紀有常娘(きのありつねのむすめ)は平安時代初期の女性
生没年未詳
文久3年(1863)出版 歌川豊国(国貞)絵
紀有常娘
昔、和州葛城郡(かつらぎのこおり)にいた人が
久しく連れ添った女を飽き心になり
河内國高安に色めきたる女がいて 立田の山越えして
はるばる遠き道も厭わず しばしば通った
本妻はこれを妬む色もみせないので もしや吾留守に
異男(ことおのこ)を引き入れてはいないかと疑い
河内に行くふりをして庭に隠れ伺えば 此の妻あらぬ方を眺めて
「風吹けば 沖津白波立田山 よわにや君が獨(ひとり)こゆらん」 と
讀み出きて内に入りて仰向けになり銅器(あかのうつわ)に
水を盛(いれ)て胸にすえかかえると其の水は湯となった
此の妻口にも慎み色さえも出ださないが 胸の焦ることかくの如し
男は見るに浅ましく 此の妻のかく慎み深きを感じ
植込みよりかけ出で妻を慰め 其の後河内へは行くことはなかった
此の男を在原業平朝臣(ありわらのなりひらあそん)
女を紀有常の娘と云う説あれど 証拠(よりどころ)あるには非ず
婦(おんな)は慎みを第一とすべきなり
(柳亭種彦記)
祐昌が句に
『色かへぬ 松にかたまる 日和哉』