれほどきつく言って聞かせていたのに、ここを出て面白そうだったから・・ と、あの猪の罠場に入ったらしく、その罠にかかってしまったのです。 泣き叫ぶ子供の声でやっと気づき、皆で何とか外そうとしたものの、我々の力ではどうしようもなく悲嘆にくれている時に、貴方が通りかかり外して下さったのです・・ まさに命の恩人です」 「オレはウリボーかと思ってな それに自分の名に猪がついてるから時々罠から外して逃がしてやることもあってな・・ それだけなんや・・」

 猪之助も子供の頃から人一倍好奇心が旺盛で、5歳のとき、隣の治兵衛と箕面の山でもう廃坑になっていた狭い穴に入り込み、長い坑道を歩き回っている内に、とうとう出口が分からなくなり、2日2晩村中大騒ぎになったものの、3日目の朝 とんでもない出口で泣き声を聞いた人に助けられたというエピソードがあったので・・ 「分かる 分かる・・」とうなずいた。

  よく見るとフワフワは大きな白い布のようなものをかぶり、その中を見ると人間と同じように目や口や鼻、耳もついていた。 それに結構男前と美人揃いなので、猪之助は警戒心も解け、すっかりとここが気に入ってしまった。

  猪之助は好きな双葉山が今日 70勝目に破れ、悔しくい話をすると・・ 若いフワフワがこんな事を喋った。 「次もハクホーが優勝でしょうね  でも昨日はキセノサトが勝って 一矢報いましたね  それにしてもモンゴル勢は強いですね・・」 「ハクホー?  キセノサト?  モンゴル?  なんのこっちゃ? オレは日本の大相撲の話ししてるんやが・・?」 

  猪之助は時を忘れて食べ、飲み、遊びに興じた。 やがて花いっぱいの風呂に入れてもらい、美女に汗を流してもらい、歌い、遊び、笑い、楽しい一時を過ごした。 特に木の香りのする琥珀色した飲み物は、猪之助の神経をリラックスさせた。 どのぐらい経ったのか・・? 

 猪之助はふっと思い出した。 「そうや 夜明けまでにオレは家に帰らんといかんね 明日の荷物も積み込まんとあかんしな  それに親父は持病でしばらくは動けそうにないしな・・」

  猪之助の話を聞いたエンペラーも、あのフワフワ父親も、それに周りの沢山のフワフワ達みんながたいそう残念がったものの、盛大に見送られ猪之助は再びあの光の球に乗った。 球に乗り3秒もせぬまに元の場所に下りた。 「充分なおもてなしもできませんでしたが・・」 「いやいやとんでもない  夢みたいなご馳走をいただきましておおきに! でした」「では ごきげんよう・・」 光り輝く球はあっという間に消えてなくなってしまった。

  真っ暗闇の中で一人取り残され、猪之助はふっと我に返り、口笛を吹いてアオを呼んだ。  「あれ? アオのやつ どこへ行ったんや? それにここはどこや? 変やな? 見上げれば見慣れた長谷山堂屋敷山の山形も、そんなに変わっていないようやが・・ ?」 「あれ!? いつの間にこんな所に大きな池ができたんや? それに山道が・・ 広い? 地面は硬いし・・・何やこの柵は? それにあの大きな穴は・・?」  キョロキョロ見回していると、少し先に標識があった。 顔を近づけてみると何とか読めた。

 <箕面隊道?><みのお川ダム湖?><この先箕面ビジターセンター?> 

 何じゃこれ!?  ここはどこや!?

(3)へ続く


悠久の猪之助(3)

2019-03-09 | 第24話(悠久の猪之助)

箕面の森の小さな物語

<悠久の猪之助>(3)

   そのころ、田中裕二は営業部の飲み会幹事として3次会までみんなと付き合い、やっと解放されたばかりだった。  相当酔いもまわっているけど、明日の休日は久しぶりに子供を連れて遊びに出かける約束なのでどうしても車で帰らねばならなかった。 「もうとっくに深夜のバス便もないしな・・」

  裕二は1時間ほど車内で酔いを覚まそうと寝てみたが・・ 聞けば夜間にも箕面グリーンロードトンネル前で検問やってたぞ! と同僚に聞いていたし・・ 「しかし もうこんな深夜までやってないだろうしな・・ でも?」と悶々としながら眠れなかった。

  少し気分もよくなったので、裕二はハンドルを握り、念のため地道から山越えをして自宅まで帰ることにした。 職場のある箕面・船場の街から小野原外院(げいん)、粟生間谷(あおまだに)から府道茨木・能勢線を北上した。  やがて途中から左折し、勝尾寺山門前を通り抜け、茶長坂橋を右折して高山道に入り、住まいのある箕面森町(みのおしんまち)を目指した。 「ここまで来たらもう大丈夫だろう・・」  しかし 何度も「安全運転! 安全運転!」と口にしながら、今日の楽しかった飲み会を振り返っていた。

  やがてダム湖の横にある短い <箕面トンネル> が見えてきた。すると 前方で一人の老人がキョロキョロしている姿が、ライトに浮かび上がった。 「なんだ あの人は・・?」

 車が近づくと、老人はビックリした顔でこっちを見たかと思うと、ヘナヘナと道に倒れるようにヘタリこんでしまった。 「だいぶ酔うてはるな・・ それにしても仮装大会の帰りか?  あのブータン王国の民族衣装のような格好してるし・・?  それにこんな人気のない山の中で何してはるんやろ?」 裕二は速度をゆるめ 手前で停まり声をかけた・・  「どうされたんですか? 大丈夫ですか?」

  そのころ、猪之助は ここがどこなのか?  いつもの長谷のような?  そうでないような?  頭がこんがらがったままキョロキョロと周辺を見回していた。  すると急に南の方に光が見えた。 「何だ? またキツネかタヌキか?  それともさっきのあのフワフワか?  目の玉が二つ光っているが・・?」 そう言いながら足がもつれてヘタリこんでしまった。 すると前方で二つ目が停まった。 「何や? 誰か喋っとるな 何や?」 「どうされたんですか? 大丈夫ですか?」 今度は洒落た格好をした若い人間が、近くに来て声をかけた。

 それで猪之助はボソボソと喋りはじめたのだが・・ 「いやいや オレは家に帰るとこなんやがな・・ それがどうしたことか?」 「どちらへ帰られるんですか・・・?」 「いや あの オレはアオとな・・ いや オレは止々呂美(とどろみ)の猪之助やけど・・ 神社の近くに住んどるんやが・・」

「ああ それなら私は箕面森町に帰るとこなんで・・ 通り道なんで送っていってあげますわ・・ さあ車に乗って下さい・・ どうぞ!」

 「みのおしんまち? くるま?」猪之助は昨日も箕面駅前で珍しい車を見たことはあるが、まだ乗ったことは一度もなかった。 「シートベルト締めてくださいね」 「しーとべると?」 「それそれ こうやってね・・」 体を締め付けられるようで、猪之助はそれを外そうともがいていると、車が動き出した。 トンネルは短くすぐに抜けたが、広い固い道をすごい勢いで走っていく・・ 「こんな所にこんな道なんか無かったんやが・・ おかしいな?」 猪之助がブツブツ言っていたが、裕二はカーラジオを付けた。 深夜の音楽番組が流れている・・

 猪之助は目の前のこんな所から音楽が流れてきたので、腰を抜かさんばかりにビックリした。 すると すぐに・・ 「・・スポーツニュースをお伝えします・・ 昨日の大相撲の結果です・・ すでに優勝を決めている横綱 はくほう は、同じモンゴル出身の横綱 はるまふじ に敗れました・・」 「ええ・・? 双葉山はどうなったんや?」 猪之助がそう叫んだものの、相撲に興味のない裕二の耳には届かなかった。

 「ついさっきも あのフワフワの所にいた時も、若いフワフワが・・ 大相撲はモンゴルとか はくほう とか きせのさと とか何か言ってたようやけど・・ おかしいな??」 猪之助の頭の中は大混乱していた。

  車は高山の村落を抜け、山を下り、あっという間に余野川にでた。漆黒の闇の中に、車のヘッドライトの光で周囲の景色もボンヤリと見える。 「何や? 川はいつもの水量より少ないし、川幅はやけに広いし、周囲の雰囲気も違うようやけど・・?  しかし 大向青貝谷山、笛ケ坂山、天神ケ尾山・・ 山並みは昨日家を出た時と余り変わってないようやけど・・ それでも何か変やな・・?」

  猪之助はいつもなら2-3時間かかる道を、あっという間に着いてしまったので、それもビックリ仰天だった。 「お爺さん 着いたよ 止々呂美神社はそこなんで・・ ここでいい? 私はこの上の森町に住んでるんで・・」 「ああ おおきに・・」  猪之助は車を下りながら・・ 「お爺さん? 誰のこっちゃ? しんまち? この上は山しかなのにな??  人なんか住んどらんど・・? やっぱりまたタヌキか?」 

 車を下りた猪之助は、何が何だかさっぱりわけの分からないまま見渡した。 少し前、箕面村の桜の本家を出たときは満月で寒い夜だったのに、今は新月のようで真っ暗闇の中だ。 「・・しかし 何となく地形は似てるしな・・?」 猪之助は見慣れないあぜ道に腰を下ろし・・

 「やっぱ あんまり飲みすぎたせいで頭がおかしくなったんやな・・ これから酒はほどほどにせんとあかんな・・ やっぱ オトンが言うてるように 酒は魔物 やな・・ 元服して大人になるのも大変なこっちゃわ・・」と 目を閉じた。

 

  その頃、猪之助と同級生だった悪がき仲間の治兵衛は いつものように早起きし、前夜子供や孫や曾孫など一族一同が揃い、88歳米寿の祝いをしてくれたので、その思いを味わいながら昔の出来事を思い出していた。「もう73年が過ぎたのか・・ あっという間やったな・・ あの日 アオだけが帰ってきて・・ 突然 猪之助がいなくなってしもうたわい・・ どうしたのかの~  何があったのかの~ とうとうわからずじまいやったな・・」 猪之助の6歳年下の弟 庄之助は、兄の代わりに家を継ぎ、今も隣に住んでいる。 「そうや! 今日起きたら久しぶりに二人で猪之助の墓参りにでも行くかな・・」 

 やがてうっすらと夜が明けてきた・・

 

 その頃、箕面の森の上空を 円盤型をした未確認飛行物体 がゆっくりと上昇し、やがて瞬時に東の彼方へ飛び去っていった事を誰一人として気づかなかった。

 (完)