MEMORANDUM 今日の視点(伊皿子坂社会経済研究所)

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#2648 蘇る不動産神話

2024年10月08日 | 社会・経済

 東京都を中心とした首都圏で、「家が高くて買えない」という切実な声が数多くあがっていると、5月17日のNHKニュース(首都圏ネットワーク)が報じています。東京23区の新築マンションの売り出し価格は平均でも1億円を突破(2023年)。この10年でおよそ2倍にまで跳ね上がり、子育て世帯の中には共働きでも予算に収まる家が見つからないという人も多いと伝えています。

 なぜ、首都圏の住宅は高騰しているのか。その理由としては、①都内では広い土地が減り供給できる戸数が減少したこと、②土地代や建築費などのコストが上昇していること、さらに③マンションの高層化や高機能化により高価格帯で勝負する物件が増えていること…などが挙げられているようです。

 中でも、23区を中心とした東京の地価の上昇は深刻で、様々なデベロッパーが手ごろな価格での住宅供給を目指し、神奈川、埼玉、千葉の周辺3県にまで対象を拡大し、開発可能の土地の確保に熾烈な競争を繰り広げているということです。

 「土地神話」「不動産神話」と聞けば、バブル経済真っ盛りの頃、低金利政策により市場にあふれた資金が株式市場や不動産市場に流れ、急激な地価高騰が起こったのを思い出す人も多いでしょう。

 ムードに同調したメディアがテレビや新聞など通じて地価高騰や価値上昇を過剰にあおり、土地神話は一気に拡大。しかしその一方で、「住宅が手に入らない」といった中間層の反発は政府に向かい、結果として生まれた不動産市場への介入や極端な金融引き締めがバブルの「崩壊」を招いたのは、既に懐かしい思い出と言えるかもしれません。

 さて、東京一極集中が指摘される中、こうして首都圏の各地で進む住宅開発。外資による日本の不動産市場への参入なども支えとして、この日本でもかつてのような不動産バブルが繰り返されることになるのでしょうか。

 8月30日の総合情報サイト「Newsweek日本版」に、経済評論家の加谷珪一氏が『インフレと金利上昇で揺れる不動産市場...「持ち家」「賃貸」論争に変化の兆し?』と題する論考を寄せていたので、参考までに小欄にその一部を残しておきたいと思います。

 戦後の日本において、不動産に対する価値観は大きく2度激変してきた。そして現在3度目の変化の時期を迎えていると加谷氏はこの論考で指摘しています。

 戦前の日本政府は、太平洋戦争を遂行するために国債を次々と発行。国家予算の280倍という途方もない金額の財政支出を行った。そして日本は戦争に負け、都市部の多くが焦土と化したと加谷氏は説明しています。

 日本の国債はほぼ全額が日銀の直接引き受けで賄われていたことから、戦後はハイパーインフレとなり、国民の預金はほぼ全額、価値を失った。一方、(その反動から)物価上昇分以上に価値が高まったのが不動産で、戦争直後の日本で、一気に富裕層として台頭したのは土地所有者だったというのが氏の認識です。

 日本経済が高度成長に入った後も不動産価格は上昇を続け、巷では「土地神話」という言葉が飛び交うようになった。高度成長期を通じ、銀行の融資は土地を担保にすることが当然視され、土地は何よりも価値の高い資産として認識されていたということです。

 1980年代のバブル時に異様なまでに土地価格が高騰したのも、不動産に対するこうした信仰があったからにほかならない。しかし、バブル崩壊とともに日本の土地神話は完全に消滅。土地を担保とした不良債権の処理に10年以上もかかる状況となり、日本人の土地への認識は大きく変わったと氏はしています。

 「失われた」と呼ばれる20年余りの期間、日本経済はデフレ基調の下で低迷。不動産価格が上向く兆候はつとになく、家賃も低迷していたことから、住宅は所有せず一生賃貸のほうがリーズナブルであるとの価値観も浸透してきたというのが氏の指摘するところです。

 一方、こうした考え方がスタンダードになると思われた矢先に実施されたのが安倍政権による大規模緩和策だと氏は続けます。景気回復を目的に日銀が大量の国債を買い入れ、市場には大量のマネーがあふれ出た。しかし、銀行は良い融資先を見つけることができず、余剰マネーの大半は不動産開発に向かったということです。

 その結果、30年にわたって低迷が続いた日本の不動産市場は一転、本格的な上昇モードに入った。整理すると、戦後日本における不動産価格は、終戦後のハイパーインフレを起点に継続的な上昇フェーズが続き、バブル崩壊をきっかけに長期の上昇相場が終了したということ。そして大規模緩和策の結果、30年の時を経て、再び長期上昇フェーズに入ろうとしているというのが(現在の状況に対する)氏の解釈です。

 大規模緩和策の影響が大きいという点では、日本は先進各国の中で突出した状況にあるものの、余剰マネーが不動産に向かうという現象は日本だけのものではない。世界各地で不動産価格は上昇を続けており、庶民の生活水準と乖離する問題は各国で指摘されていると氏は言います。

 そうした視点から総合的に世界の不動産市況について考えた場合、日本はもちろんのこと、全世界的に不動産にマネーが集まっており、当分の間、不動産価格の上昇が続く可能性が高いというのが氏の見解です。

 世界経済の機関車となってきたアメリカ経済に鈍化の兆しは見えるものの、中東情勢が悪化していることから原油価格は再び上昇に転じるとの予想もある。今後もインフレ傾向が続くということであれば、仮に不動産市況が悪化しても、中国のように一旦は下落に転じるものの、それなりの価格で市場が推移する可能性も十分にあるということです。

 結局のところ、「失われた」と言われる30年の間、それなりに落ち着きを見せていた日本の不動産市場も、経済の「正常化」とともに(ここに来てようやく)次のフェーズに移り始めているということなのでしょう。

 そう考えれば、(何か極端なことが起こらない限り)当面、日本の不動産市場が活況を呈するのは不思議でも何でもない。円の価値が下がり、または不安定になればなるほど国民に頼りにされるのが日本の不動産だと考える加谷氏の視点を、私も興味深く受け止めたところです。