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MEMORANDUM 今日の視点(伊皿子坂社会経済研究所)

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#2730 ノリでやってきたツケ

2025年02月01日 | 日記・エッセイ・コラム

 世の中がバブル経済に浮かれた1980年代後半から90年代中盤にかけての時代。日本のテレビ界で圧倒的な強さを誇ったのはフジテレビでした。(若い人の中には信じられないかもしれませんが)なにしろ当時のフジは、12年間に渡って年間視聴率三冠王者に君臨し続けた絶対王者的存在だったのです。

 そんなフジテレビが、建築家・丹下健三氏の手によるお台場の新社屋に移転したのは1997年のこと。私もちょうどその時期、3年間ほどテレビというメディアに大きくかかわる仕事をしていたので、街開きが済んだばかりのお台場の近未来的なあの建物にも、しばしば足を運びました。

 例えば、バラエティの世界では、『ザ・マンザイ』から『オレたちひょうきん族』『笑っていいとも』に至るまで、漫才ブームを引っ張ったのが(ほかでもない)フジテレビ。その後は、『オールナイト・フジ』『夕焼けニャンニャン』『料理の鉄人』『SMAP SMAP』と、次々と高視聴率の番組を繰り出します。

 一方、一世を風靡したトレンディドラマの世界でも、フジは頭二つ分ほど抜け出していました。今でも再放送が人気を博す1991年の『東京ラブストーリー』や『1回目のプロポーズ』、1993年の『ひとつ屋根の下』、『あすなろ白書』などを懐かしむ人は多いでしょう。そして90年代後半に入っても、フジは『古畑任三郎』『ロング・バケーション』『踊る大捜査線』など、立て続けに大ヒットを飛ばします。

 確かに私の記憶でも、他の在京キー局と比べ、お台場の社風は明るく自由な感じ。「楽しくなければテレビじゃない」とのスローガンのもと、若い社員たちが「お台場文化」と呼べるような軽いノリで、思い付きのアイディアを次々と実現していく姿を、私も羨ましく眺めていました。

 そして、それから30年。自由な社風の中でエンターテイメントを追い求めていたフジテレビは、どこで変わってしまったのか。1月30日の日本経済新聞に、(おそらくは私と同世代であろう)同紙編集委員の石鍋仁美氏が、『フジテレビの「内輪ノリ」 栄光と落とし穴は背中合わせ』と題する論考記事を寄稿していたので、概要を小欄に残しておきたいと思います。

 「内輪ノリ」とは、仲間内の信頼や感性を優先し、周囲や世間にも押し通すこと。業績不振や同族経営からの「クーデター」で若手社員の登用が進んだフジテレビは、この「内輪主義」を武器に一世を風靡した。しかしその文化が経営にも持ち込まれた結果、視聴率の低迷と会社を揺るがす危機を招いていると石川氏は(フジの)現状を説明しています。

 中居正広氏と女性の間のトラブルは、結果としてFMH(フジ・メディアホールディングス)の傘下で放送事業を担当するフジテレビジョンの会長と社長の辞任につながった。1月27日の会見では、トラブルの背景にはフジの企業風土があるのではないかとの質問に対し、金光会長は「自由、進取の気質、人情味」という良さを挙げたうえで、「自由だからといって、今は何でもいい時代ではない」と語ったということです。この発言を受け、同じくかつてバラエティ部門で数々のヒット番組を手がけ、同日付で社長を辞任した港浩一氏も、「昔のやり方を引きずってしまっているのかな」と答弁をしていました。

 かつて、若手社員が自由に企画を立て、時代に合わせるのではなく時代をけん引したフジテレビ。なぜ時代の流れを感知できなくなったのか。

 1980年前後に、同族経営の2代目が指揮し、「楽しくなければテレビじゃない」を合言葉に「楽しさ」路線にかじを切ったフジテレビは、大胆な人事異動を通じて現場への権限委譲を進めたと石川氏はしています。

 同時に、女性アナウンサーを「女子アナ」としてアイドルタレントのように売り出し、ディレクターらが芸能人にまじりバラエティー番組に出演するなど、業界自体のエンターテイメント化を進めた。これには賛否両論あったが、好意的に見ればこれは「25歳定年」で男性の補佐役だった女性社員を新たな主役にすえたり、日の当たりにくい裏方たちを表舞台に出したりする挑戦であり、「内輪ノリ」の真骨頂といえるというのが氏の認識です。

 さて、90年代に入り、同族からの3人目のトップをクーデターで事実上追放したのが現在の経営陣。主導者の一人が今はFMHとフジテレビの両社で取締役相談役を務める日枝久氏だが、その後、ライブドアによる買収騒動を経て東日本大震災のあった2011年ごろから「楽しさ」路線のヒットが出にくくなる。そして今回はガバナンス不全も露呈したと石川氏は話しています。

 FMHの2025年3月期の上半期決算をみると、売上高構成比22%の不動産事業(オフィスビル、ホテル、水族館など)が、営業利益の66%を稼いでいることがわかる。売上高では75%を占めるメディア事業(テレビ、有料配信、イベントなど)は営業利益では32%しか貢献しておらず、今回のCM停止で下半期のメディア事業はさらに厳しくなるだろうと石川氏は予想しています。

 人権への関心が事業領域を問わず強まり、芸能を含むコンテンツ産業の位置づけも変わる中、これは一般的な上場企業であれば、株主から「祖業であっても利益の低い事業は売却しろ」と要望が出てもおかしくない状況とのこと。

 日本のコンテンツの魅力に海外勢が気づき、日本の政府も基幹産業として本格的に育てようとしているさ中、投資、政治、社会などさまざまな面から、かつてのような「特殊なギョーカイ」「はぐれものの集まり」という無頼ぶりは(もはや)許されなくなっているというのが氏の指摘するところです。

 時代の変化を機敏に察知し変身していくには、若手への権限委譲、参加者の多様性、内と外や社員同士の風通しの良さ、安心して物が言える雰囲気が必要不可欠となる。それはかつてのフジテレビ自身が証明していることであり、そのために現在の経営陣やグループ上層部は何をすべきか。若いころの経験を顧みれば、答えは明らかだというのが氏の見解です。

 結局のところ、「出直し」という新しい船に乗るのは、もはや古い水夫ではないということなのでしょう。「とんねるず」や「ビートたけし」の笑いやノリは、もはや今の若者たちには通じない。今回の不祥事によって(一時はフジの屋台骨を担っていた)「SMAP」まで完全に終止符を打つ中、メディア全体が世代交代し、新しい理念と姿を纏う必要があるのだろうなと私も改めて感じた次第です。



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