MEMORANDUM 今日の視点(伊皿子坂社会経済研究所)

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#2084 分配に対する社会的合意

2022年02月09日 | 社会・経済


 誕生間もない岸田政権が、経済政策が達成すべき課題の筆頭に据えているのが「成長と分配の好循環」による「新しい資本主義」というものです。1月17日に行われた施政方針演説の中で、岸田文雄首相は「新しい資本主義」という言葉を8回繰り返し、「資本主義の変革」や「経済社会変革」など、同じ意味の言葉を含めれば、(所信表明よりも6回多く)実に16回も口にしています。また、岸田首相は日頃から、「新しい資本主義」について、「成長と分配の好循環で実現する」と強調しており、施政方針演説では、「分配」に8回、「人への投資」「人的投資」にも5回言及したとされています。

 岸田政権は、経済成長の果実が社会全体に行き渡っていないために格差が広がってしまったとの問題認識のもと、「成長と分配の好循環」の実現を目指すとしています。岸田文雄首相は「文藝春秋」に寄稿した「私が目指す新しい資本主義のグランドデザイン」において新自由主義の弊害を指摘。中国をはじめとする権威主義国家の台頭に対抗するためにも、「資本主義のバージョンアップ」が必要だと話しています。

 しかし、その一方で、成長と分配が車の両輪だというのなら、成長によって在られた果実を分配するためのルールや社会的な合意が必要なのは言うまでもありません。(それでは)私たちは、分配の原資をどこに求めればよいのか。社会全体がそれぞれ身銭を切るという、(ある種の)「覚悟」のようなものを共有すること。口で言うのは簡単な「分配」が抱えるこうした課題に関し、1月4日の日本経済新聞の紙面(Analysis「コロナ危機を超えて」)において、立正大学学長の吉川洋(よしかわ・ひろし)氏が、「格差是正への「負担」合意急げ」と題する論考を寄せています。

 世界の経済・社会はコロナに振り回される中、20世紀末から問題となっていた「格差」が改めてクローズアップされていると、氏はこの論考の冒頭に記しています。経済の落ち込みが、非正規労働者や中小のサービス業などに大きな影響を与えた。気が付けば政府の経済対策も給付金なども、困窮している弱者や中小企業の救済が柱となったということです。

 思えば、19世紀に始まる資本主義の発展は、(ある意味)「格差」との闘いの歴史でもあったと氏は言います。工業を中心とする資本主義社会における格差は、伝統的な農村における格差よりはるかに大きかった。これを修復不能なシステム上の欠陥として、社会主義への移行を唱えたマルクスとエンゲルスが「共産党宣言」を書いたのは(実に)1世紀半以上前の1848年のことだということです。

 こうした時代背景の下、欧州先進諸国は19世紀末から20世紀にかけて「格差の防波堤」として「社会保障制度」を生み出した。政府は司法、外交など最小限の役割を果たせばよいとする「夜警国家」は150年前に姿を消し、政府が所得の再分配を積極的に担う(経済学者ポール・サミュエルソンが呼ぶところの)「混合経済」、まさに「新しい資本主義」が誕生したと氏は指摘しています。

 とはいえ、これで格差の問題が解消したわけではありません。実際、われわれが目の前でみている格差には、コロナ禍により一時的に増幅された格差と、何十年という単位で生じている歴史的趨勢が混在しており、より大きな問題は少子高齢化など歴史的な趨勢だというのが氏の認識です。長寿はめでたいことだが、一方で高齢者の間には所得・資産・健康状態に関して現役世代よりもはるかに大きな格差がある。高齢者の5人に1人はひとり暮らしで、こうした問題は自助努力だけでは解決できないということです。

 さて、格差を抑制する所得再分配は社会の安定のために必要だが、その一方で中間層がやせ細って栄えた国がないことは、歴史が教える重い教訓だと氏は言います。さらに日本の場合、格差の是正は人口減少に歯止めをかける必要条件でもあるというのが氏の指摘するところです。

 資本主義社会で中長期的な格差を抑えるのは「税」と「社会保障」であり、年金・医療・介護保険などの制度が持続するには、言うまでもなく応分の負担がなされねばならないと、氏はここで改めて強調しています。戦後日本の税負担を国民所得比でみると、おおむね安定した水準にある。しかし、ゼロからスタートした社会保険料などの「社会負担率」は近年の18.5%まで上昇しており、両者を合わせた国民負担率は既に44.7%に及んでいるということです。

 周囲を見渡せば、欧州主要国の国民負担率は、英国48.6%、ドイツ55.8%、フランス68.0%と日本を上回る。一方、直近の高齢化率(65歳以上人口比率)は、日本29.1%、ドイツ22.0%、フランス21.1%、英国18.8%であり、日本は高齢化の紛れもないフロントランナーだと氏は言います。この数字を見る限り、現在の国民負担率では社会保障を持続できないことは明白だ。現在は公費で何とか支えているものの、税収が恒常的に足りず、それが財政赤字に(そのまま)平行移動しているというのが氏の見解です。

 さて、そうした環境の中で、岸田政権は「新しい資本主義」を旗印に、「分配」を掲げて政権に望むことになるわけです。公債のGDP比が既に2倍に達する中、広がる格差を前に「負担」に関する社会的合意を形成すること。これこそが政府にしかできない「分配」に関する最も重要な仕事となるだろうとこの論考を結ぶ吉川氏の指摘を、私も重く受け止めたところです。


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