姉が急死してから10日が過ぎました。
もちろん今でも正直、姉がこの世に存在しないとは信じられません。
通夜・葬儀・火葬と目まぐるしく過ぎ、今は部屋の中に骨壺があります。
それでも信じられずイマイチ受け止めるとことが出来ず、後悔ばかりしています。
姉のマンションの片付けやいろんな手続きをしていると、もうこの世にいないんだなって・・・・
分かっているのですが、やっぱりあの時にっと後悔ばかり・・・
なんで家族に体調が悪く仕事を休んで家にいますっと言ってくれなかったのか・・・・
迷惑をかけまいと我慢してしまったのか・・・・
ベットにはおう吐の後もありました。それをふき取った後もありました。
もうなんでなんでと・・・・ すぐに駆け付けることはいくらでも出来たはずなのに・・・・
電話がかけれないほど辛かったのか・・・・ それとも他に何かあったのか・・・・
一人で苦しんで息を引き取ってしまったのかと思うと胸が苦しくなります。
やり残したことはたくさんあったはず、まさかの出来事に本人が一番驚いているんだと思いますが・・・・
やっぱり誰もが思う早過ぎると・・・・
心配性の母も日に日に寂しさが増して来ており、夜は一緒に寝ようと言ってます。
なぜか母の横で寝ると私は一睡も出来ないのです・・・・
母が寝付いたら自分の部屋へ戻って寝ます。
そうしないと私は寝不足でいつか倒れてしまいそうなのです。
しかし目が覚めた時に誰もいないことが心配らしく・・・・ 時々母にストレスを与えてしまっています。
そんな母を見ているとしっかりしなきゃ、優しくしてそばにいてあげなきゃって思います。
忌引きの後からは、介護休業で今も休んでいます。
母に万が一何かあったらっと思ってしまうと、それはそれで心配で仕事より母が優先になります。
あ~ 正直私だって一人にしないでって思います。
母には姉の分まで長生きしてもらわないと・・・・ 十年いやっ 二十年は・・・・
だから母には、前向きに楽しく生きてもらわねば・・・・
母の高次脳障害に加え、アルツハイマー病も認定されいるので、今回のストレスで悪化・進行しなきゃいいのですが・・・・
私だっていつ突然どうなってしまうのかわかりません、せめて回りに迷惑をかけないように身の回りの整理を始めようって決めました。
でもやっぱり信じられない・・・ なんでこうなってしまったのか......
姉のラインのやり取りを見ながら、いつまで生きていて誰とどんな会話をしていたのか・・・・
そんなやり取りを読んでいると涙が止まりません。
大好きな観劇に行けないほどだった様子も目に浮かびます。
本当に苦しく・辛く・痛くて仕方がなかったことが読んでわかります。
1週間前に友人からキャンセルが出たので、行きませんか?っと誘われたコンサート
火曜日から発熱で体調が悪かったのにもかかわらず、4月26日にユーミンのコンサートへ行っていた姉
その時の姉の様子を友人から聞きました。
時折立っている事も辛そうだったとか、足が痛く少し引きずって見えたとも話していました。
最後に姉と一緒だった友人が羨ましく思います。
誰かと一緒の時に倒れてくれていたら、今は入院で済んだのかもしれないっと・・・ 思ってしまいます。
どんな思いで電車に乗って帰宅したのか・・・・
早く帰りたい・横になりたいっと思いながら必死に帰って来たのか・・・
今となってはその時の姉の様子がまったくわかりません。
すべて私の憶測にしか過ぎません。
毎年一緒に海外へ行っていたのに・・・・ これからは誰と一緒に行けばいいの?
しかし今年は、母の介護があるので個々に計画をしていました。
姉は友人がいるバンコクへ
私は、モンサンミッシェルとバチカンへそれぞれ旅を計画してました。
姉と絶対に行こうねっと言っていた国はたくさんあります。
その中でも、マチュピチュは第一候補でした。
しかし私は貧乏だから、なかなか1回の旅行で50万以上は出せないってずっと断っていました。
あ~ 一緒に行きたかった、観劇の回数を減らしてでもマチュピチュ計画をしておけばよかったと・・・・
今になっては全てが後悔となってしまうのですが・・・・
言わずにはいらえません。
お互い離婚してからは、さらに自由気ままに楽しい毎日を送っていました。
とくにこの十年は、本当にいろんなことを一緒にやってきました。
お揃いのグッズや趣味・食事に大好きなスイーツなど・・・ 一緒に楽しんで写真もたくさん撮りました。
嫌なことや楽しい話もたくさんしました。
しかし辛かった本音は、話していなかったのかも・・・・
そこが一番大事なことだったのかもしれない・・・・
ホントにごめんね・・・・ 気が付いてあげれなくてごめんね
また涙が出てきました。胸が苦しいです。
いつか思い出になるかもしれなけど、今は無理です。 もう少し時間がかかると思います。
これから姉のマンションへ行って来ます。
母を知り合いのお宅へ預けて一人で行って来ます。
母は、姉のマンションには行きたくないそうです。
分かる気がします。最愛の我が子がここで一人寂しく苦しくこの世から旅立ったことに、親としてやるせない気持ちがあるようです。
自分より先に逝ってしまったことに・・・・・
だから私が一人で行くことも止めて欲しいみたいですが、今日は安心させるためにウソを付きました。
姉の友人がマンションへ来てくれると伝えてあります。
少しでも母へのストレスを回避しないといけませんので・・・・
これから先、これ以上後悔だけはしたくないので、やれることはやって行きたいと思っています。
だから海外旅行もしばらく止め、出来る限り母のそばにいます。
母がもう少し落ちついて生活ができるまでは・・・・
もちろん今でも正直、姉がこの世に存在しないとは信じられません。
通夜・葬儀・火葬と目まぐるしく過ぎ、今は部屋の中に骨壺があります。
それでも信じられずイマイチ受け止めるとことが出来ず、後悔ばかりしています。
姉のマンションの片付けやいろんな手続きをしていると、もうこの世にいないんだなって・・・・
分かっているのですが、やっぱりあの時にっと後悔ばかり・・・
なんで家族に体調が悪く仕事を休んで家にいますっと言ってくれなかったのか・・・・
迷惑をかけまいと我慢してしまったのか・・・・
ベットにはおう吐の後もありました。それをふき取った後もありました。
もうなんでなんでと・・・・ すぐに駆け付けることはいくらでも出来たはずなのに・・・・
電話がかけれないほど辛かったのか・・・・ それとも他に何かあったのか・・・・
一人で苦しんで息を引き取ってしまったのかと思うと胸が苦しくなります。
やり残したことはたくさんあったはず、まさかの出来事に本人が一番驚いているんだと思いますが・・・・
やっぱり誰もが思う早過ぎると・・・・
心配性の母も日に日に寂しさが増して来ており、夜は一緒に寝ようと言ってます。
なぜか母の横で寝ると私は一睡も出来ないのです・・・・
母が寝付いたら自分の部屋へ戻って寝ます。
そうしないと私は寝不足でいつか倒れてしまいそうなのです。
しかし目が覚めた時に誰もいないことが心配らしく・・・・ 時々母にストレスを与えてしまっています。
そんな母を見ているとしっかりしなきゃ、優しくしてそばにいてあげなきゃって思います。
忌引きの後からは、介護休業で今も休んでいます。
母に万が一何かあったらっと思ってしまうと、それはそれで心配で仕事より母が優先になります。
あ~ 正直私だって一人にしないでって思います。
母には姉の分まで長生きしてもらわないと・・・・ 十年いやっ 二十年は・・・・
だから母には、前向きに楽しく生きてもらわねば・・・・
母の高次脳障害に加え、アルツハイマー病も認定されいるので、今回のストレスで悪化・進行しなきゃいいのですが・・・・
私だっていつ突然どうなってしまうのかわかりません、せめて回りに迷惑をかけないように身の回りの整理を始めようって決めました。
でもやっぱり信じられない・・・ なんでこうなってしまったのか......
姉のラインのやり取りを見ながら、いつまで生きていて誰とどんな会話をしていたのか・・・・
そんなやり取りを読んでいると涙が止まりません。
大好きな観劇に行けないほどだった様子も目に浮かびます。
本当に苦しく・辛く・痛くて仕方がなかったことが読んでわかります。
1週間前に友人からキャンセルが出たので、行きませんか?っと誘われたコンサート
火曜日から発熱で体調が悪かったのにもかかわらず、4月26日にユーミンのコンサートへ行っていた姉
その時の姉の様子を友人から聞きました。
時折立っている事も辛そうだったとか、足が痛く少し引きずって見えたとも話していました。
最後に姉と一緒だった友人が羨ましく思います。
誰かと一緒の時に倒れてくれていたら、今は入院で済んだのかもしれないっと・・・ 思ってしまいます。
どんな思いで電車に乗って帰宅したのか・・・・
早く帰りたい・横になりたいっと思いながら必死に帰って来たのか・・・
今となってはその時の姉の様子がまったくわかりません。
すべて私の憶測にしか過ぎません。
毎年一緒に海外へ行っていたのに・・・・ これからは誰と一緒に行けばいいの?
しかし今年は、母の介護があるので個々に計画をしていました。
姉は友人がいるバンコクへ
私は、モンサンミッシェルとバチカンへそれぞれ旅を計画してました。
姉と絶対に行こうねっと言っていた国はたくさんあります。
その中でも、マチュピチュは第一候補でした。
しかし私は貧乏だから、なかなか1回の旅行で50万以上は出せないってずっと断っていました。
あ~ 一緒に行きたかった、観劇の回数を減らしてでもマチュピチュ計画をしておけばよかったと・・・・
今になっては全てが後悔となってしまうのですが・・・・
言わずにはいらえません。
お互い離婚してからは、さらに自由気ままに楽しい毎日を送っていました。
とくにこの十年は、本当にいろんなことを一緒にやってきました。
お揃いのグッズや趣味・食事に大好きなスイーツなど・・・ 一緒に楽しんで写真もたくさん撮りました。
嫌なことや楽しい話もたくさんしました。
しかし辛かった本音は、話していなかったのかも・・・・
そこが一番大事なことだったのかもしれない・・・・
ホントにごめんね・・・・ 気が付いてあげれなくてごめんね
また涙が出てきました。胸が苦しいです。
いつか思い出になるかもしれなけど、今は無理です。 もう少し時間がかかると思います。
これから姉のマンションへ行って来ます。
母を知り合いのお宅へ預けて一人で行って来ます。
母は、姉のマンションには行きたくないそうです。
分かる気がします。最愛の我が子がここで一人寂しく苦しくこの世から旅立ったことに、親としてやるせない気持ちがあるようです。
自分より先に逝ってしまったことに・・・・・
だから私が一人で行くことも止めて欲しいみたいですが、今日は安心させるためにウソを付きました。
姉の友人がマンションへ来てくれると伝えてあります。
少しでも母へのストレスを回避しないといけませんので・・・・
これから先、これ以上後悔だけはしたくないので、やれることはやって行きたいと思っています。
だから海外旅行もしばらく止め、出来る限り母のそばにいます。
母がもう少し落ちついて生活ができるまでは・・・・