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野村校長訓示 「入学諸氏に示す」
諸氏が平素履行動作する上に就て、父母の喜び賜う所は如何なる事ぞや、諸子試みに内心に考へ見らるべし。諸子も年既に十五六年を経過せられたれば、従来経歴上に於いて父母の喜び給う所は如何なる事と云う事は自然に考知せらるべし。彦四郎は別に之を述ぶるを要せんとも、唯希ふ所は将来愈益父母をして喜ばしむる様精勤あらん事を。次に人の子としては父母を喜ばしむると事理同一にして、人たるものの最も注意すべき事あり。是れ他なし国の臣民たるものは、其国主の最も喜ぶ所のものを為さざる可からず。其国主をして決して憂へしめざるの誠を蓋さざる可からず。果して此心を深く体して忘れざれば誠忠自ら生じ、忠君愛国の功績を萬世に伝ふ可し。若し此心を深く体せざる時は、口には忠君愛国を唱ふるも互に名誉を内国に争ひ、己れの意見一二行はれざるを怨みとし、進退常なく国主の配慮を導く如きの徒となるは、彦四郎古今の歴史上に於て熟見する所なり。諸子にして此幣に陥らざん事を望まば、公平正大の志を養ひ且つ利慾心を脱却し且つ利慾心に染められざるを勉むべし。
明治二十一年十月十日 第五高等中学校長 野 村 彦 四 郎
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