古処山系を称して、嘉麻アルプスと言うらしい。
今回はその嘉麻アルプス、古処山から塀山を過ぎ、馬見山を目指す縦走ルートを行く。
古処山五合目駐車場から出発。
今回こそ、迷わないようにせねば。
登山道は、足元が不安定なガレ場が多い。
渡渉箇所も複数ある。
砦跡だろうか。
古処山は秋月氏の居城、古処山城があった事で知られる。
水船と呼ばれる水場。
嘗て古処山城に拠った兵、1,000人分の水を賄ったとの事。
水船を過ぎた辺りから、柘植の原生林が広がる。
古処山は石灰岩の山である。
山頂近くになると、剥き出しの石灰岩と柘植ばかりの風景となる。
古処山頂到着。
休む間もなく塀山へと出発だ。
尾根道を行く。
浸食により墓石を重ねたようになった石灰岩。
山道はほぼ全面に亘り、霜柱に覆われていた。
それを踏みしだきながら歩く。
靴底に伝わるジャリジャリとした感覚が、なんとも心地よい。
塀山山頂。
眼下に広がるのは嘉麻盆地だ。
ここで、思いがけぬご褒美が。
霧氷だ。
まるで白い花が咲いたようだ。
青空に照り映える霧氷。
暫し、見とれる。
とは言え、先がある。
何時までも、見上げている訳にもいくまい。
正面が目指す馬見山。
ここから、ズンズンと降りて行く。
降りた分だけ、また登らなければいけないのは、自明の事だ。
折角上ったのにぃ!と呟きたくなるが、縦走とはそうしたものだと、自分に言い聞かすしかない。
宇土浦越。
塀山と馬見山の鞍部に到着した。
ここからは、ひたすら急登が続く。
あそこが頂上かと、思いきや、
ふえ~~~
まだまだ、馬見山は、あんな先だよ。
この後、法螺貝の音と共に、六根清浄を唱えながら、馬見山から降りてくる、修験者の集団に出会った。
驚くのは、皆30代から40代と思しき世代である事である。
さらに、履いているのが、白い地下足袋である。
角張った石ころのガレ場も多い山道だ。
「凄いね。痛くないの。」
言わずもがなの事を、若い女性に尋ねてみた。
「ええ。クス」
答えようも無かろう。痛いに決まってるからだ。
その痛みも、修行の一つなのだろうから。
おそらく、同じ質問を100回はされた事だろう。
失礼した。
標高が上がるにつれ、木々が白い衣を纏い始める。
霧氷の森が目の前に出現した。
先程より、少し時間が経過して、気温が上がってきている。
溶けかけた氷が陽光に煌めき、更に美しくなった。
この白い森を抜けると、山頂だ。
失礼。
これはルーティンだから仕方ないのだ。
画像に向かって、悪態をつくなり、なんなりとされればよかろう。
丁度、昼時だ。
昼飯休憩とするか。
先着の見知らぬオジサンから、
「この先の見晴台、よかですよ。行ってみらんですか。」
そうですか。そりゃご親切に。
飯食ったら、早速行ってきます。
ほほう!
ほほう!
遠く九重連山から阿蘇五岳、この前登った釈迦岳、御前岳、近くは英彦山や耳納連山が一望だ。
さて、ここからはピストンで折り返さねばならない。
名もなきピーク(左)を越えて、塀山(右)を目指す。
さらに、その先に聳える古処山へ進み、下山だ。
縦走折り返しの場合、帰り道も同じようにアップダウンを繰り返す事になる。
下山と言っても、ちっとも楽じゃない。
そうこうするうち、
ブオーーーン
あら、追い付いちゃったよ。
結構ゆっくりだったんだね。
お先に。
塀山に到着。
随分と気温が上がった。
木々の小梢からは、溶け落ちる霧氷の霰が、シャリシャリと降り注いでいた。
この後、古処山山頂を経由して、駐車場まで無事下山した。
今回、休憩時間も入れて6時間程の山登りとなった。
思いもよらぬ霧氷のプレゼントもあり、大満足の嘉麻アルプス縦走だった。