みのおの森の小さな物語     

明治の森・箕面国定公園の散策日記から創作した、森と人と自然に関わる短編創作物語集 頑爺<肇&K>

*転校してきた山少年(1)

2021-07-17 | 第21話(転校してきた山少年)

箕面の森の小さな物語(NO-21)

 *<転校してきた山少年>(1)

 小学校5年生の高野 真一が、東北の山深い栄宝村から大阪北部の箕面市(みのお)に転校してきたのは3月下旬の事だった。

  人口130人ほどの山間にある限界集落ながら、真一の両親生れ育ったこの村で子育てをするつもりだった。 しかし 村から町へ通じる唯一の村道が未曾有の集中豪雨に襲われ、何ヶ所かで崩落し寸断され、分校のある町まで通学ができなくなってしまったのだ。

 両親はいろいろ考えた挙句、やむなく100年以上続いた住み慣れた村落を離れ、都会に移り住む事を決心したのだった。 それは少し前、最後のマタギとして山の中で猟をして生計を立ててきた真一の祖父と祖母が相次いで亡くなり、家族は父の慎吾と母の由紀恵、妹の早苗と4人だけになっていた事も後押しした。

 「大きいな~」「お兄ちゃん すごいね~」 真一と早苗は初めて見る大都会の様相に目をパチクリさせていた。 TVや本で見て知っているつもりでも、いざ実際に初めての新幹線に乗り、車窓からみる高層ビル群や初めて見る海もビックリの連続だった。

 「速いな~」「海ってすごく広いね・・・」 二人にとってそれは今までの山奥の世界とは全く違う、別の星に来たかのような感覚だった。

  箕面(みのお)には真一の父 真吾の古い友人 山崎英次がいた。 それは30年ほど前、東京に住んでいた英次が 山村留学制度 なるものを利用して栄宝村を訪れ、同学年だった真吾と友達になり、その50日間 野山を一緒に過ごした事からお互いに生涯の友となった。 それ以来、各々が結婚し、英次が大阪に転居した後も何かと交流は続いていた。 そしてあの時の感動が忘れられず、英次は何回か妻と娘・麻里の3人で栄宝村を訪れていたので、子供達とも各々交流があった。

 「やあ~ 来た 来た・・・しんちゃん さなえちゃん よく来たね・・」 新大阪駅まで迎えに来た山崎一家が、懐かしむように高野一家を歓迎のうちに迎えた。

  英次は箕面山麓の新稲(にいな)に、古いながらも小さな一軒家を借り、受け入れ準備をしていた。 引越し荷物は・・ と言ってもごくわずかの量だが、すでに新居に届いていた。 そして真一の祖父が可愛がっていたマタギ犬のゴンは、明日の別便で着く事になっている。 みんなが挨拶を終え、新大阪駅の駐車場に出てきた時だった。

ゴー 突然、大きな物体が頭上をものすごい轟音と共に通り過ぎた・・ ワー ワー ワー 真一と早苗はその頭上の物体に頭を抱えて叫んだ。 大阪国際空港へ着陸態勢に入った大型ジェット機が通り過ぎ、下から見上げるとかなり大きく見えるから、初めて見る二人には、その巨大な空を飛ぶ動くものにビックリ仰天するのも無理は無い。 麻里はそんな二人の姿をみて大笑いしながら説明している。

 「~だから大丈夫だよ・・ しんちゃんもさなえちゃんも・・ あれは飛行機よ 可笑しいわね ハハハハ・・」と言われても、初めて身近に見る飛行機に二人はまだ怖い引きつった顔をしていた。 そしてそれは麻里が初めて栄宝村へ行ったとき、出会った昆虫や虫類に悲鳴を上げたときの裏返しだった。 新御堂筋から箕面へ向かう20分ほどの間、真一と早苗は車窓から左右キョロキョロしながら好奇心いっぱいに外を眺め続けた。

  4月の初め、真一は新6年生となり、新しいクラスのみんなに紹介された。 麻里は隣のクラスだった。 真一は生れ育った山の生活と全てが余りにも違いすぎ、戸惑いを隠せなかった。 特にケイタイやゲーム機などは初めて見たので、クラスのみんなからは早速、別世界から来た宇宙人かのごとく笑われバカにされてしまった。 それは超アナログ社会から、一気に最先端のデジタル社会に放りだされたので大きなストレスとなった。

  やがて両親が案じていた事が現実になった。 あれだけ村では元気に野山を駆け回っていたのに、真一が大阪に来て塞ぎがちになり、時々涙を拭いている姿を妹が母親に伝えていた。 それは特にクラスの4人ほどのグループから、その方言のある話し方をからかわれ、ケイタイもゲームもプリクラも知らない事をバカにされ、それはやがて毎日罵倒され、こずかれ、持ち物を隠され無視されたり、執拗なイジメへと続いていった。 真一にとってそれは初めて体験する嫌な出来事ばかりだった。 心配顔の母には何も話さなかったが、自分なりに意地とプライドもあった。 やがて村にいた頃の明るさと元気で活発な少年からすっかり変わり、覇気のない子供になっていった。

 真一の父 真吾は、昔馴染の英次の経営するビル清掃会社に入社した。仕事は夜から始まり、朝方までにビル一棟丸ごと清掃することが多く、昼夜逆転の生活だったから、真一が学校で嫌な事があっても帰宅する頃にまだ寝ている父親には何も話せなかった。 母親も近くのスーパーでパートで働き始めていたので、母は帰宅するとバタバタと夕食の支度や、夕方出勤する父の準備、妹の世話など慌しくしているので、真一が何かを訴える雰囲気ではなかった。 家族全員が毎日新しい生活に慣れるために必死に生きていた。

  真一はとうとう一学期を終えるまで、一人の友達もできなかった。 それまでイジメとは無縁の村の生活だったから戸惑っていた。 それでも泣きたい気持ちを必死で堪えながら耐えていた。 時々隣のクラスの麻里が、イジメられている真一をみつけ、イジメっ子らに大声を挙げてくれたが、それ自体 真一にとって恥ずかしいことだった。 

 イジメグループのボス 勇夫は、かねてより麻里に好意を寄せていたが、全く相手にされていなかった。 ところが今年のバレンタインデーに麻里から小さなチョコを一つ貰い 「ワー やった  やった!」と一人はしゃいでいたが、それは料理好きの麻里が自宅で作りすぎ、その余りをみんなに配ったうちの一つだったのだが・・ そしてホワイトデーに勇人は一人緊張した面持ちで、場違いのケーキを麻里に送って一人悦に浸っていたのだった。 「それなのに なんで真一ばっかりかばうんだよ・・」と不満だったが、文句を言って嫌われるといけないので、しばしイジメの手を緩めていたものの長続きはしなかった。

  そして待ちに待った夏休みに入った。 クラスのみんなの話では、夏休みには真一の全く知らないハワイとかグアムや上海とか海外へ行くのだという人や、ホテルのプールや海の別荘とかで泳ぐという人やいろんな予定の話が聞こえてくる。 しかし 真一の両親は子供達をどこかへ連れて行くことなど考えも及ばなかった。

  真一にとって、都会で過ごす初めての夏休みは、ただ学校へ行ってクラスのみんなと顔を合わせなくていいことに喜びを感じていた。 そしていつしか・・ 「あの栄宝の村へ帰りたい・・ 祖父と歩いた山や森の中で過ごしたい・・ でも帰れない・・」そのジレンマに悩んだ。

  夏休みに入って間もなくの事・・ 真一の住む町の自治会と子供会が、1泊2日のキャンプを予定していた。 それは地域の子供らを中心に、大人も一緒になって家の裏山にある箕面市立教学の森 青少年野外活動センター」のキャンプ場で、毎年催されている行事だった。 真一も麻里から誘われていたが、憂鬱でたまらなかった。 それはあのイジメの親玉 勇夫とその仲間みんなが同じ子供会で参加するからだった。

 そしてその日がやってきた。 当日の朝、真一はお腹をこわし、それを口実に参加しない事を母親に訴えていた。 しかし、麻里が元気に迎えにきて再三誘われたので、渋々仕方なくリュックを肩にし、重い足取りででかけた。

 「2日間のガマンだ・・」

(2)へ続く


転校してきた山少年(2)

2021-07-17 | 第21話(転校してきた山少年)

箕面の森の小さな物語

<転校してきた山少年>(2)

 子供会や自治会の面々は、それぞれ歩いて20-30分ほどで箕面市立教学の森 青少年野外活動センター」の施設に着いた。 

 真一は森の中に入り、少し元気を取り戻したかに見えた。 しかし、オリエンテーションでいろんな説明を受けていても上の空だった。 それは5班に分けられた1班(6人)に、よりによって勇夫とその仲間も入っていたからだった。 「もう逃げて帰りたい・・ 2日間も一緒だなんて無理だ・・」

  やがて昼食のカレー作りが始まった。 森の中のオープンキッチンなので虫もいっぱい飛んでくる。 そのたびに虫に弱い女の子たちは悲鳴をあげたりしている。 男子は女子に指示されたりして、慣れないジャガイモやニンジンの皮むきなどを手伝っている。  真一はいつ勇人らのイジメが始まるのかと、憂鬱な気分で一人離れ、森を飛び交う野鳥を眺めていた。「オレは鳥になってどこか飛んで行きたい・・」 その時だった・・ 

 キャー キャー キャー

 女子が叫び声をあげると、男子も声があがりざわついた。 「何があったんだろう?」 真一が急いで皆が遠巻きにしている小屋の前に行くと・・ みんなが顔を引きつらせて指を指している・・ 「あそこにいる・・ 勇夫君 男でしょ! 早く何とかしてよ!」 「オレは・・ アカンね オレは・・」

  真一がふっと見ると、食料を置いてある松の木の上にアオダイショウが一匹いたのだ・・ 真一は「な~んだ・・」と言うと前に出てそのアオダイショウの首元をひょいとつかむと、少し先の草むらの中へ逃がしてやった。  全員がその真一の行為に恐怖も忘れ、ポカンとした顔をして見つめていた。

  それから皆が真一を見るめが一変した。 おとなしい田舎者ぐらいだったのが、尊敬の眼差しや呆れ顔や、やっぱり田舎モンやとか、野蛮人やとか好き勝手に言い出したが、すくなくとも女子達からは頼りになる男子に変わった。 勇夫は負惜しみに・・ 「あいつは野蛮人やから今日からヤバンって呼ぶぞ!」と言い出し、いつしか真一にヤバンというあだ名がついた。

  昼食後はみんなで森の中に入り、自然観察指導員と共に森の樹木や昆虫、植物、野鳥などの観察をした。 その後は三々五々思い思いに森の散策を楽しんだが、真一が樹木の名前や食べられる木の実のことや、昆虫を捕らえて名前や特徴を言ったり、野鳥の名とその鳴き声をしたりするので女子たちの間ですっかりと人気者になってしまった。 真一は生まれ育った山の地形とは全く違うものの、森の匂いに半年前まで走り回っていた故郷の野山を思い出し、少し元気を取り戻していた。 しかし勇夫とその仲間達には嫉妬心もあってか、すっかり野蛮人扱いされ疎まれてしまった。

  夕食後のキャンプファイアーにはみんなで盛り上がった。 その裏で勇夫とイジメ仲間はすっかり真一に女子の人気を取られてしまい腹が立って仕方なかった。 そこで夜にトコトン生意気なヤバンをやっつける作戦を立てていた。 それは皆が寝てから森に連れ出し、思いっきり暗闇で殴り蹴ってやろうとの計画だった。

  行事が終わり、各々が班ごとにロッジに入ったときだった。 2班のいるロッジの女子6人から悲鳴が上がった・・ キャー キャー キャー

  隣で悪巧みをしていた1班の男子がロッジから飛び出して 「なんや なんや・・」と、隣のロッジに駆け込んだ。 麻里は入ってきた勇夫の腕をつかんで・・

「勇ちゃん 早く 早く何とかして・・ 気持ち悪いよ! 怖いよ! 早くして!」

  しかし勇人も仲間の4人も後づさりして、誰も何もできずまま固まっている。 しばらくして外のトイレから戻った真一は、キャー キャー と言って騒いでいる女子のロッジを覗いた・・

 「あっ 真ちゃんだ! お願い! 早く何とかして・・ 早く!」 見ればベットの脇に5-6匹のヤモリがいた。 「な~んだ! 可愛いのに・・」 ヤモリは村では毎度の光景だし、むしろ家の守り神で家守・ヤモリと言うのでいい印象なのだが・・ 真一は一つをつまむと、近くにいた勇夫に ほれっ! と投げてやると、次いでつまんだヤモリを男子に次々 ほいっ  ほいっ! と投げ渡した。 急にヤモリをほり投げられた勇夫は大の虫嫌いときているので腰を抜かさんばかりにビックリ仰天し、部屋の中を逃げ回った。 真一はしばらくそれを遊びとして悪ガキ相手に笑いながらしていたが、あんまり怖がるので再び一匹ずつ手にとると、外の森の中へ逃がしてやった。 「まったくひ弱な都会人だな・・」 真一はここへ来て初めて彼らを皮肉った。

 森の中では逆に何をされるか分からない恐怖から、勇夫とそのイジメ仲間の計画はあっさり頓挫してしまった。

  翌日の昼前、キャンプは解散となり各々が教学の森を下った。 母親は真一が久しぶりに生き生きとし、田舎にいるときのような顔をしていたのでホッとした。 そして・・ 「お父さんと相談したけど、これからゴンを連れて箕面の山を歩いてもいいよ・・」と真一に伝えた。 ゴンは今までは一日一回、真一が家の近くを散歩させていただけだが、「ゴンも山の中がいいみたいだからね・・」と母親が言う。

  翌日から真一はゴンを連れ、夏休みの間中一緒に箕面の山々歩き回った。 朝早くから宿題を済ますと、母親に作ってもらった弁当と、祖父に貰った山の道具をリュックに入れゴンと共に山へでかけた。 ゴンも大きく尾を振り、待ちきれない様子で喜んだ。 それまで老犬で一日中寝ていたが、それが生き返ったかのように元気に歩き出した。 そして夏休みの40日ほどの毎日、真一とゴンは箕面の山々を歩き尽し、更に獣道にまで分け入ったりしていた。

 それは祖父や曽祖父の代から伝統的狩猟文化を継承し村で代々受け継がれてきたマタギの血筋を引き継いでいるかのごとく、山や森の中で人一倍よく勘が働いた。 それは短い期間だったが、真一は狩猟のない時期に祖父に連れられ山の中で実践的に学んだ事が大きかった。 雪深い山の中で熊やカモシカを追いかけていたマタギ犬ゴンも老いたりとはいえ、久しぶりに肌で感じる喜びだった。 ゴンは幼い頃からゴン太でヤンチャクレだったので、祖父がゴンと名づけた。 そして8月の夏休み最後の土曜日に事件は起きた。

  勇夫とその遊び仲間の4人は、あのキャンプ場での後 各々が家族と旅行で海やプールなどで夏休みを過ごし、やっと皆が揃ったところだった。  同級生の麻里に思いを寄せる勇夫は、麻里とその女友達2人を誘い計7人が箕面駅前で待ち合わせをしていた。 勇人はあの日以来、真一によってボスの座もプライドもキズ付けられていたので、何とか麻里とみんなに自分にも勇気のあること、いい格好を示しておきたかったのだ。 しかし、今日までそのいいアイデアは浮かばなかった。

  7人はワイワイ騒ぎながら箕面大瀧まで歩き、その帰り道 唐人戻岩過ぎた所の 石子詰口で立ち止まった。 ふっと道の上を見ると <この先、三国峠は・・ 猿を自然に戻すため・・ 通行止めに・・>との看板があった。 勇人は何かきっかけが無いかとキョロキョロしていたが、やっとこれならオレの勇気も少しは示せるかな? と皆を誘い 「ちょっとこの上に登ってみようや・・」と山道を登り始めた。 勇人にとって瀧道などで野生の猿は見慣れているし、そんなに怖い動物でもなかったからだ。 それにいつも大声を出せば猿はすぐに逃げて行ったからだ。

  少し荒れた道で足場が悪いものの、7人はワイワイと登っていった。 途中 山腹から東の方に遠望できる瀧見場所があり、上方から箕面大瀧流れ落ちる雄姿に歓声をあげた。 やがて箕面山頂で一騒ぎした後、もう少し上まで・・ と三国岳まで登った。 しかし、勇夫にとって肝心の野生猿が一匹も見当たらない・・ 格好いいところを麻里たちに見せようにも、これじゃ見せ場もないし・・

  しばらくして勇夫は少し横道へそれた。 そこには細い獣道がついていたが、勇夫はいかにも知っているかのような顔をして分け入った。「勇夫君 大丈夫? 私怖いわ・・ もう帰りましょ!」 麻里が勇人の腕をひっぱった・・ 勇夫は麻里に腕を引っ張られて益々得意げに先に進んだ。 「大丈夫だよ オレに任せておけよ・・」倒木が多く、歩きにくい所を勇夫が親切に女の子達の手をとり、それが嬉しくてどんどんと分け入った。 細い獣道の先に山の池が見えてきた・・「こんな所に大きな池があるわね・・」「なんや 行き止まりかよ 猿なんかもおれへんな・・」

 その時だった・・ 勇人が何かをふんづけた・・ と下をみたら動いた・・ 「ワー ワー ヘビや! ワー ワー」 勇夫は飛び上がらんばかりに驚き、悲鳴を上げて真っ先に逃げる・・ それを6人が同じようにして走った。 すると少し先でまた勇夫の悲鳴が上がった・・ 見れば今度は大きな蜘蛛の巣に頭から突っ込んだようで ワー ワー ワーと大パニックになっている・・ 追いついた麻里が思い切ってその蜘蛛の巣を取ってやっているとき、勇夫の目の前に大きな蜘蛛がスルスルと下りてきたので、再びパニックになって走り出した。 そしてまもなくズブズブの池沼に入り、足をとられて勇夫はバターンと泥沼の中に頭から前倒しになり、これでパニックもピークに達した。 何とか6人で勇人の体を起こし引き上げたが、体はガタガタと恐怖で震え、ボスの姿は見る影もなく失われ、面目丸つぶれになってしまった。

  その頼りないボスやオロオロする男子を尻目に、素早く行動を起こしたのはかつて栄豊村で2回ほど過ごした事のある麻里だった。 恐怖とパニックの6人を落ち着かせ、少し高い所に移動すると大きな木の根元で一塊になって座った。 「こんな時、真ちゃんがいてくれたら心強いのにな・・・」 麻里の独り言にみんながうなずいた。

  夏とはいえ、山の夕暮れは早い・・ いつしか太陽は西の空へ沈み、急に森の中は薄暗くなってきた。 怖さであちこちと走り回っていたので、ここがどこなのか全く分からない。 ケイタイは山の中で<圏外>で全員がつながらなかった。 やがてとっぷりと日が暮れ、足元さえ全く見えない漆黒の闇に包まれていった。 7人は真っ暗闇の深い森の中に取り残されてしまった。

  交互にケイタイのライトで足元を照らしながら、各々を確認し合っていた。 麻里は 「ここで動き回っても危ないだけ・・ 迷子になったら、そこでじっと待つこと・・と 父さんからいつも言われてきたし・・」 と皆に言った。 「でもここにいるなんて怖い! 男子何とかしてよ!」と別の女子が勇人らをつっつくが、4人の男子はすっかり怯え小さくなっていた。 突然 一人の女子が叫んだ・・・「助けて~ 誰か~ 助けて~」 それで全員が一緒になってあらん限りの声を張り上げて叫んだ・・ しかし こだまもなくただシ~ン と森の中は静まり返るだけだった。

(3)へ続く


転校してきた山少年(3)

2021-07-17 | 第21話(転校してきた山少年)

箕面の森の小さな物語 

<転校してきた山少年>(3)

 その頃、麻里の母親は娘の帰りが遅いし、ケイタイがづっと<圏外>なので心配になり、麻里の友人宅らに次々と電話をしていた。 「ウチの娘も・・」 「ウチも心配していたところで・・」と次々と同じように帰宅せず、ケイタイが繋がらない事が分かった。 「みんな揃って連絡がつかないってことは・・? 何があったのかしら?」 このケイタイが当たり前の時代に、いざ突然に繋がらないとなると余計に心配が増幅し不安がつのる。

 8時をまわり、異常を感じた親達は自治会に連絡し、警察にも連絡した。 子供会の仲間から7人は箕面大瀧へ行くような事を言っていた・・ と聞き、早速 警察、消防団、自治会、父兄などを中心に捜索隊が組まれたのは夜の10時を過ぎた頃だった。

  皆は瀧道から派生する山道を次々と手分けして回り始めたが、少し森のに入ると真っ暗闇で、限られたライトでは到底前へ進む事はできなかった。 各々がハンドマイクをもち、名前を連呼して進むが全く手がかりがなかった。 「おかしいな? 7人ともどこ行ったんだろうか? どこか尾根道から谷へでも滑落したのか・・?」 とか、最悪の事態が脳裏をかすめる。

 勇夫の父親の消防団長は 少し前、白島(はくのしま)で老婆が山菜取りに山へ入り、道に迷ったらしく翌朝 とんでもない所で亡くなっていたことや、谷山の東谷で岩場から滑落して亡くなった女性ハイカーのことや、ウツギ谷では今から帰る・・ との電話の後で行方不明になり、夜明けに滑落し亡くなっている所を発見されたり・・ 近年、何件かの悪い報せに接していたので余計に人一倍の心配がつのっていた。

  その頃 真一は、休日だった父親から 「この夏休みどこへも連れていってやれなかったので・・」と、家族4人で梅田からナンバへと出かけていた。 真一は初めてみる大都市の高層ビル群や街の明かりにビックリしていた。 それに人の多さや店の数、その賑やかさにワクワクしていた。 大阪名物のたこ焼きやお好み焼きなど、本場の味を初めて食べ感激していた。 家族が初めての大都市大阪を満喫して帰宅したのは、夜の11時を過ぎていた。

 そこへ麻里の父親が飛び込んできた・・ 「麻里がおらんのや・・ 行ったんかわからへんねん・・」 ケイタイを元々持っていない高野一家は、この時初めて麻里らが行方不明になっている事を知った。 真一は横で父親らの会話からいきさつを一部始終聞き終えると、麻里の両親に頼んだ。「麻里ちゃんがいつも着ている服があったら一枚出してもらえませんか」 母親は「どうするの?」と言いながらも、いつも家で着ているカーディガンを真一に渡した。 真一はそれをつかむと急いでゴンの小屋の鍵を開けた。 「ゴン これをしっかりと嗅ぐんだ  麻里ちゃんを探すんだ・・」 父親らが何か言おうとした時・・ もう真一とゴンは走っていた。

  聞いていた箕面大瀧まで走ってきたが、ゴンは何の反応も見せなかった。 「おかしいな? 一体みんなどこへ行ったんだ・・?」 真一はもう一度戻りながら、今度はゆっくりとゴンに麻里の匂いを嗅がせながら歩く・・ 石子詰口でゴンの鼻がピクリと動いた・・ みれば噛んだ後のガムの包みだ。 「そういえば麻里ちゃんはよくガムをかんでるな・・ ここだ!」 真一は駆け上がった・・

  しかし、一歩森の中へ足を踏み入れると真っ暗闇で何も見えない。 わずかに月の光が差し込むものの全く明かりもなく、足元は一寸先も見えなかった。 時折 ミミズクがホー ホー ホーと鳴く以外 シ~ン としている。 真一はゴンの先導でリードを持ち、ゆっくり ゆっくり 一歩 一歩 と山道を登った。

  真一は10歳になった時、今は亡き祖父とともに、狩猟期間外に山奥のマタギ小屋で何日か過ごし、マタギの教えを学んだ事があった。 その時はベテランの祖父がついていたし、マタギ犬のゴンも若く元気だったのだが・・

  その頃、恐怖で立ちすくんでいた7人は、少し開けた森の中の大きな木の下に腰を下ろし、緊張感と疲れで固まっていた。 月明かりに下方の山の池が照らされ、時々池面がゆれる・・ 「何かいる・・?」 池面が輪になって揺れるたびに、月の光が反射して周囲の木々に影が映り、それはまるで幽霊がダンスをしているかのようで、ますます怖さがつのる。 

そんな時・・ ドドドド・・ ドドドド・・

 みんな叫びたい声を両手で押さえ、必死で堪えながら耳を澄ますと・・ 何やら動物達が池に来て、水を飲んでいるようだけど・・? この辺にはイノシシも鹿も、テンやタヌキ、狐もいるし、肉食動物も含め、多くの野生の動物が生息し、夜間に活動しているのだから仕方ない。 動物達が水を飲むたびに、その池面に小さな波が立ち、それが輪状になって広がっていく様子に恐れおののいていた・・ 怖い・・ 7人は深い森の中で、次々とヤブ蚊にさされながら、襲い来る恐怖と必死に戦いながら耐えていた。

  真一はマタギ一族の血と勘、それに生まれ育った山奥で、祖父とゴンで過ごした体験、そしてこの一ヶ月 箕面の山々をくまなく歩き回り、走り回ってきた感覚から一歩 一歩 慎重に登った。 時折り 月明かりが木々の間から道を照らすが、ほとんど真っ暗闇だ。 しかし 真一はこの道も2-3回行き来したことがあるので少しは分かる。 やがて三国岳を過ぎた所でゴンが迷い始めた。

 「ゴン がんばれ!」

 真一は麻里の服を何度も何度もゴンに嗅がせ反応を待った。 しばらくしてゴンは左の獣道に分け入った・・ 倒木が多く、真一は何度も転びながら、やっと前方に月明かりに反射するが見えてきた・・ ゴンはその周辺を何度か歩き回った後、池を迂回するように再び森に入った。 ゴンの匂いを嗅いだイノシシや鹿などの動物が、時々一斉に音を立てて走り去っていく・・

 真一は麻里たちがこの近くにいることを肌で感じていた。 池を迂回し、細い谷川の流れに出た・・ ここは後鬼谷のようだな・・ 岩場も多いし、倒木も多いし、山道も荒れ気味で危ないなきっとこの近くにいるはずだ・・

「麻里ちゃん 麻里ちゃん 麻里ちゃん・・」

  麻里ら7人は、どこからかかすかな声を聞いた・・ 「もしかしたら 真ちゃん? まさか? ヤバンが・・」 「真ちゃん  真ちゃん  ヤバン  ヤバンここや・・」 7人は声の限りに、何度も何度も真っ暗闇の森に向かって、大声で叫び続けた・・ 真一もそのかすかな声を聞いた。

 ゴンが大きく吼えた。 リードを引っ張るゴンに真一も続いた・・ 「いた いた あそこだな・・」

  森の中に差し込んだ月明かりが、7人が固まって叫んでいる場所を浮き上がらせていた。

 「真ちゃんだ 真ちゃん 真ちゃん お~い ヤバン ここや・・ 助かった 真ちゃん ヤバン!」 「麻里ちゃん 怪我はないか みんなも大丈夫か? そうか良かった それにしてもよくまあこんな所へ迷い込んだもんだな・・」 「真ちゃんありがとう ヤバンありがとう ありがとう・・」 みんなが嬉し涙で真一を迎えた。

 昼間でもベテランハイカーがたまたま通らねば、出れないような深い森の中だった。

 真一はすぐにでも山を下りたい7人を制し、この真っ暗闇の中で行動することは危険なので、朝までここで待つことを説明した。 そして不安でいっぱいだった7人と真一は、歌など歌いながら夜明けを待った。 真一の存在は、まさに恐怖と漆黒の闇の中で安心感をそれぞれに与え、大きく輝く光だった。

  やがて薄っすらと東の空が明るくなってきた。 「明るくなったのでさあ出発するぞ・・ ボクの言う通りにゆっくりだよ」 真一は手順を説明し、ゴンを先頭に全員で立て一列に並び、ゆっくりゆっくり足元を一歩一歩と確かめるように慎重に歩を進めた。

  西側に深い谷間があり、下方ではサラサラサラ~ と渓流の音が響いてくる・・ 一歩誤って足を踏み外し滑落したら大変な事になる。 真一は何度も後方前方を確認しながら、怖がる一人ひとりに声をかけながらら後鬼谷を下った。

 やがて後鬼谷前鬼谷とが合流する落合谷に下り、一気に森が開けた。「ここまできたらもう大丈夫だ やっと帰れるぞ!」 8人みんなが歓声をあげた・・ 手をたたく者、涙ぐむ者、全員が安堵の喜びをかみ締めていた。

  両方の谷川が合流する所で、全員が泥だらけの体を洗った。 特に頭から沼に突っ込んだ勇夫は、全身がパリパリになり、乾いた頭や顔の泥を拭いながら、余程怖かったのだろう・・ しゃくり声をあげながら大粒の涙を流していた。 そんな勇夫を、他のみんなが優しく背中をたたいたりして慰めていた。 みんなぐったりしているものの笑顔に満ちていた。

 みんなの心は一つだった・・ 「真ちゃん ありがとう ヤバンありがとう」 勇夫は涙を拭きもせず・・ 「ヤバン 今までゴメンな オレらヤバンに意地悪ばっかしてさ・・ ホンマ ごめんな それにオレのせいでみんな怖い思いさせてしもうて ごめんなさい  それにそんなみんなを助けに来てくれた ヤバン・・ ほんとうにありがとう オレは オレは・・」 そこまで言うと声がつまって泣き崩れた。

  「あれ 真ちゃん どうして私の服を持ってるの?」 「ああこれ 麻里ちゃんが寒いといけないと思ってさ・・・」「格好いい!」 麻里に好意を寄せていた勇夫は真一のその格好良さに一瞬 「また負けた・・」 と思ったものの、もう全く対抗心などさらさらなくなっていた。 それはかつてのイジメっ子全員の気持ちだった。 彼らの中で、いつしかリーダーは頼もしくて格好いい真一へと変わっていた。

 やがて東の空から輝く朝日が差し込み、落合谷を明るく照らした。 その時 瀧道から落合トンネルをくぐり捜索隊が上がってきた。 そして先頭にいた警察官が大声でさけんだ。

「いた いた お~い お~い! あそこにいたぞ お~い みんな無事か? 8人に犬もいるぞ? みんな大丈夫か?」

 もうすぐ二学期が始まる。 山少年にもやっと心の通う友達ができ、新しい希望の光が差し込んできた。 箕面の森に輝く朝陽がのぼった。

(完)