貧者の一灯 ブログ

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貧者の一灯・妄想物語

2022年11月13日 | 流れ雲のブログ
















私には小学校、中学校、高校と同じ学校へ通った
友達がいます。彼女のお姉さんは2つ年上で、
子供の時はよく遊んでもらっていたものです。

そのお姉さんは中学校の頃には頭角を現し、
頭が良くて運動も出来、そして美人。まさに
才色兼備という感じで、誰もが羨む存在と
なっていました。

友達家族にとっても自慢の姉で、一方の私は
お姉さんと同じ学年なのにだらしのない兄の
存在が恥ずかしいと思ってしまうほどでした。

ところが、そのお姉さんが有名大学へ入学後、
就職も決まって卒業目前の時でした。交通事故
で亡くなってしまったのです。

お姉さんのお葬式にはかなり大勢の参列者
が来て全員涙にくれ、現実を受け止められて
いない。どこか異様な雰囲気すら漂っていた
気がします。

私は友達4人と順番にお焼香をあげましたが、
悲しむ友達の顔もろくに見ることが出来ず、
棺に納められたお姉さんの美しい顔をただただ
見つめ、信じられない現実に涙が止まりません。

ひまわりに囲まれて、太陽の光に照らされた
お姉さんのキラキラした笑顔の写真に目をやると、
私は手が震えて止まらなくなりました。

そうして葬儀を終えた後、少し落ち着きたい
と思い4人でお茶が出来る場所を探しましたが、
辺りは住宅街で適当な場所が見当たりません。

うろうろ探していると、駅の方向に向かって
いるはずが何処にいるのか分からなくなって
しまいました。

スマホで地図を見るものの、地理に疎い私達
では活用できません。しばらくあてもなく歩い
てると、電気の点いている看板が見えてカフェ
のような店を発見します。脚も疲れたし、
とりあえず入ることにしました。

入口の木のドアがとても分厚くて重く、引っ張って
開けるのに時間がかかりました。チャリチャリと
鈴の音がして、店員らしき人が背を向けて
立っているのが見えます。ところが、私達が
入っても身動き一つしません。

リアクションに困り、友達の1人が「良いですか?」
と声をかけた時でした。

「ちょっと待って!」突き刺さるような勢いの声
で言われ、私達は全員驚いて凍り付きました。

振り向いて近づく男性は60代位で背が異様
に低く、顔は青白く目はぎょろぎょろして
いました。多分この時、全員がこの店を出よう
と思ったに違いありません。

「グレーの人がついて来てる。待って。」
私達を見ると、そう言って店員はキッチン
に入って行きました。

「グレーの人?」
「何何??」
「もう出ようよ。」

口々に逃げ出すことを話し合っていると、
戻ってきた店員はいきなりシャーっと私達
に向かって塩をかけたのです。

その瞬間でした。ザーッと何かが、私の体の
中を通り過ぎていくのを感じました。今まで
に無い感覚に戸惑いましたが、その時は
怖いので黙っていました。

店員は「どうぞ」と何事も無かったかのように、
私達にテーブル席を案内します。

そして「同じ位の子だね。お友達かね。
可哀そうに。」と呟き、水を置いて立ち去りました。

お葬式の直後でしたから、私達全員がお姉さん
の幽霊を連想してゾッとせずにはいられ
ませんでした。

はそれ以上にさっきのザーッという感覚は
何だったのか、気になって食事は頼まず、
唯一注文したコーヒーを口にしても味わう
事も出来ずに呆然と座っていました。

こうして思い出してみると、この時お姉さん
の幽霊は私達について来て、私の中を
通過した、とでもいうのでしょうか。

そしてカフェの店員さんには、幽霊が
グレーに見えるという事なのでしょうか。

いろいろと確かめたいと思うものの、もう一度
あのカフェに入る勇気がありません。…












心理研究科の先生が知人から聞いた話。

知人と言うのは、60代の男性。30代で起業、
今では年商1000億円を超え、従業員も1000人
を超える会社の社長だ。

その社長さん、50歳の時に心不全を起こし
心肺停止、意識不明の重体になった。
救急救命士が来て必死に心臓マッサージ
をしてたそうです。…

その間、その社長さんは林の中を歩いていた
という。その林を出ると、きれいなお花畑に出た。

そこは、人によってお花畑であったり、荒地
みたいなところであったり、色々あるそうだが、
その人はきれいなお花畑に出た。

そのお花畑の広さも人によって異なるそうで、
だいたい50メートルから100メートルほど
続いている。周りを見渡すと、いろいろな
ひとがお花畑を歩いていた。

ある人は歩いてきた林の向こうから
「おじいちゃん、死なないで」という孫の声を
聞いて振り返り、「もう少し孫のために生きたい」
という想念に駆られ引き返した。

要するに息を吹き返したというわけだ。

そうかと思えば、「あなた、戻ってきてぇ」という
妻の声を聞いて足を速めた人もいたそうだ。

お花畑を過ぎると川べりに出る。その川の
向こうが彼岸、俗にいう「あの世」である。

その川幅も人によってまちまちで、10メートル
の人もいれば100メートルの人もいる。

また、渡り方もさまざまで、橋で渡る人、
船に乗っていく人、泳ぐ人などいろいろ。

一旦、両足が岸から離れてしまうと、二度とは
戻っては来れない。これだけはすべての人に
共通しているらしい。

さて、お花畑にでた社長さんの耳に不思議
な声が聞こえた。

「あなたが今まで送ってきた人生とはどういう
人生だったか、それについて質問されるから
川べりに着くまでにまとめておくように」

お花畑を歩きながら社長さんは、自分の
人生を振り返った。


「○○会議所の会頭もした」
「○○〇協議会の役員もやった」
「○○福祉に多額の寄付もした」
今までやってきたことを頭の中でまとめて
いったという。

川べりに着くと、神様の声が聞こえてきた。

「では聞きます。あなたは自分の人生を
どれくらい楽しんできましたか?」

社長さん、はて?と困り果ててしまった。
やってきた業績についてはいくらでも
話せると思って、意気揚々と川べりまで
歩いてきたのだが、

神様が聞いたのは、「どれくらい人生を
楽しんできたか」ということだった。

業績など全く関心がない様子だった。
いくら考えても楽しくやってきた記憶が
なかった。

じっと黙っていたら、「楽しんでこなかった
のですね」と神様は言った。

「はい…」「じゃあ、あなたの人生は失敗です。
もう一度やり直し」と言われて、息を吹き
返したそうだ。

その日からその社長さんは人生を楽しく
生きようと思った。

その時、教えられたことは、「楽しく生きる
ということは、自分がどれほど周りから喜ばれ
ているか」ということだと。

なるほど、楽しい人生とは、ただ能天気に
生きるのではなく、「あなたが必要だ」
「あなたがいてよかった」と言われる人生
を送ることなのか。

確かに自分だけが楽しいと思っていても、
周りの人が迷惑を被っていたらいい人生
とは言えない。私たちは日常の中にどれほど
「楽しさ」を見つけられるだろうか。

社会を見回すと悲惨ともいえる事件や事故
が毎日のように起きている。いつ来るとも
分からない自然災害は私たちに不安の
影を投げかけてくる。

不幸のどん底にいる人が隣にいたとして、
自分だけ「たのしさ」を探していくのは
気が引ける。

でも、そう考えずに、そういう中でも自分に
できることを見つけることが、喜びや楽しさ
なのだろう。

マザーテレサも、スラム街の中で自分の
存在が必要とされている喜びに満たされ
ていたのかもしれない。…

「楽しさ」とは、日常の中の親子や夫婦、
友だち、お客さん、同僚など、周りの人間
関係に見出すものだ。

そういう人たちと楽しい思い出をたくさん
つくろう。いつか「この世」をちゃんと
卒業できるために。…









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