ウォーク更家の散歩(東海道・中山道など五街道踏破、首都圏散策)

多摩川を歩く(その79)(玉堂美術館)  2023.10.26

(玉堂美術館)

 

前回は、カヌー競技のゴールと思われる「御岳小橋」まで歩きましたが、今回は、その少し上流の「御岳橋」を目指します。

対岸には、これから訪問予定の上の写真の「玉堂美術館」の白壁が見えています。

少し歩くと、1971年竣工の「御岳橋」が見えてきました。

鉄筋コンクリートのアーチ橋で、橋の長の長さは80メートルです。

(海から71キロポスト)

「御岳橋」の下の急な崖の石段を息を切らせながら上って行きます。

ようやく、御岳橋の脇の中華料理店の横の小道に出ました。

中華料理店の道路向こうは上の写真のJR御嶽駅で、駅の前が御岳橋です。

「御岳橋」を渡って玉堂美術館へ向かいます。

御岳橋から見下ろすと、多摩川沿いの紅葉並木が少しだけ紅葉しています。

橋を渡り終えると「吉野街道」にぶつかります。

吉野街道に出て「玉堂美術館」へ向かいます。

(入館料:600円)

(川合玉堂:美術館のパンフレットから)

「川合玉堂」は、日本画の伝統を守り、気品のある独自の作風を展開して、明治・大正・昭和にわたって日本芸術文化に貢献しました。

玉堂は、昭和19年から亡くなった昭和32年までの10余年をこの御岳の地で過ごしました。

(第一展示室)

(第二展示室)

(三保富嶽之図::美術館のパンフレットから)

この美術館を訪れるのは3回目ですが、美術館の建物が新しくなった気がします。

(復元された画室)

美術館の庭からは、上の写真の様に御岳橋や、下の写真の様に御岳駅周辺の建物が見えます。

美術館を出て、御岳山ケーブルカーに乗るために、御岳橋を渡って、御嶽駅の斜め向かいのバス停で向かいます。

 

 

 

 

ps.

ここまでの「多摩川を歩く」については、「中山道を歩く 」の中程の「多摩川を歩く 目次」の一覧表の見たい項目をクリックしてね。


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コメント一覧

mrsaraie
s1504さんへ

そうなんですよね、御岳に10年間も住んだので、錦秋展は、当然、御岳近辺の風景を描いたものが中心だと思われます。

私は日本画はあまり詳しくありませんが、日本画壇の重鎮だったみおたいです。
s1504
あれれれ、いつの間にか玉堂美術館を読み逃しておりました。
そうそう、河合玉堂美術館は入ったことがないので更家さんの案内で内部を知ることができました。
御岳に10年間住んだんですか。
「錦秋」展は当然御岳近辺の風景を描いたんでしょうね。
日本画壇の重鎮だったようですね。
コメント遅くなってすみませんでした。
mrsaraie
cforever1さんへ

そうですか、クリンさんも訪れたことがあるんですね。

確かに、多摩川沿いの清流のせせらぎが聞こえる、この場所にあるのがふさわしい建物と庭、そして四季折々の作品と、全てがピッタリとマッチしていて素晴らしいです!
cforever1
クリンも行ったことがあります🐻✨✨✨
新緑の季節だったのですが🍀玉堂の作品も新緑を描いたものがたくさんかかっていまして✨
すばらしく清々しい緑色の絵画群でしたね✨✨(この場所にあるのもふさわしいと思いました🎶)クリンより
mrsaraie
iinnaさんへ

ええ、美術館は、なかなか素敵な立地にあり、多摩川の清流越しに御岳橋や御岳駅周辺の景色が眺め渡せます。

川合玉堂は、古風ですが品のある和紙に似合う日本画家です。
iinna
美術館の庭からは、多摩川の清流越しに御岳橋や御岳駅周辺の建物が見えて、いい景色です^^

川合玉堂をはじめて接しますが、いかめしい名の割に和紙に似合う日本画を描くのですね。


> 酷い運営会社で、とてもまともな会社とは思えません。
メール回答が届いたときは、呆れて果ててしまいました。
それをブログのネタにするとは、当方もタダでは済ましません。

mrsaraie
ushi_7さんへ

そうですよね、御嶽渓谷のゴツゴツした大岩、流れが激しくぶつかっていて、カヌー競技にピッタリの風景でワクワクします。

そうなんですか、秋はライトアップしてるんですか、きっと幻想的な景色なんでしょうね。

ええ、次回はケーブルカーに乗ります。
ushi_7
御嶽渓谷は このゴツゴツした
大岩がたまらなく好きです。
ここでカヌーやったら
最高に楽しいですね(*´˘`*)

11月中旬に
紅葉🌿🍂🍁のライトアップも
していますが、
美術館側から対岸を望むと
夜景を含めて綺麗です。

ケーブルカー乗るんですね
いよいよ御岳山周辺
♡(* ॑꒳ ॑* )ゎ‹ゎ‹
mrsaraie
hidebachさんへ

仰せの通り、玉堂美術館で配られたパンフレットには、「明治6年、愛知県葉栗郡外割田村に、父川合勘七の長男として生まれる。本名芳三郎。」とあります。

そうでしたか、川合玉堂は、hidebachさんと同郷だったんですね。
hidebach
川合玉堂美術館には、記憶に残っている限りでは、
玉堂の履歴が展示されていたように思います。
(記憶違いでしたらお許しを)
確か愛知県出身の日本画家だった・・・
(ボクと同郷だったので)
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