12・9・15
折り紙切り紙500日
千羽鶴を5千羽ぐらい折った結果が血液検査に現れた。
鶴を折る僅かな時間でも一時、集中する、
断続的にでも集中することが重なる。
安定打坐はブザー音に誘導されて集中、
ブザー音が途切れる一瞬が「空」の境地と云われている。
安定打坐考抄第2章は「無我一念法」 視覚を通じて集中する、
そして一瞬「空」の境地を味わう。
「空」の境地とはこういうもの、と未だに得心を得ていない。
しかし安定打坐考抄には「空」の一瞬に命が活性化される、とある。
安定打坐は瞬間活法である、と説かれている。
鶴を折る過程に集中することは感覚的に分かる。
だが、その次に「空」の状態になったのかならないのか定かではない。
しかし、血液検査の結果がすべて好転した事実から推測して
「空」の状態が度々あった。そして
瞬間的に生命活動が活性化される機会が度々あった、と云える。
樋口一葉の「十三夜」天風師の「安定打座考抄」
幸田露伴の「五重塔」芥川龍之介の「蜜柑」をそして
今年7月、樋口一葉の「にごり絵」をノートに丸ごと書き写しました。
書き写す読み方って独特なものがあるような気がした。
県立西部図書館の司書に
こうしたことを書いた書籍とか研究論文があるのか、訊ねた。
丸ごと書き写すことを勧める著書、数冊が
県立中央図書館にある、と教えてもらった。
「目で読むことよりさらに深く読める、読んだことが血肉化する、
魂に触れる」だいたいそうした事が言われている。
どうして目で読むのよりさらに深く読める、読んだことが血肉化する、
魂に触れるのかはどの著書も触れていない。
書き写す作業を通じてかなり集中する、
集中し「空」の状態があり、命?あるいは魂?が瞬間まるごと受けとめる、
リニアではなくデジタルに受け止める、
理解を超えて丸ごとそのまま受け止める、と解釈した。
天風誦句集はまさにそのまま受け止める真理である。
字数と行数を合せてそのまま丸ごと書き写す作業を開始した。