みのおの森の小さな物語     

明治の森・箕面国定公園の散策日記から創作した、森と人と自然に関わる短編創作物語集 頑爺<肇&K>

転校してきた山少年(3)

2021-07-17 | 第21話(転校してきた山少年)

箕面の森の小さな物語 

<転校してきた山少年>(3)

 その頃、麻里の母親は娘の帰りが遅いし、ケイタイがづっと<圏外>なので心配になり、麻里の友人宅らに次々と電話をしていた。 「ウチの娘も・・」 「ウチも心配していたところで・・」と次々と同じように帰宅せず、ケイタイが繋がらない事が分かった。 「みんな揃って連絡がつかないってことは・・? 何があったのかしら?」 このケイタイが当たり前の時代に、いざ突然に繋がらないとなると余計に心配が増幅し不安がつのる。

 8時をまわり、異常を感じた親達は自治会に連絡し、警察にも連絡した。 子供会の仲間から7人は箕面大瀧へ行くような事を言っていた・・ と聞き、早速 警察、消防団、自治会、父兄などを中心に捜索隊が組まれたのは夜の10時を過ぎた頃だった。

  皆は瀧道から派生する山道を次々と手分けして回り始めたが、少し森のに入ると真っ暗闇で、限られたライトでは到底前へ進む事はできなかった。 各々がハンドマイクをもち、名前を連呼して進むが全く手がかりがなかった。 「おかしいな? 7人ともどこ行ったんだろうか? どこか尾根道から谷へでも滑落したのか・・?」 とか、最悪の事態が脳裏をかすめる。

 勇夫の父親の消防団長は 少し前、白島(はくのしま)で老婆が山菜取りに山へ入り、道に迷ったらしく翌朝 とんでもない所で亡くなっていたことや、谷山の東谷で岩場から滑落して亡くなった女性ハイカーのことや、ウツギ谷では今から帰る・・ との電話の後で行方不明になり、夜明けに滑落し亡くなっている所を発見されたり・・ 近年、何件かの悪い報せに接していたので余計に人一倍の心配がつのっていた。

  その頃 真一は、休日だった父親から 「この夏休みどこへも連れていってやれなかったので・・」と、家族4人で梅田からナンバへと出かけていた。 真一は初めてみる大都市の高層ビル群や街の明かりにビックリしていた。 それに人の多さや店の数、その賑やかさにワクワクしていた。 大阪名物のたこ焼きやお好み焼きなど、本場の味を初めて食べ感激していた。 家族が初めての大都市大阪を満喫して帰宅したのは、夜の11時を過ぎていた。

 そこへ麻里の父親が飛び込んできた・・ 「麻里がおらんのや・・ 行ったんかわからへんねん・・」 ケイタイを元々持っていない高野一家は、この時初めて麻里らが行方不明になっている事を知った。 真一は横で父親らの会話からいきさつを一部始終聞き終えると、麻里の両親に頼んだ。「麻里ちゃんがいつも着ている服があったら一枚出してもらえませんか」 母親は「どうするの?」と言いながらも、いつも家で着ているカーディガンを真一に渡した。 真一はそれをつかむと急いでゴンの小屋の鍵を開けた。 「ゴン これをしっかりと嗅ぐんだ  麻里ちゃんを探すんだ・・」 父親らが何か言おうとした時・・ もう真一とゴンは走っていた。

  聞いていた箕面大瀧まで走ってきたが、ゴンは何の反応も見せなかった。 「おかしいな? 一体みんなどこへ行ったんだ・・?」 真一はもう一度戻りながら、今度はゆっくりとゴンに麻里の匂いを嗅がせながら歩く・・ 石子詰口でゴンの鼻がピクリと動いた・・ みれば噛んだ後のガムの包みだ。 「そういえば麻里ちゃんはよくガムをかんでるな・・ ここだ!」 真一は駆け上がった・・

  しかし、一歩森の中へ足を踏み入れると真っ暗闇で何も見えない。 わずかに月の光が差し込むものの全く明かりもなく、足元は一寸先も見えなかった。 時折 ミミズクがホー ホー ホーと鳴く以外 シ~ン としている。 真一はゴンの先導でリードを持ち、ゆっくり ゆっくり 一歩 一歩 と山道を登った。

  真一は10歳になった時、今は亡き祖父とともに、狩猟期間外に山奥のマタギ小屋で何日か過ごし、マタギの教えを学んだ事があった。 その時はベテランの祖父がついていたし、マタギ犬のゴンも若く元気だったのだが・・

  その頃、恐怖で立ちすくんでいた7人は、少し開けた森の中の大きな木の下に腰を下ろし、緊張感と疲れで固まっていた。 月明かりに下方の山の池が照らされ、時々池面がゆれる・・ 「何かいる・・?」 池面が輪になって揺れるたびに、月の光が反射して周囲の木々に影が映り、それはまるで幽霊がダンスをしているかのようで、ますます怖さがつのる。 

そんな時・・ ドドドド・・ ドドドド・・

 みんな叫びたい声を両手で押さえ、必死で堪えながら耳を澄ますと・・ 何やら動物達が池に来て、水を飲んでいるようだけど・・? この辺にはイノシシも鹿も、テンやタヌキ、狐もいるし、肉食動物も含め、多くの野生の動物が生息し、夜間に活動しているのだから仕方ない。 動物達が水を飲むたびに、その池面に小さな波が立ち、それが輪状になって広がっていく様子に恐れおののいていた・・ 怖い・・ 7人は深い森の中で、次々とヤブ蚊にさされながら、襲い来る恐怖と必死に戦いながら耐えていた。

  真一はマタギ一族の血と勘、それに生まれ育った山奥で、祖父とゴンで過ごした体験、そしてこの一ヶ月 箕面の山々をくまなく歩き回り、走り回ってきた感覚から一歩 一歩 慎重に登った。 時折り 月明かりが木々の間から道を照らすが、ほとんど真っ暗闇だ。 しかし 真一はこの道も2-3回行き来したことがあるので少しは分かる。 やがて三国岳を過ぎた所でゴンが迷い始めた。

 「ゴン がんばれ!」

 真一は麻里の服を何度も何度もゴンに嗅がせ反応を待った。 しばらくしてゴンは左の獣道に分け入った・・ 倒木が多く、真一は何度も転びながら、やっと前方に月明かりに反射するが見えてきた・・ ゴンはその周辺を何度か歩き回った後、池を迂回するように再び森に入った。 ゴンの匂いを嗅いだイノシシや鹿などの動物が、時々一斉に音を立てて走り去っていく・・

 真一は麻里たちがこの近くにいることを肌で感じていた。 池を迂回し、細い谷川の流れに出た・・ ここは後鬼谷のようだな・・ 岩場も多いし、倒木も多いし、山道も荒れ気味で危ないなきっとこの近くにいるはずだ・・

「麻里ちゃん 麻里ちゃん 麻里ちゃん・・」

  麻里ら7人は、どこからかかすかな声を聞いた・・ 「もしかしたら 真ちゃん? まさか? ヤバンが・・」 「真ちゃん  真ちゃん  ヤバン  ヤバンここや・・」 7人は声の限りに、何度も何度も真っ暗闇の森に向かって、大声で叫び続けた・・ 真一もそのかすかな声を聞いた。

 ゴンが大きく吼えた。 リードを引っ張るゴンに真一も続いた・・ 「いた いた あそこだな・・」

  森の中に差し込んだ月明かりが、7人が固まって叫んでいる場所を浮き上がらせていた。

 「真ちゃんだ 真ちゃん 真ちゃん お~い ヤバン ここや・・ 助かった 真ちゃん ヤバン!」 「麻里ちゃん 怪我はないか みんなも大丈夫か? そうか良かった それにしてもよくまあこんな所へ迷い込んだもんだな・・」 「真ちゃんありがとう ヤバンありがとう ありがとう・・」 みんなが嬉し涙で真一を迎えた。

 昼間でもベテランハイカーがたまたま通らねば、出れないような深い森の中だった。

 真一はすぐにでも山を下りたい7人を制し、この真っ暗闇の中で行動することは危険なので、朝までここで待つことを説明した。 そして不安でいっぱいだった7人と真一は、歌など歌いながら夜明けを待った。 真一の存在は、まさに恐怖と漆黒の闇の中で安心感をそれぞれに与え、大きく輝く光だった。

  やがて薄っすらと東の空が明るくなってきた。 「明るくなったのでさあ出発するぞ・・ ボクの言う通りにゆっくりだよ」 真一は手順を説明し、ゴンを先頭に全員で立て一列に並び、ゆっくりゆっくり足元を一歩一歩と確かめるように慎重に歩を進めた。

  西側に深い谷間があり、下方ではサラサラサラ~ と渓流の音が響いてくる・・ 一歩誤って足を踏み外し滑落したら大変な事になる。 真一は何度も後方前方を確認しながら、怖がる一人ひとりに声をかけながらら後鬼谷を下った。

 やがて後鬼谷前鬼谷とが合流する落合谷に下り、一気に森が開けた。「ここまできたらもう大丈夫だ やっと帰れるぞ!」 8人みんなが歓声をあげた・・ 手をたたく者、涙ぐむ者、全員が安堵の喜びをかみ締めていた。

  両方の谷川が合流する所で、全員が泥だらけの体を洗った。 特に頭から沼に突っ込んだ勇夫は、全身がパリパリになり、乾いた頭や顔の泥を拭いながら、余程怖かったのだろう・・ しゃくり声をあげながら大粒の涙を流していた。 そんな勇夫を、他のみんなが優しく背中をたたいたりして慰めていた。 みんなぐったりしているものの笑顔に満ちていた。

 みんなの心は一つだった・・ 「真ちゃん ありがとう ヤバンありがとう」 勇夫は涙を拭きもせず・・ 「ヤバン 今までゴメンな オレらヤバンに意地悪ばっかしてさ・・ ホンマ ごめんな それにオレのせいでみんな怖い思いさせてしもうて ごめんなさい  それにそんなみんなを助けに来てくれた ヤバン・・ ほんとうにありがとう オレは オレは・・」 そこまで言うと声がつまって泣き崩れた。

  「あれ 真ちゃん どうして私の服を持ってるの?」 「ああこれ 麻里ちゃんが寒いといけないと思ってさ・・・」「格好いい!」 麻里に好意を寄せていた勇夫は真一のその格好良さに一瞬 「また負けた・・」 と思ったものの、もう全く対抗心などさらさらなくなっていた。 それはかつてのイジメっ子全員の気持ちだった。 彼らの中で、いつしかリーダーは頼もしくて格好いい真一へと変わっていた。

 やがて東の空から輝く朝日が差し込み、落合谷を明るく照らした。 その時 瀧道から落合トンネルをくぐり捜索隊が上がってきた。 そして先頭にいた警察官が大声でさけんだ。

「いた いた お~い お~い! あそこにいたぞ お~い みんな無事か? 8人に犬もいるぞ? みんな大丈夫か?」

 もうすぐ二学期が始まる。 山少年にもやっと心の通う友達ができ、新しい希望の光が差し込んできた。 箕面の森に輝く朝陽がのぼった。

(完)



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