〘 松下 俊行(フルート)
イベールの『祝典序曲』は日本の「紀元2600年」の祝典に寄せられた作品で、同時に贈られた他国の数曲と共に、二千六百年奉祝交響楽団によって昭和15年(1940年)に初演されている。…
… ■ 紀元2600年の日本
さて、昭和15年がその神武天皇即位から2600年目に当たる事に着目した日本政府は、この記念事業企画を昭和10年から行なっていた。紀元2600年という区切りそのものには積極的な意味はないし、この年は甲子でも辛酉とも関係はない。だがこの区切りの良い年に、海外に「神国日本」肇国の悠遠をアピールし、国内にあっては他国に勝る歴史ある日本文化の優越を知らしめて国威と民心の発揚を図る必要が、為政者の側にあった。
そして同年11月10日には内閣主催の奉祝会開催を中心として、各地で様々な行事・・・勤労奉仕や観艦式・記念碑の建造などを含む・・・が行われる。万国博覧会の開催やオリンピック(夏季のみならず冬季のそれも)誘致も計画された。
その一環として海外にも奉祝の為の楽曲を委嘱しようとの計画が立案される。「恩賜財団紀元二千六百年奉祝会」と「内閣二千六百年記念祝典事務局」とがこの計画を実際に推進してゆき、次の5曲が日本政府に対して贈られる結果となった。このうち今我々に余りなじみの無いピエッティはイタリア、ヴェレシュはハンガリーの作曲家である。
・イベール:『祝典序曲』
・ピエッティ:『交響曲イ長調』
・R.シュトラウス:『日本建国2600年祝典曲』
・ヴェレシュ:『交響曲』
・ブリテン:『シンフォニア・ダ・レクイエム』
その他3人の「著名な」人々のうち、R.シュトラウスはまだしも、イギリスやフランスのような国々からも作品が寄せられている事と、この祝典の背景となる「戦時の日本」のイメージが容易に重ならないかも知れない。
だが実際にイベールの『祝典序曲』は1940年6月に日本に到着しており、同年12月に歌舞伎座に於いて山田耕筰の指揮により初演されている(ブリテン以外の作品も、指揮者こそそれぞれ異なるが同日に演奏)。その山田耕筰もこの時、歌劇『黒船(夜明け)』を奉祝曲として書いている。同じ目的で創作された中で有名なのは 信時潔 の 交声曲『海道東征』だろうか。菅原明朗は『紀元二六○○年の譜 交声曲-時宗-』を残す。その他歌謡や舞踏の為の作品を含め、数多の楽曲がこの年の為に作られているのである。… 〙
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