箕面の森の小さな物語
<転校してきた山少年>(2)
子供会や自治会の面々は、それぞれ歩いて20-30分ほどで「箕面市立教学の森 青少年野外活動センター」の施設に着いた。
真一は森の中に入り、少し元気を取り戻したかに見えた。 しかし、オリエンテーションでいろんな説明を受けていても上の空だった。 それは5班に分けられた1班(6人)に、よりによって勇夫とその仲間も入っていたからだった。 「もう逃げて帰りたい・・ 2日間も一緒だなんて無理だ・・」
やがて昼食のカレー作りが始まった。 森の中のオープンキッチンなので虫もいっぱい飛んでくる。 そのたびに虫に弱い女の子たちは悲鳴をあげたりしている。 男子は女子に指示されたりして、慣れないジャガイモやニンジンの皮むきなどを手伝っている。 真一はいつ勇人らのイジメが始まるのかと、憂鬱な気分で一人離れ、森を飛び交う野鳥を眺めていた。「オレは鳥になってどこか飛んで行きたい・・」 その時だった・・
キャー キャー キャー
女子が叫び声をあげると、男子も声があがりざわついた。 「何があったんだろう?」 真一が急いで皆が遠巻きにしている小屋の前に行くと・・ みんなが顔を引きつらせて指を指している・・ 「あそこにいる・・ 勇夫君 男でしょ! 早く何とかしてよ!」 「オレは・・ アカンね オレは・・」
真一がふっと見ると、食料を置いてある松の木の上にアオダイショウが一匹いたのだ・・ 真一は「な~んだ・・」と言うと前に出てそのアオダイショウの首元をひょいとつかむと、少し先の草むらの中へ逃がしてやった。 全員がその真一の行為に恐怖も忘れ、ポカンとした顔をして見つめていた。
それから皆が真一を見るめが一変した。 おとなしい田舎者ぐらいだったのが、尊敬の眼差しや呆れ顔や、やっぱり田舎モンやとか、野蛮人やとか好き勝手に言い出したが、すくなくとも女子達からは頼りになる男子に変わった。 勇夫は負惜しみに・・ 「あいつは野蛮人やから今日からヤバンって呼ぶぞ!」と言い出し、いつしか真一にヤバンというあだ名がついた。
昼食後はみんなで森の中に入り、自然観察指導員と共に森の樹木や昆虫、植物、野鳥などの観察をした。 その後は三々五々思い思いに森の散策を楽しんだが、真一が樹木の名前や食べられる木の実のことや、昆虫を捕らえて名前や特徴を言ったり、野鳥の名とその鳴き声をしたりするので女子たちの間ですっかりと人気者になってしまった。 真一は生まれ育った山の地形とは全く違うものの、森の匂いに半年前まで走り回っていた故郷の野山を思い出し、少し元気を取り戻していた。 しかし勇夫とその仲間達には嫉妬心もあってか、すっかり野蛮人扱いされ疎まれてしまった。
夕食後のキャンプファイアーにはみんなで盛り上がった。 その裏で勇夫とイジメ仲間はすっかり真一に女子の人気を取られてしまい腹が立って仕方なかった。 そこで夜にトコトン生意気なヤバンをやっつける作戦を立てていた。 それは皆が寝てから森に連れ出し、思いっきり暗闇で殴り蹴ってやろうとの計画だった。
行事が終わり、各々が班ごとにロッジに入ったときだった。 2班のいるロッジの女子6人から悲鳴が上がった・・ キャー キャー キャー
隣で悪巧みをしていた1班の男子がロッジから飛び出して 「なんや なんや・・」と、隣のロッジに駆け込んだ。 麻里は入ってきた勇夫の腕をつかんで・・
「勇ちゃん 早く 早く何とかして・・ 気持ち悪いよ! 怖いよ! 早くして!」
しかし勇人も仲間の4人も後づさりして、誰も何もできずまま固まっている。 しばらくして外のトイレから戻った真一は、キャー キャー と言って騒いでいる女子のロッジを覗いた・・
「あっ 真ちゃんだ! お願い! 早く何とかして・・ 早く!」 見ればベットの脇に5-6匹のヤモリがいた。 「な~んだ! 可愛いのに・・」 ヤモリは村では毎度の光景だし、むしろ家の守り神で家守・ヤモリと言うのでいい印象なのだが・・ 真一は一つをつまむと、近くにいた勇夫に ほれっ! と投げてやると、次いでつまんだヤモリを男子に次々 ほいっ ほいっ! と投げ渡した。 急にヤモリをほり投げられた勇夫は大の虫嫌いときているので腰を抜かさんばかりにビックリ仰天し、部屋の中を逃げ回った。 真一はしばらくそれを遊びとして悪ガキ相手に笑いながらしていたが、あんまり怖がるので再び一匹ずつ手にとると、外の森の中へ逃がしてやった。 「まったくひ弱な都会人だな・・」 真一はここへ来て初めて彼らを皮肉った。
森の中では逆に何をされるか分からない恐怖から、勇夫とそのイジメ仲間の計画はあっさり頓挫してしまった。
翌日の昼前、キャンプは解散となり各々が教学の森を下った。 母親は真一が久しぶりに生き生きとし、田舎にいるときのような顔をしていたのでホッとした。 そして・・ 「お父さんと相談したけど、これからゴンを連れて箕面の山を歩いてもいいよ・・」と真一に伝えた。 ゴンは今までは一日一回、真一が家の近くを散歩させていただけだが、「ゴンも山の中がいいみたいだからね・・」と母親が言う。
翌日から真一はゴンを連れ、夏休みの間中一緒に箕面の山々を歩き回った。 朝早くから宿題を済ますと、母親に作ってもらった弁当と、祖父に貰った山の道具をリュックに入れゴンと共に山へでかけた。 ゴンも大きく尾を振り、待ちきれない様子で喜んだ。 それまで老犬で一日中寝ていたが、それが生き返ったかのように元気に歩き出した。 そして夏休みの40日ほどの毎日、真一とゴンは箕面の山々を歩き尽し、更に獣道にまで分け入ったりしていた。
それは祖父や曽祖父の代から伝統的狩猟文化を継承し、村で代々受け継がれてきたマタギの血筋を引き継いでいるかのごとく、山や森の中で人一倍よく勘が働いた。 それは短い期間だったが、真一は狩猟のない時期に祖父に連れられ山の中で実践的に学んだ事が大きかった。 雪深い山の中で熊やカモシカを追いかけていたマタギ犬ゴンも、老いたりとはいえ、久しぶりに肌で感じる喜びだった。 ゴンは幼い頃からゴン太でヤンチャクレだったので、祖父がゴンと名づけた。 そして8月の夏休み最後の土曜日に事件は起きた。
勇夫とその遊び仲間の4人は、あのキャンプ場での後 各々が家族と旅行で海やプールなどで夏休みを過ごし、やっと皆が揃ったところだった。 同級生の麻里に思いを寄せる勇夫は、麻里とその女友達2人を誘い計7人が箕面駅前で待ち合わせをしていた。 勇人はあの日以来、真一によってボスの座もプライドもキズ付けられていたので、何とか麻里とみんなに自分にも勇気のあること、いい格好を示しておきたかったのだ。 しかし、今日までそのいいアイデアは浮かばなかった。
7人はワイワイ騒ぎながら箕面大瀧まで歩き、その帰り道 唐人戻岩を過ぎた所の 石子詰口で立ち止まった。 ふっと道の上を見ると <この先、三国峠は・・ 猿を自然に戻すため・・ 通行止めに・・>との看板があった。 勇人は何かきっかけが無いかとキョロキョロしていたが、やっとこれならオレの勇気も少しは示せるかな? と皆を誘い 「ちょっとこの上に登ってみようや・・」と山道を登り始めた。 勇人にとって瀧道などで野生の猿は見慣れているし、そんなに怖い動物でもなかったからだ。 それにいつも大声を出せば猿はすぐに逃げて行ったからだ。
少し荒れた道で足場が悪いものの、7人はワイワイと登っていった。 途中 山腹から東の方に遠望できる瀧見場所があり、上方から箕面大瀧の流れ落ちる雄姿に歓声をあげた。 やがて箕面山頂で一騒ぎした後、もう少し上まで・・ と三国岳まで登った。 しかし、勇夫にとって肝心の野生猿が一匹も見当たらない・・ 格好いいところを麻里たちに見せようにも、これじゃ見せ場もないし・・
しばらくして勇夫は少し横道へそれた。 そこには細い獣道がついていたが、勇夫はいかにも知っているかのような顔をして分け入った。「勇夫君 大丈夫? 私怖いわ・・ もう帰りましょ!」 麻里が勇人の腕をひっぱった・・ 勇夫は麻里に腕を引っ張られて益々得意げに先に進んだ。 「大丈夫だよ オレに任せておけよ・・」倒木が多く、歩きにくい所を勇夫が親切に女の子達の手をとり、それが嬉しくてどんどんと分け入った。 細い獣道の先に山の池が見えてきた・・「こんな所に大きな池があるわね・・」「なんや 行き止まりかよ 猿なんかもおれへんな・・」
その時だった・・ 勇人が何かをふんづけた・・ と下をみたら動いた・・ 「ワー ワー ヘビや! ワー ワー」 勇夫は飛び上がらんばかりに驚き、悲鳴を上げて真っ先に逃げる・・ それを6人が同じようにして走った。 すると少し先でまた勇夫の悲鳴が上がった・・ 見れば今度は大きな蜘蛛の巣に頭から突っ込んだようで ワー ワー ワーと大パニックになっている・・ 追いついた麻里が思い切ってその蜘蛛の巣を取ってやっているとき、勇夫の目の前に大きな蜘蛛がスルスルと下りてきたので、再びパニックになって走り出した。 そしてまもなくズブズブの池沼に入り、足をとられて勇夫はバターンと泥沼の中に頭から前倒しになり、これでパニックもピークに達した。 何とか6人で勇人の体を起こし引き上げたが、体はガタガタと恐怖で震え、ボスの姿は見る影もなく失われ、面目丸つぶれになってしまった。
その頼りないボスやオロオロする男子を尻目に、素早く行動を起こしたのはかつて栄豊村で2回ほど過ごした事のある麻里だった。 恐怖とパニックの6人を落ち着かせ、少し高い所に移動すると大きな木の根元で一塊になって座った。 「こんな時、真ちゃんがいてくれたら心強いのにな・・・」 麻里の独り言にみんながうなずいた。
夏とはいえ、山の夕暮れは早い・・ いつしか太陽は西の空へ沈み、急に森の中は薄暗くなってきた。 怖さであちこちと走り回っていたので、ここがどこなのか全く分からない。 ケイタイは山の中で<圏外>で全員がつながらなかった。 やがてとっぷりと日が暮れ、足元さえ全く見えない漆黒の闇に包まれていった。 7人は真っ暗闇の深い森の中に取り残されてしまった。
交互にケイタイのライトで足元を照らしながら、各々を確認し合っていた。 麻里は 「ここで動き回っても危ないだけ・・ 迷子になったら、そこでじっと待つこと・・と 父さんからいつも言われてきたし・・」 と皆に言った。 「でもここにいるなんて怖い! 男子何とかしてよ!」と別の女子が勇人らをつっつくが、4人の男子はすっかり怯え小さくなっていた。 突然 一人の女子が叫んだ・・・「助けて~ 誰か~ 助けて~」 それで全員が一緒になってあらん限りの声を張り上げて叫んだ・・ しかし こだまもなくただシ~ン と森の中は静まり返るだけだった。
(3)へ続く